Report 5 過去と現在


「大丈夫ですか!?先輩!!」
 真美に向かっての恋美の第一声。
「恋美ちゃん………。」
 真美は、そう言うと幽霊の様にゆらりと恋美に振り向く。
 その顔は、恋美が今まで見たことも無いほど弱々しい。いつも恋美が見る真美は、気丈で何者にも
負けない強い真美だ。それだけに、この真美の様子は意外だった。
「どうしたんですか!?しっかりして下さい!!」
 そう叫ぶ恋美。だが、真美は瞳に涙を溜めながら呟く。
「もしかしたら……あたしのせいかもしれない……やっぱり、あたしの昔の……。」
 本当はまったく違うのだが、いつも自分の不良時代の周りへの影響を恐れていた真美だ。
 やはり、そう考えてしまうのだろう。
 しかし、佐渡はそんな真美の肩を優しく抱く。
 そして、言う。
「そんな事は無いよ。君が悪いんじゃない。」
 その言葉を聞いたとたん、真美の中で何かのたがが外れた。
 佐渡にもたれてわっと泣き出す。
 佐渡は、まるで父親のように真美を受け止めていた。
「あなた……。」
 芽美は、夫に向かって言う。
 大貴は頷いて、芽美にだけ耳打ちした。
「考えてみたが……深森はまっとうな理由で怨まれる人間じゃない。」
 芽美は、無言で頷く。
 そして大貴は更に続ける。
「と、言うことは、逆恨みの線が濃いわけだ。となると……。」
 芽美は、大貴の言いたいことを察して呟く。
「セイント・テール…………。でも、どうして?『彼女』の正体はあたしと聖良とあなた
 ほどしか……。」
 大貴は、それを聞き更に耳打ちする。
「最近いやな噂を聞いた。」
「いやな噂?」
「裏世界に、セイント・テールの正体が流布されている。」
「えっ!?」
「事の真偽やその正体情報の内容がきちんと分かるまでは余計な心配をかけたくなかっ
 たから言わなかったんだが……。これは事によると……。」
「情報が嘘ではなく真実の物って事?でも誰が………。」
「そーゆー情報を流し、セイント・テールを困らせて喜びそーなやつ、いたなぁ。」
 その大貴の言葉に苦笑して芽美も答える。
「いたわね。そう言えば。そーゆー母娘連れ。」
「ひょっとしたら、ひょっとするかも……。だとしたら、懲りない連中だな。」
 大貴のその言葉に、芽美は苦笑したままで沈黙する。
 その表情は、こう言っていた。
(あいつらならやりかねない。)
 と。

「アスカ3rd.来て下さい。裏口から、時限装置付きの発煙筒を発見しました。」
 警官の言葉に、雅貴は裏口に急ぐ。
 この前、ルージュに関する捜査は正式にリナの指揮下である捜査2課から、窃盗専門捜査の係である
捜査3課へと委譲された。
 その中でも、特にルージュ対策を行う新設の第5班は雅貴の直接指揮下にある。
 それはともかく。
 雅貴は裏口の花壇に行き、発煙筒が入っている穴を見る。
 横に若い刑事が付き、雅貴に説明する。
「数日前に花壇の土の入れ替えをしたそうです。ただ、この辺の土が周りと違うので掘り返させましたら、
 このとおりです。」
 雅貴は花壇に踏み込むと、発煙筒の入っている穴の横にしゃがみこみ、じっと穴の空いた地面を見つめる。
「………。」
 刑事は更に言う。
「おそらく、予告時間にこの発煙筒を使って裏口を火事に見せかけるつもりだったのでしょう。」
「……………。」
「計略に乗った振りをしましょう。アスカ3rd。そして一網打尽に……。」
「………施設の見取り図を持ってきてくれ。」
「は?」
 聞き返す刑事に、雅貴。
「早く見取り図を!!」
「はいっ!」
 雅貴から離れて、刑事は呟く。
「少年探偵だか、SEPだか知らないが、何であんな素人を高宮警視にしても、部長にしても……。」
 彼は雅貴の、いや、SEPそのものの存在理由を知らない。
 しばらくして、彼は雅貴に見取り図を渡す。
 雅貴はF会館の見取り図を見て、穴の中の土を押しながら呟く。
「花壇の下は変電施設……そうか!」
 雅貴の手は、穴の中の土を押して、更に深く土の中に入り込む。
 まるで、更に土を掘った場所のように。
 雅貴は立ち上がると近くの警官に指示を出す。
「更にここを掘ってくれ。」
 警官たちは、雅貴の指示どおりに穴を更に掘り下げるが、その様子をげげんな顔で刑事は見詰める。
(もう、すでに手口は分かっているのに、どうして掘り下げるんだ?どうも、素人探偵のやることは……。)
 しかし、その考えを中断する言葉が、更に穴を掘っていた警官から発される。
「アスカ3rd!」
 雅貴は警官の掘った穴の中を覗き込む。そして静かに呟いた。
「やっぱりな。」
 それにつられて刑事も穴を覗き込む。
 刑事の顔から血の気が引いた。

 予告時間。
 原稿を展示してある大ホール。
 警官に変装したルージュは、ゆっくりと周りを見回す。
(おかしいなぁ……仕掛けが作動しない……。)
 今回、警官に対する変装のチェックは行われなかった。
 どうも引っかかる。雅貴の仕掛けた罠かもしれない。
 だが、罠と分かっていても、それを躱すだけの自身はある。そのはずだった。
 しかし、自分の仕掛けた罠がまだ作動しない。いやな予感がした。
 また辺りを見回す。
 そして、雅貴の側に近づき尋ねる。
「アスカ3rd…ルージュ……来ませんねぇ。」
 雅貴は、警官姿のルージュに向かって言う。
「何言ってんだ。もう、来てるじゃないか。」
 その時、ルージュな妙な異変に気づいた。
 自分と雅貴を囲むように警官が動いている。
 だが、ルージュは慌てない。
 ここで妙に慌てては、自らの正体をばらすようなものだ。
 ルージュは、落ち着いて何気ない動作で警官の中に混ざろうとした。
 その時。背後で雅貴の声が聞こえる。
「やめときな。ルージュ。」
 そしてルージュは振り向いた。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
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