Report 3 逆恨みの呼ぶ過去


 聖良がいつまで経っても戻ってこない。
 いつもの彼女ならありえないことである。
 神学の特別聴講の世話をしていた真美はその事にいやな予感がして礼拝堂まで駆けていた。
 その途中で腕章とブレスカードをつけた記者姿の佐渡に出会う。
 佐渡はにこやかに右手を挙げて真美に挨拶する。
「やぁ。真美ちゃん。」
 佐渡の言葉に真美はぺこりと頭を下げて挨拶を返す。
「こんにちは。佐渡さん。今日もまた聖良シスターに会いに?」
 佐渡は苦笑して言う。
「いや、違うんだ。今日、確か学院の体育館で神学聴講と講演会があっただろ?たしかヴァチカンからわざ
 わざ講師を呼んで。」
「はい。」
「それの取材にね。ところで、どうしたんだい?そんなに息を切らして。」
 そう。今の真美は体育館から必死で駆けて来たので少し息が上がっている。
 佐渡の言葉に真美は今、自分がどこへ向かおうとしているのか、そしてなぜそうしているのかを思い出す。
「あ、そう!講師の神父様の忘れ物を取りに礼拝堂へ行ったシスターが戻ってないんです!もう30分も経つのに!」
 それを聞いた佐渡、首をかしげる。そして言う。
「別にたいした事じゃないと思うよ。見つからないだけかも……。」
 その佐渡の言葉を遮るように真美は叫ぶ。
「でも、聖良シスターに限ってそんな!」
 その言葉を聞いて佐渡は驚きの表情を見せる。
「何!あのしっかり者の深森さんが!?それは確かにおかしい!!急ごう!」
 佐渡は態度を一変させて礼拝堂に走る。そしてそれを追う真美。
 礼拝堂の入り口からおよそ80メートルの所で二人はコートの女性とすれ違う。
 すれ違った女性に不振な嗅感覚を抱き、真美は立ち止まる。
 そして女性のほうを見る。
(今の匂いは………。)
 その物騒な匂いを、真美は記憶していた。
 なんとなくいやな予感が更なる確固としたものに変わる感覚がする。
 真美が立ち止まったことに気づいた佐渡は、後ろに向かって叫ぶ。
「何やってるんだ!真美ちゃん!」
「あ、はい!すぐ行きます!」
 真美は叫ぶと佐渡の後を追う。
(今のは……。かすかな今の匂いは……。血の匂い……。)
 走りながらそう心の中で呟く真美。
 佐渡は、既に礼拝堂のドアの取っ手に手をかけている。
 思いっきり力を入れてドアを開く。
 開かれたドアの向こう、礼拝堂の中。
 佐渡の目の前に。
 真美は佐渡の体の横から。
 その状態は見えた。
 一瞬、二人とも硬直する。
 自分の見ている状態が信じられない。
 だが、あまりにも鼻につく血の匂いがそれが事実であることを告げている。
 聖良が---自らの流す血の中に倒れていた。
 真美の体が震え出す。
 ショックで何をすべきかが頭の中からスコンと抜けてしまっている。
 その間にも佐渡が聖良の側にかけより叫ぶ。
「深森さんっ!大丈夫ですかっ!」
 うつ伏せになっている聖良の体を仰向けにする。
 そしてあえて抱き起こさない。
 一目で腹部刺創だと分かる。
 下手に抱き起こせば上半身から腹部へと血が下りて更に出血する。
 呼び掛けに応えない。
 すでに意識レベルが一桁を超えているのだ。
 救急処置における意識状態の判定に使うレベルは大きく3つに分けられる。
 無刺激状態で、覚醒しているのが一桁のレベル。
 有刺激状態で覚醒するのが二桁のレベル。
 全ての刺激に対して微反応もしくは無反応なのが三桁のレベルである。
 そして、それぞれのレベルは、やはり3つに分けられる。
 佐渡はそれを思い起こしながら聖良の体を揺さ振りながら先ほどよりも大きい声で叫ぶ。
「深森さんっ!しっかりっ!」
 すると、聖良はゆっくりと目を開ける。
「さ……佐渡…さん……。」
 その状態を見て、佐渡は後ろにいる真美に向かって叫ぶ。
「何をやってるんだ!真美ちゃん!保健室に行って清潔なガーゼをもらえるだけもらってこい!急げ!」
 その言葉を聞いて、真美は混乱していた状態から呼び戻される。
 そして佐渡の言葉を実行するために礼拝堂を飛び出す。
「しっかりしろよ!大丈夫だから!!それからしゃべらないで!余計な体力を消費してしまうから!」
 佐渡は自分の携帯を取り出すと119番の緊急ダイヤルを回す。
「はい、こちら消防。緊急通報受理台。」
 相手が出たとたんに佐渡は叫ぶ。
「もしもし、怪我人です!急いで下さい!」
「はい。分かりました。どこですか?」
「聖ポーリア学院の礼拝堂です!」
「怪我の状態は?」
「下腹部刺創。かなり深そうで、おそらくは小さめの刃物によるもの。出血が少々激しく、意識レベルは20
 ほどです。」
「分かりました。では、道路に出て……。」
「怪我人を放っておけません!!」
「分かりました。学院礼拝堂なら、案内無しでも何とか行けるでしょう。ではそこで待っていて下さい。」
 そして電話は切れる。
 同時に真美がガーゼを持ってくる。それから学校の保健医も後についてくる。
「佐渡さん!持ってきました!それから保健室の先生も!」
 佐渡は無言で真美からガーゼを受け取るとそれを傷口にかぶせ、上から傷口を押さえる。
 直接圧迫法と呼ばれる止血法だ。
 佐渡は記者である。いつ何時どのように危険な目に遭うか分からない。
 だから一通りの応急処置は押さえている。
 一方、保健医は脈拍をとったり、状態を見たりしている。
 そして、佐渡たちは救急車を待った。

 その知らせは、いきなり飛鳥家の電話から芽美の耳に飛び込んだ。
 聖良シスターが刺されたと。
 しかし、その理由が分からない。
 それは芽美も同様だ。
 聖良を怨む人間がいるなど考えられないし、考えたくも無い。
 芽美はすぐに自分の夫に連絡を取る。
 子供たちと共に親友の収容された聖華第一病院へと急ぐつもりなのだ。

 同じ頃。雅貴はそのようなことが起こっているとも知らずに光一、透と共にゲーセンでエキサイトしていた。
「いけっ!やれっ!そこだぁっ!」
 十何年か前に出たアーケードゲーム『バトル・オブ・セイカシティー・ウエスタンダッシュ』である。
 マニア好きのする逸品なのでいまだにこの駅前のゲーセンに残っているのだ。
「よしっ!そこだ!行けぇぇっ!」
 タッグマッチ2Pキャラを操る雅貴の掛け声にあわせ、透の指が滑るようにスティックとボタンを操る。
 透の操る白いタキシードにポニーテールのマジシャンの少女がディスプレイ上でスティックを振り回す。
 すると、少女のステッキの軌跡がいきなり刃となり、敵キャラの少女とその母を襲う。
『セイント・エッジ・イリュージョン!』
 ポニーテールの少女の声が響く。それと同時に透は声を上げた。
「いまだ!雅貴!」
 そして雅貴の指も軽やかに2P操作盤の上を踊る。
 雅貴の操る小柄の少年保安官はマジシャンの少女の後ろから銃を構えてそのまま発砲する。
『ハイパーストライクショット!!!』
 少年保安官の声が熱血的に響く。
 少年保安官のこの技が出た瞬間、画面上に文字が出る。すなわち『愛のハイパーユニット』と。
 実はこのゲームの面白い所はここだったりする。妙に笑えるのだ。
 恋人同士などでタッグマッチをするとこういうのが出る。
 もうノリはほとんどとある学園格闘ゲームである。
 結局、この技が決め手となり敵キャラは沈黙した。
 ハイパーコンボでポイント124。
 雅貴と透、そして後ろで見ていた光一は3人揃って叫んだ。
『よっしゃあ!やったぜっ!』
 画面上には、少年保安官の腕を組むマジシャンの少女。二人とも幸せそうな顔である。
 とうとう感動のエンディングなのだ。
 このあまりにもマニア的映画的感動エンディングは、このゲームのロングランの秘密の一つ。
 なかなかクリアできないが、しかしエンディングはそれを補ってあまりある代物なのだ。
 しばらくして----。
 感涙しながらゲーセンを出る3人の姿があった。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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