Report 7 もう1つの因縁


 二人の声無き叫びと共に、きらりと光る筋がルージュの周りに取り囲まれる。
「しまったっ!」
 叫ぶルージュ。
 前にルージュがアーティと戦った時、彼女の武器は解っていたはずだった。
 だが、先ほどのアーティの言葉で一瞬の隙を彼女に見せてしまったのだ。
 アーティの武器は、超極細のダイヤ粉末をまぶしたワイヤーだ。
 超硬質にして自由自在に曲がる。しかも極細なので夜の闇の中では見えにくい。それをアーティは手足の
ように操り、敵を切り刻む。
 目をつむるルージュ。覚悟を決める。しかし、ただ一つの気がかり。
(よりにもよって、雅貴さんの前で……!!)
 そう。一番無様な姿を見せたくない相手に自分が無力に散っていく姿を見られるのだ。
 その時、数条の風を凪ぐ音が聞こえた。
 ワイヤーの気配がすぐそこまでする。
 首、胸、胴、腰。
 ギッ!
 何かがきしむ音がする。
 ワイヤーが自分を縛っている。だが、どこにも痛みは感じない。
 あるのは、札状の物による数箇所の圧迫感。
 自分の体が、何かによってワイヤーから守られている。
 ルージュは、恐る恐るその目を開ける。
 そして、ルージュが見たものは、自分の体を切り刻もうとしているワイヤーがトランプによって阻止され
ている事実だった。
「なぜ邪魔をする、貴様っ!」
 アーティの叫び声。それは雅貴に向けられたものだとすぐに分かった。
 雅貴が、瞬間ルージュの体とそれを縛ろうとするワイヤーとの間に硬質トランプを投げつけたのだ。
 そして、雅貴は静かに答える。
「こまんだよ。ルージュをそんなあっさりと殺されちゃ。」
 そして一拍置いて一言。
「彼女は、俺が捕まえるんだ。他の奴には渡さない。」
 雅貴のその台詞に、場違いにもルージュはびっくりしてしまった。
 今までにそう言う捜査官も一人だけいたが、それだけで自分を助けるような存在は今までいなかったのだ。
 だが、そんな彼女の心境に関わりなく話は進んでいく。
 アーティは、その言葉を聞いてため息を吐く。
「あほか?あんたは。所詮こそ泥じゃない。助けて何になるの?それよりも、この世から消してやったほうが
 よっぽど世の為になるのに。」
 雅貴は、アーティの言葉にこう答えた。
「他人の存在を否定する権利も、義務も、ありえない。それは誰にも許されはしない。その人の存在は、ど
 うあっても消せはしない。消してはならないんだ。」
 そして、雅貴も息を吐く。
「それに、」
 そして一拍。更に続ける。
「俺の母さんも、あんたの言う『こそ泥・偽善者』だからな。」
「何っ!?」
 動揺するアーティ。ルージュを締め付けていたワイヤーがはらりと解ける。
 ルージュは、戒めより開放された。
 それと同時に雅貴はアーティの目の前に素早く移動し彼女の腹部を殴りつける。
「だが、俺は母さんのことをそうは思っていない。」
 更に、また腹部に一発。
「俺の母さんは、立派な人なんだからなっ!」
 そして、今度は顔に一発。
「俺は、親父だけじゃない。母さんもきちんと、ある意味親父以上に尊敬してるんだっ!!!!」
 バランスを崩し、屋根から落ちるアーティ。
 背中からアスファルト道路の上に落ちる。
「ぐっ!」
 アーティは、素早く電柱とごみ箱の陰に身を隠す。
 それから数瞬後。
 雅貴が着地して周囲を見る。だが、アーティを見つけられなかった。
(くそっ!逃げ足の速い!!)
 そして上を見る。ルージュは既に逃げていた。
 雅貴は、ため息を付いて呟く。
「こっちも、逃げ足は速いな……。」
 あきれた声で呟くと、雅貴はその場から去る。
 そして、再び静寂。アーティが動いたのは、それから数時間後のことである。

 家に帰った雅貴。
 玄関に鍵がかかっていることに訝る。
 鍵を取り出して玄関を開けて家の中に入る。
 そしてドアを閉めると家の中は真っ暗。
「どうしたんだ?こんな遅くに留守なんて。」
 雅貴は呟くと手探りでスイッチを入れる。
 周囲が明るくなる。
 玄関横の棚の上に、メモが置いてあるのに気づく雅貴。
 メモを拾い上げる。その内容は、

   『雅貴へ

     聖良が病院へ担ぎ込まれたので第一病院に行きます。
     父さんも恋美も向こうにいるので帰ったらすぐに来ること。

                        母より。

     お兄ちゃん、早く来て。いやな予感がするの。
                              恋美 』

 というもの。
 それを見た瞬間、雅貴の顔は引きつる。そして大声で叫ぶ。
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
 雅貴は慌てて電気を消し玄関を出てドアを閉めて鍵をかけUターンで家を飛び出した。

 明日香は、アパートの部屋の中でじっと一枚の写真を見ていた。
 写真には、明日香ともう一人。
 身長は170センチほど。ショートカットの赤毛の少女が写っている。
 アメリカの孤児院にいた頃、明日香の秘密を唯一知っていた人間。
 明日香がルージュ・ピジョンになりたての頃のパートナー。
 ルージュ・ピジョンの作戦参謀にして専門の情報屋。
 名を、アリシア=ミーラン=レイフォード。
 彼女は、もうこの世にはいない。
 殺されたのだ。怪盗ハンター・アーティチョークによって。
 あの日の事は忘れられない。
 あの日も、はるかな過去の思い出の時と同じく激しい雨だった。

 明日香とアリシアは、孤児院で知り合った。
 ルームメイトだったのである。
 孤児院での生活は楽しいものだった。
 また、明日香には父から教わった軽業等の芸がある。
 一芸のある物は尊敬されていたのだ。
 だが、孤児院で保証されていた生活の安定はすぐに不安定なものに変わる。
 なぜなら、孤児院の地上げが始まったからだ。
 明日香は、自分に何が出来るかを考え、結論として怪盗となる事を決めた。
 その決定に幼き日に出ていった母の言葉が影響しているのは言うまでもない。
 その話をアリシアにしてみたのだ。反対されれば止めるつもりだった。
 だが、アリシアは乗って来たのだ。
 今のルージュのコスチュームは、アリシアが作ったもの。
 鳩達は、近くの公園にいた鳩。紅い鳩が一羽だけいた。
 他の鳩を赤く着色して、天然の紅い鳩をリーダーに据える。
 アリシアが、明日香の元の瞳の色を見て考え出したアイディアだった。
(当時の明日香は、自分の紅い瞳を隠していなかったのだ。)
 そして、ルージュ・ピジョンは誕生した。
 しばらく困っている人の為に働き、そして孤児院の地上げをもくろむ悪徳業者もしっかりと懲らしめた。
 だが、そんな二人の前に、現れたのだ。
 アーティチョークが。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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