Report 8 哀歌胸中に響く


 雅貴が聖華第一病院に着いた時、手術室の待合室には佐渡、真美、雅貴の両親と妹、そしてリナがいた。
「お兄ちゃんっ!!遅かったじゃないのっ!!!」
 恋美が、責め立てるように叫ぶ。
 雅貴は息を切らして言う。
「す……すまん………。ルージュの一件が……。」
「だからって、いつも世話になってる聖良おばさんが危ないって言うのに……!」
 更に叫ぶ恋美を、大貴が制する。
 雅貴は、息を整えて尋ねる。
「それで状況は?」
 その問いにリナが答える。
「まだわからないわよ。でも、まだ手術してるという事は、思ったより失血や傷の度合いがひどかった
 みたいね。」
「そうか……。」
 呟く雅貴。そして、続けて言う。
「でも、どうして聖良おばさんが狙われたんだ?」
 それに真美がこう答える。
「もしかしたら、あたしの昔の仲間が、まだ根をもって誰かヤバイ奴に……。」
 途中までそう言い、そして顔を伏せる。
 真美が少し前まで不良の仲間である事、そして真美が自分の足抜けによる周囲への報復を恐れている
事を知っている雅貴と恋美は、同時に言う。
『そんなこと無いと思うな。』
 期せずしてハモった兄妹の台詞。
「だって、倉見先輩が不良たちと縁を切ってもう1年以上経つんですよ。やるんだったら、もっと早くに
 やってるでしょう?」
 その恋美の言葉に雅貴も同意して言う。
「恋美の考えは正しいぜ。俺も同じだ。それに、君の仲間は君が足を抜ける事をきちんと解っているはず
 だ。」
「でも……。」
 それでも反論しようとする真美に向かって、雅貴は続ける。
「これは君の一件とは無関係だ。絶対にそうだ。俺には感じる。」
 その雅貴の言葉に、リナが反応する。
「その根拠は?」
 リナの言葉に雅貴。あっさりと。
「勘だよ。勘だが、正しいと思う。これは、聖良おばさんの個人的な事に関係しているはずだ。そして……
 それに俺たち一家も深く関わっている………。」
「え?どういう事だ?」
 尋ねる佐渡。それに雅貴。
「悪いけど、勘だからこれ以上は言いきれない。やっぱり、正しくないと解ったら困るから。」
 そして一拍置いて。
「親父、ちょっと……。」
 雅貴は、父親にそう言うとみんなから離れる。
 大貴は、雅貴の態度に何かあると思い、皆にここにいるように言い置いて雅貴の後を追う。
 雅貴は廊下をしばらく歩いてから曲がり、そこにある階段を昇ってすぐ上の踊り場で立ち止まる。
 雅貴の後を追い、大貴もその踊り場へと上がる。
「どうしたんだ?雅貴。」
 大貴の質問に雅貴。少し陰鬱な声で言う。
「親父……アーティチョーク……怪盗ハンター・アーティチョークって知ってるか?」
 その言葉に、大貴。
「あぁ。怪盗ハンターってのは、主に賞金稼ぎの部類にはいる。アメリカの賞金稼ぎ制度が復活した州では
 ありふれた商売だな。泥棒を『狩る』事を生業としているんだが……。」
「そんな一般的な事を聞いてるんじゃねぇよ。」
 大貴の台詞を遮る雅貴。
「アーティチョークって言う怪盗ハンターを知っているかって聞いてんだ。」
 その雅貴の言葉に、大貴。
「アーティチョークか。……たしかいわゆる『義賊』を専門に狩るという噂の超凄腕怪盗ハンター…おい…
 まさか………。」
 雅貴は景気の悪い表情でため息を吐き呟いた。
「BINGO!大当たり。どこから聞きつけたかは知らねぇが、母さんを狙ってる。」
 大貴の顔色が変わる。
「おい!ちょっとそりゃ、洒落にならねぇぞっ!」
「洒落にならねぇ事は分かってるっ!事実だっ!多分聖良おばさんも……。」
 大貴につられて雅貴も叫ぶ。だが、そこで大貴が雅貴の言葉を遮って言う。
「ちょっと待て。何でそこで深森が襲われる事になるんだ?」
「それは解らない。解らないけど……偶然にしては余りにも出来すぎだ。」
 雅貴のその言葉に、大貴。
「『彼女』については、俺、母さん、お前たちくらいしか知らないはずだ。」
 大貴のその言葉に雅貴。
「だから解らないって言ってるだろ!」
 つい苛立って叫んでしまう。そしてその勢いのままで言った。
「ルージュを追ってる時にあいつと会ったんだ。あいつはルージュも狙ってた。」
 そして、顔を上げて不敵に笑う。言葉をそのまま続ける雅貴。
「大丈夫。誰も殺させはしないさ。親父。母さんは、親父が守ってくれ。聖良おばさんは、佐渡のおじさんや
 真美に任せとけばいい。俺が動く。」
「ちょっと待て!それは……。」
 全体的に危険じゃないか!そんなことは許さない!そう叫ぼうとした大貴の声が途切れる。
 雅貴の瞳の中に、光が見えたのだ。決意と自信の光。雅貴はすべて解っている。それだけしか方法が無い
事を。雅貴が言わねば大貴でも同じ結論を出しただろう。ただ、芽美を守る役を雅貴に言い渡したはずだ。
そして佐渡達と共にこの病院にいるように言うだろう。
 雅貴も、自分が知らない間に成長している。雅貴の瞳の光を見た大貴は、それを感じた。
 そして、何も言えなかった。まだ、自分にはかなわないかもしれない。だが、雅貴の瞳に彼と同じ頃、
いや中学2年の頃の自分と同じ物を感じた。
 そして雅貴は、その瞳に決然としたものをたたえて呟く。
「そうだ……今回の一件は、事実の糸が絡み、謎となっている。ならば……。」
 そして、雅貴は叫んだ。
「俺の謎は、俺が解くっ!」

 雨。激しい雨。
 明日香は、友人との待ち合わせで大通りのパン屋のショーウィンドーの前にいた。
 友人はアリシア。
 孤児院の地上げが止み、明日香の周りにしばらくぶりの平和な時が続いていた。
 時々来る、救いを求めるメールに対応しながら、毎日を過ごしていた。だが、別の業者が少しちょっかい
を出しているのが目障りといえばそうだったが。
 明日香は、雨の音が嫌いだ。
 あの日の事を思い出してしまう。一番つらかった日の事を。
 だが、それが嵐の前の静けさであった事をこの時の明日香はまだ気づいていなかった。
 明日香は、顔を上げる。
 向こうに人影が見える。
 バイトから帰って来たアリシアだ。
「アリシアっ!!」
 明日香は嬉しそうに、傘をさしてアリシアに近寄る。
 近づくに連れてアリシアの姿がはっきりする。
 アリシアは傘を差していない。しっかり者の彼女にしては珍しい。
 その代わりに、白いファイルをその手に握っていた。
(傘を忘れたのね。)
 明日香は、そう思いクスリと笑う。
 だが、それは間違いだった。
 明日香は、アリシアの前に近寄り、言う。
「どうしたのよ、アリシア。傘を忘れるなんて、あなたらしくないわ。」
 アリシアは、雨に打たれながら、ぽつりと言った。
「アスカ……逃げて………。」
 そして、ゆっくりと明日香にもたれかかる。
「ど、どうしたの!?アリシア!!」
 アリシアを支える明日香。傘が弾みで地面に落ちる。
 だが、そのアリシアの背中には何かで切り刻まれた激しい傷とそこから吹き出る大量の血があった。
「新しいバイト先に行ったら……この有り様よ………。敵はあたしたちの事を知っていた……。
 黒幕は……。」
「しゃべっちゃだめっ!待ってて、すぐに……。」
 その場から離れようとする明日香をアリシアは引き止める。
「意識がもうろうとしかかってるの……。もう長くないわ……。」
「そんな事無いわっ!すぐに治療と輸血を……。」
 アリシアは、力無く首を振る。
 そして呟く。
「アスカ……。黒幕は、代議士・ヘンリー=オークショット……。業者を倒しても、すぐに次の業者が
 来るわ……。元を断たなければ駄目なの……。」
「そんな………。」
「奴を調べる間に、調べ返されたみたい……。でも、安心して。あなたの正体まではまだリークされて
 ない……。」
「アリシア、アリシアっ!しっかりしてっ!やだよ。死んじゃやだよっ!ルージュは……。ルージュ・ピ
 ジョンはどうなるの!?」
 明日香の紅い瞳に涙が浮かぶ。
 アリシアは、無理に笑みを浮かべる。
「ルージュ・ピジョンは大丈夫……。だって、あなたがいるじゃない……。」
「あたし一人でルージュ・ピジョンを……無理よっ!あなたがいたから、あたしはルージュでいられたのにっ!」
 その言葉を聞いて、アリシアは明日香の腕を強く握る。
「アスカ……。あたしはもう、あなたに付いている事が出来ない………。でも……。」
「そんな言葉、聞きたく無いっ!」
 明日香はもう、涙声になっている。
 アリシアは、そんな彼女にかまうことなく腕に力を込めて言葉を続けた。
「でも、アスカ……。あたしに頼らないで……強くなって……。強く……。そして孤児院………あたし
 たちの家を守って……。」
 アリシアは、強い瞳で明日香に諭すように言う。
「死は、誰にでも等しく訪れるわ。別れもね。それが少し早くなっただけ……。あたしの分まで……
 強くなって……。」
「アリシア…………。」
 明日香には、もう涙でアリシアの姿もまともには見えない。そのはずなのに、なぜかアリシアの姿
だけははっきりと見えた。残酷すぎるほどに鮮明に。
「アスカ……あたしたちを追うのは、怪盗ハンター・アーティチョーク……。これを……。」
 そう言うと、アリシアは手に持つファイルを明日香に渡す。
「これは……オークショットの悪事の全てを記し、まとめたファイルよ……。これさえあれば、奴を破滅に
 追い込める……。これをリズに渡しなさい。」
「リズに!?」
 リズ----アメリカでのルージュの専任捜査官、エリザベス=キョウコ=リーの事だ。
「彼女は単純だから、絶対に追求するわ……。アスカ……強くなりなさい……。強く……。」
 その時。雨の中に何かが煌く。
 瞬間、アリシアの胴と首が取れて、胴のほうから激しい出血。
 アリシアの血が、明日香の体を真っ赤に染める。
 そして、響く声。それと同時に現れる中年、いや、それより少しだけ若い女性。
「あたしは、怪盗を殺す時、その前に情報提供者を殺す。」
 明日香は、瞬間、何が起きたか解らなかった。
「なぜなら、情報提供者も同罪だから。もっとも、まずは致命傷を与えずになぶってから逃がす。」
 アーティの声の響く中、明日香は口をぱくぱくとさせる。友の血を体中に浴びながら。
「怪盗にあたしの存在を知らせてもらう為に。そして、それから殺す。怪盗の目の前で。自分の無力さをじっ
 くりとかみ締めてもらう為に。」
 そして----明日香は叫んだ。理解したからだ。親友が死んだ---残酷に殺された事に。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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