Report 9   トリックスターV.S.トリックスター


「ルージュ・ピジョンが来る!?」
 母親の言葉に、雅貴は頷く。
「そうなんだ。これ、予告状。」
 そう言って、出された予告状を家族に見せる。
 いま、居間に家族全員が集まっていた。
 予告状を見る母、芽美。彼女は、追伸部分を見て言う。
「これ、どういう事?雅貴。」
 雅貴は、落ち着き払って、
「ああ、それ。俺が彼女の犯行を阻止したことを言ってんだと思うよ。」
「なるほどな、それでか。」
 横から、父親の納得した声が響く。
 雅貴はうなずいて、母親に言う。
「それにしても、うちにこんな『セイント・テールのステッキ』がまだあったのか?」
 芽美は、少し誇らしげな顔をして、
「そりゃあ、あるわよ。なんてったって思い出の品ですもの。あのころを思い出すわぁ。」
 すると、大貴、
「ああ。そうだな。あのころは俺は君ばっかり追いかけていたからな。」
 見詰め合う両親。
「そうだな。あのころはよくおまえに苦しめられてたよなぁ。」
「まぁ。あなたったら。」
 二人の世界に突入しかけている。
「…………この、万年新婚夫婦が……。」
 呟く雅貴。咳払いをする恋美。
「あ、あら。」
「そ、そうだな。今はちょっと思い出に浸っている場合じゃないな。」
 慌てる両親を見て、そろってため息を吐く兄妹。
 雅貴は、まだ専任捜査官任命のことを言っていない。
 すべては、この騒動が終わってから。そう思っていたのだ。
「それじゃ、ちょっと持ってくるわ。」
 芽美は立ち上がり、部屋の奥へ消えた。
 しばらくして、ステッキを抱えて戻ってくる。
「状況から言って、このままここでステッキを前に過ごすのが一番いいな。おやじ、どうだ?」
 探偵の先輩として、大貴にたずねる雅貴。
「正論だ。だが、窓、ドアや屋根裏などの隙間から何らかの手段をもって盗むことも考えられる。母さ
 んもやったことのある手口だ。」
 大貴が芽美を見て言う。そして、それに芽美もうなずく。
「ええ。あたしが盗む時でも第一にそれを考えるかな。」
 そして、恋美が雅貴に向かって言う。
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
 雅貴は、厳しい顔をしたまま何も答えなかった。
 ふいに、PHSが鳴る。
 雅貴は、PHSを取り出して通話状態にし、耳に当てる。
「はい、もしもし。あぁ。岡山のセンセ。」

 岡山県岡山市。
 ここに、雅貴の友人である中年の介護福祉士がいる。
 名を木山秀平。時々雅貴のファイルをホームページに起こしている。
 小説を書くのが趣味。
 木山は、自分のパソコンにつないであるマイクに向かって言う。
 パソコンを、そのまま電話にしてあるのだ。
「ああ、飛鳥ちゃん。君に頼まれた事だけどね。ルージュ・ピジョンって言ったっけ?いくらか分かった
 んで教えとくよ。」

「え、というと?」
 PHSの向こうにいる木山にたずねる雅貴。
 返事はすぐに来る。
「怪盗 ルージュ・ピジョン。紅鳩だね。彼女が初めて現れたのは、5年前のニューヨークだ。泥棒請け
 負いを生業としているらしい。」
「泥棒請け負い?」
 たずねる雅貴。それに答える木山。
「何者かから泥棒してくれと頼まれて、それに応えるだね。方法は、ボトルメールを使う。宛先を決め
 ずにネット内を流す電子メールだ。」
「それで?」
「それから、暇な時は警察をからかって遊んでいる。」
「遊んでるのか?」
「そうだよ。そうとしか思えない。ICPOの認識ナンバーは怪盗A-34-4450号。警察庁指定番号では、第
 1024号だ。ちなみに、セイント・テールは803号。盗みの時に、赤い鳩や鳩の羽根を残すことからこ
 の名前で呼ばれている。」
「へぇ……そうなんだ。」
「ま、頼まれたことはこれくらいかな。泥棒請け負いの仕事での予告状と、遊んでいる時の予告の見分
 け方は『返す』の一語だ。」
「『返す』?」
「ああ『返してあげないよ』とか、『返してあげる』とか、そう言う言葉が出ている時は間違いなく遊
 んでると見て間違いない。」
「それが無い場合は?」
「泥棒請け負いの仕事の時、もしくは自分のプライドをかけた大勝負の時だ。」
「なるほど。ありがと。センセ。」
「いやいや、どういたしまして。それじゃ。」
 PHSを切る雅貴。
「なるほどな。今回は遊んでるわけじゃないのか。手強くなるかな。」
 ため息を吐いて呟いた。

 午後11時00分。
「もうそろそろ行ったほうがいいかしら。」
 ルージュ・ピジョンはそう呟くといつもの黒ブレザースカート姿で、自分のアパートの部屋の扉を
開ける。
 そしてしっかりと鍵を閉める。
「泥棒にはいられちゃかなわないわ。」
 アパートの表札には、こう書かれてある。

      『結城 明日香』

 その表札がふと目に入り、ルージュ・ピジョン---明日香は呟いた。
「この名前を使うのも、久しぶりよね。あたしの本名。」

 午後11時30分。
 予告時刻まで、後30分。
 この家族が一同に会することはあまり無い。
 大体、探偵の仕事で父親がいないことが多いからだ。
 そう言うわけで、久しぶりに家族がそろい盛り上がっていた。
 特に、母---芽美が、ご機嫌でステッキを振りまわしいろいろなマジックを見せてくれる。
 雅貴も恋美も、母のマジックを一流のものと思っている。
 更に言えば、大貴はその昔そのマジックにかなりの手痛い思いをしてきたのだ。
「さて、このシルクハット、種も仕掛けもありません!」
 そう言って、シルクハットを持つ芽美。
「ワン・ツー・スリー!」
 そう言って、ステッキでシルクハットを叩く。
 すると、多くの鳩がシルクハットから出てくる。
 そして芽美は、シルクハットをかぶる。が、そのシルクハットがいきなり膨らむ。
「おや、もう一匹………。」
 そう言ってシルクハットをとる芽美。
「いたみたい。」
 芽美の頭の上には、シルクハットに入りそうもないかなりのデブ鳩が鎮座していた。
 そして、芽美はぱちんと指を鳴らす。それと同時に、鳩の姿は消える。
 その場の全員の拍手が鳴り響いた。
「すごい、すごーい!やっぱりママ、だーい好き!」
 恋美の称賛の声が響く。
 すると芽美。にこりと笑い、
「それじゃあ、あたしの後を継ぐ?」
 と尋ねる。それを聞いて大貴と雅貴、二人して
『とんでもない!!』
 と叫ぶ。
「セイント・テールを復活させるなよ!そんな事をしたら俺の胃に穴が空く!!」
 と大貴。
「俺の仕事を増やす気か!?」
 これは雅貴。
 その時----部屋の十二時のアラームが鳴った。
 一気に部屋の空気が緊迫したものに変わる。
 沈黙した空気。
 その静寂を破る音。
 キキキという音を立ててサッシの鍵がひとりでに開いていく。
 そして、開いた瞬間に先ほど芽美が出したものとは比べ物にならないほどの赤い鳩が乱入する。
「赤い鳩……!ルージュ・ピジョン!」
「きゃあ!」
 妹の叫び。雅貴は、鳩の大群の後ろに人影を見る。そして、その人影に一歩一歩近づいていく。

 近づいていく雅貴を見ながら、ルージュ・ピジョンはにこりと笑う。
 そして、スカートの下の釣竿を取り出す。
 指を唇に当てて口笛を鳴らし、鳩を外に出す。
 それと同時に、ルージュ・ピジョンは釣竿を降る。
 釣竿につけられた糸は、芽美の持っていたステッキに巻き付く。
 それを見て取ったルージュ・ピジョン。そのまま釣竿を引っ張り、ステッキを手元に持ってくる。
「あっ!」
 小さい芽美の悲鳴。
 ステッキを手に入れたルージュ・ピジョンは、にこっと笑う。
 その姿に、雅貴は叫んだ。
「ルージュ・ピジョン!」
 その言葉に、ルージュ・ピジョンは言う。
「あら、そんな他人行儀な。あたしのことは、ルージュって呼んで。」
「ふざけんな!」
「あら、めったに無いのよ。あたしが、自分のことをこう言うの。よほど、気に入った相手じゃないと
 呼ばせないのに。」
 そのルージュの言葉に、応えたのは雅貴ではない。
「じゃあ、尋ねるわ。ルージュ。あなたは何の為に盗みを働いてるの?」
 芽美だった。その言葉を聞き、ルージュ。
「どういう事?」
「あなたのその瞳の輝き。ただの腐りきった泥棒の瞳ではないわ。昔のあたしと同じ眼をしているもの。
 いえ、あなたの方が少しだけ何かに突き動かされている切迫したものを感じる。」
 その言葉に、鼓動が高まるルージュ。
(さすが、かつての怪盗ね。その瞳を見ただけであたしのことを見抜くとは……。)
 そう心の中で呟いて言う。
「確かにそうよ。あたしはある目的があって盗んでいるわ。でも、それを教える義理はない。知りたけ
 れば、自分で調べてみなさいよ。」
 そして、さらにうそぶく。
「盗みは、人間の犯罪芸術の中で最も多岐にわたる美を持っているもの。盗むもの、追うもの。互いの
 知性をかけたもっともスリリングなゲームだわ。」
 その言葉に、雅貴は叫ぶ。
「ふざけるな!どんな事があろうとも、君がやっていることは許されることじゃない!」
 ルージュは、その紅の瞳を真っ直ぐ、雅貴に向ける。
「ええ。分かってるわ。あたしは、善人ぶるつもりはない。自分のやっていることも分かっているつも
 り。ま、騒がせたところはちゃんとお詫びしてるわよ!じゃあね!」
 そう言って身を翻し、隣の家の屋根に逃げるルージュ。
「待てっ!ルージュ!」
 それを追う雅貴。
 そして、静寂が戻ってくる。
「あーあ。結局盗まれちゃった。」
 恋美の呟き。大貴は芽美をみて、にやりと笑う。それに気づき、芽美。
「あ、やっぱり分かった?」
「わからいでか。まったく。心臓に悪いぜ。」
 両親の謎の会話に疑問符を浮かべる恋美。
 その娘の姿を見て芽美は、にこやかに笑って自分の腕を振る。
「ワン・ツー・スリー!」
 そして少しの煙とともに現れるステッキ!
「え?え?え?」
 恋美の疑問に、両親は笑みを浮かべるだけだった。
 そして、両親は開け放しのサッシに向かう。
「どう思う?あの二人。」
 大貴の言葉に芽美はこう答えた。
「すごくいい娘だと思うわ。あの子。ただ、それを自分で知らないだけ。」
「雅貴は?」
「どうかしらね。あなたそっくりですもの。」
 二人は、夜空を見上げてかつての自分たちに良く似た二人のことを思っていた。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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