Report 4 迷走するメネシスの矢


「良かったなぁ!あのゲーム!」
 叫ぶ光一。ゲーセンから家への帰り際のことである。
「全くだぜ。機能性よし、ちょっとしたお茶目もあって、エンディング・ストーリー性まで良いんだから。」
 車椅子を進めながら透も同意する。
「また見たいな。あのエンディング。」
 雅貴の呟きに他二人、うんうんと頷いた。
「よおしっ!次は裏コマンドを使った超ハードモードで行こうっ!」
 光一のその叫びに雅貴と透はびっくりした顔でハモる。
『超ハードモード!?』
 光一は頷きながら言う。
「そうなんだ。実はな、あのゲームには『幻のキャラ』が使えるモードがあるんだよ。」
 そして、熱弁を振るう光一。
 雅貴は心の中で呟いた。
(さ……さすがは光一。ゲームの話題でやつにかなうのはいないなぁ……。)
 そのとき、雅貴の上から妙な音が聞こえて来た。
 何かが落ちる音。
 いやな予感がした。
「光一!透!前に避けろっ!」
 叫ぶと雅貴はそのままダッシュで前に出る。
 そして、爆発。
 一瞬後、雅貴の立っていた場所には直径3センチの穴が空いていた。
 呆然とする3人。しかし雅貴、すぐに立ち直り、穴の中央へとその視線を移す。
 そこにあるのは、一枚の札。
 雅貴はその札に近づく。


    『予告状』

      今晩、午後11時F会館「現代英国純文学展」にて
      E.エレナード作の『青葉の木漏れ日』生原稿を
      頂きに参上いたします。
             怪盗 紅鳩−ルージュ・ピジョン−

      P.S.この間、つい馴れ合いになっちゃったけど、
        あんな状態のまま、すます気はないわ!!
        今度は、少しあそばせてもらうから。
        うまく行ったら帰してあげる。


 雅貴はにやりとされどさわやかな微笑を浮かべる。
「……いい根性してるじゃねーか。よしっ!この喧嘩、買った!」
 そして札を懐にしまうと、透と光一に向かって
「悪い!!俺ちょっと用事!」
 と叫び、走り出してしまう。
 二人は、そんな雅貴を呆然と見送っていた。
 そして、光一。ポツリと一言。
「またルージュ・ピジョンか……。ほんと、三代目もよくやるよ。」
 それを聞いて透も苦笑いを浮かべながら頷いた。

 雅貴が予告状を手にした近くの家の敷地内、木の上にて簡易ボウガンを分解する明日香。
 自分が明けた穴を見てゆっくりと呟く。
「あっちゃあ……また火薬合成の量分間違えちゃった……。」
 もちろん、それは明日香が火薬量を間違えて道に穴を空けたことに対する一言であることは
言うまでもない。
「………ま、いっか。」
 だが、そう言いながらも明日香の頬には、一筋の汗が流れ出ていた。

「ただいまっ!」
 その言葉と同時に家に帰り、一気に階段を駆け登って自分の部屋へと走り込む。
 そしてかばんをベッドの上に投げると、そのまま踵を返して再び階段を駆け降りる。
「お兄ちゃん!大変!」
 妹の恋美の声が聞こえる。しかし雅貴、
「悪い!後にしてくれ!ルージュからの予告状だ!」
 と言うと、妹の表情も見ずにそのまま玄関から外に出る。
 とてつもないスピードで外にかけていく兄の背中に恋美は瞳に涙を溜めて呟く。
「聖良おばさんが……刺されたんだよぉ………。」
 しかし、その言葉は雅貴には聞こえていなかった。
 その様子を玄関からの声だけで伺っていた芽美はため息をつく。
 そして、娘に近づくとそのかたにそっと手を乗せて言う。
「しかたないわ。パパにも連絡したから、今は私たちだけで病院に行こう。お兄ちゃんには、
 メモを残しとこうね。」
 母の言葉に恋美は無言で頷いた。

 聖華第一病院、救急待合室。
 佐渡と真美はそこで長い時間を待っていた。
 だが、実際にはそんなに長い時間を過ごしていたわけではない。
 ほんの1〜2時間ほどだろう。だが、飛鳥夫妻が来るまでの数時間は二人にとってはとてつも
なく長く感じられた。
「サルワタリっ!」
 待合室に響く声。
 佐渡には、それに突っ込む余力も無い。自分をこのように呼ぶ人間は彼の知る限り一人しか
いない。そう。彼の同級生。聖華市髄一の探偵、アスカJr.こと飛鳥大貴だ。
「あぁ………アスカJr.……。」
 力無く答える佐渡。もちろん彼が「もう子供じゃない」と『Jr.』と呼ばれることを嫌うことを
見越しての発言だ。先ほどの『サルワタリ』のお返しである。
 しかし、大貴はそれに気づかない。佐渡の憔悴した顔を見て毒気を抜かれてしまったのだ。
「どうしたっ!佐渡っ!」
 慌てて佐渡の両肩をつかむ大貴。佐渡はその肩を震わせながら呟く。
「情けねぇ……。俺がついていながら………。深森さんをあんな目に……。」
「佐渡………!!!」
 中学の頃から、大貴は佐渡と付き合って来た。
 友人として。記者と探偵として。
 それは、言わば腐れ縁とも言える代物であった。
 佐渡の、聖良への気持ちも知っている。
 昔はよく分からなかったが、今ではしっかりと理解できる。
 そんな大貴だからこそ、佐渡の気持ちは痛いほど分かる。
 自分だって、妻を、芽美を同じ目に会わされればどういう感覚に陥るか。
 自分への不甲斐なさと、悔しさ。そして、それを行った相手に対してとてつもない怒りがふつふつ
と湧くだろう。行動に出た時、どうなるか分からない。
 それを、佐渡は味わっているのだ。
 大貴は何も言えない。
 言いようが無い。何を言っても気休めにしかならないのだ。
 だから、大貴は佐渡に向かってこれだけ言う。聖良の常套台詞を。
「祈ろう。深森なら、絶対神の御加護があるさ。祈るんだ。」
 佐渡は、頷いて呟く。
「あぁ………そうだな……」

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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