Report 1 怪盗ハンター


 怪盗・ムーンライト
 彼は米国ではルージュ・ピジョンと並ぶ腕の持ち主。
 真っ黒なタイツを月明かりに浮かばせるその姿はだれをも魅了する。
 米国にルージュ・ピジョンのいない今、合衆国No.1の怪盗が彼である。
 だが、その歴史も今日で終わりを告げる。
 なぜなら---------。

 その日、ムーンライトは盗みを一つやってのけ、ビルの谷間を縫っていた。
 しかし、その足がふと止まる。
 目の前に一人の人間がいた。
「ポリスか?」
 ムーンライトの問い。
 しかし、人影は静かにムーンライトに近づく。
 そして、呟いた。
「ハンターよ。」
 その言葉を聞いたムーンライト。顔を強張らせ逃げようとその身を翻す。
 だが、それはかなわぬことだった。
 人影から、何かきらめくものが放たれる。
 次の瞬間-------。
 ムーンライトの胸に赤い点がポツリと出来る。
 その点は一瞬後、鮮血の槍となってムーンライトの胸に突き立った。
 倒れるムーンライトの体。
 もう、それはぴくりとも動かない。
 そして、人影はその体に向かって呟く。
「あたしはアーティチョーク。人によっては、ブラッディー・クロスのアーティとも呼ぶわ。もっとも、
 一番親しまれている名前は……そうね。Hunter for Phantom thiefs----怪盗ハンターと言う名かしら。」

 盗賊ハンター。または怪盗ハンターとも呼ばれる。
 この職業は、いわゆる賞金稼ぎの部類に属する。
 表裏の世界を問わず、世にはびこる盗賊、怪盗を専門とする刺客。
 それが、怪盗ハンター。
 マフィアの大親分から小市民まで、依頼料を支払えばどんな相手の言いなりにもなる。
 客を選ぶことをせず、依頼をただこなすだけ。
 殺す対象が誰であろうが関係ない。その情報提供者と共に殺すのみ。
 ただ、彼女が殺す相手は、いわゆる『義賊』が多かった。
 アーティチョークは、そんな女性の怪盗ハンターであった。
 しかし、それもただ、一人の怪盗を殺すために磨かれた技である。
 昔、聖華市にいた一人の怪盗を殺すために------。

 絶対に表に出ることの無い裏情報の集う闇ネット。
 その掲示板に例の記事が出たのは、数ヶ月前のことだった。
 ルージュはそれを見て『彼女』の『正体』を知った。
 このネットにこれが入って来たと言うことは、誰かが『彼女』の身の破滅を願っていると言うことだ。
 もう数ヶ月、この情報を放っておけば裏の世界中にこの情報の全てが浸透するだろう。
「まぁ、あたしには関係ないわ。」
 ルージュはそう呟くと、パソコンの全プログラムを終了させ、本体の電源を切る。
 数日後、ルージュはそのことをものすごく後悔する。
 なぜなら、これから起こる騒動の発端こそがこの情報なのだから。

 同じ頃。アーティチョークも米国にて同じネット内で同じ情報を見つけていた。
 そして、彼女はほくそえむ。
「やっと……やっと見つけた。これで、父の敵が討てる……。」

 その情報は、セイント・テールの正体に関する情報。
 そして、その仲間である情報提供者に関する情報。
 ごていねいなことにその情報を裏付ける証拠が添付されていた。
 アーティチョークがその情報を見た時、いきなり雷鳴が轟く。
 そして、雨が少しずつ降り始める。最後には土砂降りとなり、雷鳴は更に激しく轟く。
 アーティチョークは、ゆっくりと、静かに呟いていた。
「殺してやる……。父の敵、セイント・テール……そしてそれに協力した者も……殺してやる……。」

「プロフェッサー。例の情報を流してみましたら、何とアーティが動いたようです。」
 聖ポーリア学園の制服に身を包んだショートボブの少女、カリンの報告を聞き、プロフェッサーは満足
そうな笑みを浮かべる。
「そうか。アーティチョークが動いたか。我が組織『ハーブ』フリーランス刺客養成コースの主席卒業生
 だったな。彼女は。」
 そのプロフェッサーの言葉にカリン、頷いて言う。
「はい。確かあたしやプロフェッサーが『ハーブ』に所属する少し前にフリーランスに転向しましたね。」
「いや、私が幹部として所属してから数年経ってからだ。」
「そうだったでしょうか?」
「うむ。」
 カリンの問いに頷くプロフェッサー。そして更に言う。
「怪盗ハンターになるのは予想外だったが、彼女がそれになってくれたおかげで逆に我らに所属する怪盗に
 気合いを入れるように言うことが出来る。」
「そうですね。」
 プロフェッサーは、ロッキングチェアから立ち上がると、窓の外を見る。
 そして呟く。
「アーティの父は、いっぱしの泥棒だったのだ。その腕は一流だった。」
 その言葉を聞き、カリンもその話を受ける。
「はい。存じております。伝説の大泥棒、矢部といえば、裏の世界で知らないものはいません。」
「しかし………。」
「しかし、セイント・テールの一件でへまをし、余罪をも明らかになり無期懲役を言い渡された。だが刑に
 服す間、生き別れの娘会いたさに脱走し、刑を死刑に格上げされて数年前に執行された。そうですね。」
「うむ。そのとおりだ。その数年前の刑法改正の折、無期懲役刑の囚人の脱走は死刑となった。その際の
 最初の死刑者だ。見せしめだったのだよ。彼は。」
「悲しい話です。」
「だが、悲劇はまだ続く。」
「ええ………しかし、プロフェッサー。うまく彼女を利用しましたね。始めからそのつもりだったでしょう?」
 カリンのその言葉に、プロフェッサーはにやりと笑う。
 そして、ゆっくりと言った。
「どんな行為を行っても人は知らずのうちに他人の心に、そしてその運命に傷をつける。アーティの逆恨みを
 利用すれば、またセイント・テールを悪夢のどん底に陥れることが出来る。それが狙いだ。」
 そのプロフェッサーの言葉に、カリン。
「たぶん、セイント・テールは既に戦いは終わったと思っているのでしょうね。」
 その言葉にプロフェッサーは首を振って答えた。
「運命の輪、人の巡り合い、それによって宿命づけられた戦いはそう簡単には終わらん。どちらの意志が
 何らかの形で死なねば、終わることはない。なぜならそれが生きる限り、その恨みは消えないからだ。」
「プロフェッサー………。」
 プロフェッサーはカリンに背を向け、目をつむって呟く。
「私はその時を、それをなせる者を待っているのかもしれないな………。」
 そんな彼の背を、カリンはじっと見ていた--------。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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