Report 6 もう一人の『標的(ターゲット)』


 雅貴は、ポケットから発煙筒を取り出した。
「俺たちは、まずこいつを裏の花壇から発見した。」
 雅貴はそう言うと、警官姿のルージュに発煙筒を投げつける。
 発煙筒を受け取るルージュ。
 そしてため息を吐いて言う。
「続きを聞きましょうか?」
 雅貴は、得意そうに頷いて答える。
「もちろん。」
 そして、一息置いて続ける。
「他の連中は、裏口で火事騒ぎを起こし、君がそのすきにここに忍び込み、絵を盗むと思い込んだ。」
「普通、そう思うわ。それを見越してあれを置いたんだもの。」
 ルージュの言葉に雅貴。
「だが、それは君の流儀じゃない。君は、どっちかといえばうちの母さんと一緒で、派手好きだ。」
「言ってくれるわね。でも、否定はしないわ。」
「そこで、発煙筒の周りの土をよく観察し、手を入れてみた。手は簡単に、それこそ面白いように土にめり
 込んでくれたよ。」
「なるほど。もっと土を堅くしとけば良かったわね。」
「案の定、更に掘り起こしたら……。」
 雅貴はそこでポケットに手を突っ込み、卵型の機械を数個取り出す。
「超高性能の小型爆弾(マイクロ・ボム)だ。こいつで、花壇の下の変電施設を壊し、ホールを闇で包んで目
 的を達成する……良く出来た二重罠(ダブルトラップ)だな。」
 ルージュはクスリと笑って呟く。
「ええ。人の骨を隠したければ、その上に犬の骨を埋める。もし、運悪く骨が一部見つかっても人の骨の前
 に犬の骨が発見されれば、更に掘り起す人はまずいない。変電施設さえぶち壊せば、予備電源も何もあった
 ものじゃないから。この会館は。」
「造りが古いからね。母さんの中学時代からあるんだ。ここは。しかし……よく人の心理を突いてるよ。」
「ふうん。お褒めに預かり、光栄ね。どうして私が解ったの?」
「君は、警官に化ける時、必ず盗み出す数分前に入れ替わる。そこで一計を案じた。」
「一計?」
「そう。この爆弾のことを警官全てに伝えた。そして、この爆弾が既に解体され解除されていることも。もち
 ろん、その時に変装のチェックもしてね。」
 その言葉を聞いたルージュ。
「……なるほど。そうと知らないあたしは、警官に入れ替わり、自分の仕掛けが作動しないことにきょろ
 きょろして正体を自分でばらしちゃったわけね。」
「そう。もしも普段の状態なら、ルージュが来たかもしれないという緊張感でそわそわしているものと勘違い
 したかもしれないがね。」
「そう思わなかったの?」
「警官全員に伝えといたんだ。もし時間が来てルージュが来なくても、絶対にきょろきょろするな。自分に
 与えられた視点を見てろとね。」
「なるほど……もう一つくらいトラップ仕掛けとけば良かったかな。O.K.あたしの負けよ。で?あたしをどう
 するつもり?」
 ルージュの問いに、雅貴は答える。
「さーて。どうするか……。どっちにしても、君を逃す気はない。」
 ゆっくりと近づく雅貴。ルージュは、クスリと笑って言う。
「別に、今回は遊びだもん。もうちょっとお気楽にいきましょ?あたし、別に絵が盗めなくてもいいのよ?あな
 たに会えれば、それで良かったんだから。」
 その言葉に、雅貴は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ふざけるなっ!」
 雅貴のその態度にルージュ、頬をぷうと膨らませて、
「ほんと、男ってのは……ま、そこがあなたのいい所なんだけどね。」
 後半の台詞をさわやかに言うと、ルージュの体が膨れ上がる。
「な!?」
 柄にもなく、間抜けな声を出す雅貴。
 膨れ上がったルージュの変装していた警官の服が裂けて飛び散る。
 そして、そこから無数の紅鳩が飛び出す。
「うわっ!」
 雅貴と警官隊に襲いかかる鳩。
「じゃあねっ!どーせ遊びだし、負けと認めたから、盗まずにおいてあげるっ!」
 雅貴達の視界を埋め尽くす鳩達の奥から、ルージュ・ピジョンの声が聞こえる。
「まてぇっ!こらぁっ!ここで鳩を囮に逃げるかぁ!?それはなんとなく卑怯だぞっ!!」
 大声を張り上げる雅貴に、ルージュの声が飛ぶ。
「卑怯とは何よっ!真剣勝負はやるかやられるかよっ!卑怯なんて概念は、存在しないんだからっ!」
 そして、一拍置いて鳩達がルージュの後を追って飛び去る。
 そして続くルージュの声。
「また会いましょうねっ!!アスカ3rd!!!」
 雅貴は、ホールを飛び出す。既に頭に血が上り、更に恐ろしいことにそんな状態にもかかわらず集中力が
増していた。
「ばかやろおっ!今度こそとっつかまえてやるっ!」
 そして、毎度のごとく雅貴とルージュのおいかけっこが始まる……。

 ルージュは、次から次へと屋根を飛び移る。
 それは雅貴も同じだ。
 聖華の夜、屋根の上を少年探偵と少女怪盗が互いに踊る。
 それも、最近はいつものこと----のはずだった。
 だが、この日だけは違った。
 逃げるルージュの前に人影が立ちはだかる。
 止まるルージュ。舌打ちする。雅貴の仲間かと思ったからだ。
 だが、雅貴はルージュにつられて立ち止まる。
 ルージュの前に誰かがいることは、雅貴からも視認できた。
 今日の空は、暗い。曇り空で、しかも人影は市街地を背に立っている。
 逆行で顔は見えない。
 その人影が誰か、二人には解らない。
 瞬間、ルージュは寒気を感じた。
 無言で身をかがめて後ろに飛び下がる。
 その瞬間に、ルージュの上を不可視の何かが通りすぎた。
 そして、雅貴もルージュが感じたものと同質の寒気を感じた。
 特殊加工プラスチック・セラミクスの硬化トランプを投げつける。
 このトランプは、SEPの装備品。
 SEPは、その性質上銃を持つことは許されない。その代わり、その本人の特性を生かした武器を支給される。
 それが雅貴の場合はこのトランプだったわけだ。ちなみに、これも恭一の作品である。
 トランプは、目の前の空間でギィンッと派手な金属音を立てて雅貴の元へとはねかえる。
 戻って来たトランプを空中で取る雅貴。
 ルージュと雅貴は、目の前の影を睨み付ける。
 下手には動けない。それは死を意味する。
 双方の間に風が吹く。
 その風は、上空にも吹いていたようだ。
 雲は流れ、その切れ目から月が顔を出す。
 月明かりが人影を照らしていく。
 その人影を見て、ルージュは息を呑む。そして呟くように叫んだ。
「アーティチョーク……怪盗ハンター!!」
 そう。人影は、アーティチョークだったのだ。
 アーティは、二人に冷たい笑みを浮かべる。
 そして、ルージュに対し言葉を発する。
「お久しぶり。ルージュ・ピジョン。あたしが唯一消し損ねた偽善者さん。」
 ルージュは、無言で足のホルダーから釣竿を取り出すと構える。
 右手に釣竿、左手に糸の先とそれに括られた重り。
「どうしてあなたが……アリシアを消し、あたしに挑戦し……あたしはあなたを倒したはずよっ!!」
 アーティは、にやりと笑う。
「組織を甘く見ないでよ。あたしの出た組織『ハーブ』は、組識片からあたしをよみがえらせるくらい何でも
 ないわ。」
 それを聞いたルージュの顔から、さっと血の気が引く。
「そんな……あなたが『ハーブ』の一員……?」
 その言葉を聞いて、更に冷たく、いやらしく笑うアーティ。そして、アーティは更に言葉を紡ぐ。
「そうじゃないわ。残念ながらあたしはあくまでフリーランス。組識はただのお得意様。あたしはもしものた
 めに、記憶のコピーを組識にプールしておいたのよ。」
 記憶のコピー。その言葉を端で聞いて、雅貴はある一件を思い出した。
 そう。コピー・セイント・テールの事件を。(FILE 3『しっぽに捧げる鎮魂歌』参照)
(それじゃ、もしかしてこのアーティという奴はあの一件の組識に関わりのある奴なのか!?)
 心の中で呟く雅貴。
 その間にも、アーティとルージュの話は続く。
「何しに来たのっ!?この街にっ!!!」
 ルージュの叫び。アーティはあっさりと答える。
「セイント・テールを殺しに来たのよ。もっとも、その前にもう一人のターゲットであるあなたも殺させてもら
 うけどね。そう。ネットに出ていたのよ。彼女の正体が。情報提供者は匿名だけど、あれは間違いなく組識の
 出した情報よ。」
『!!!!!!!!!!!!!』
 アーティの答えに雅貴とルージュは、声無き叫びを上げた。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
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