Report 5 少年探偵推参!!
『カルテット』
金沢氏所有の首飾り。
ルビーとダイヤ、オパール、エメラルドの四つの宝玉を仕込んでいる。
それぞれの宝玉は一級品であり、そのバランスは奇跡と言われるほどの美を保っている。
「なーるほど。殺傷レーザーとはなかなか気合入ってるわね。」
カルテットが保管されている部屋の通風孔出口でルージュ・ピジョンは呟いた。
「でも、久しぶりのボトル依頼だから、今回はいくら気合入れても返してあげられないのが難点ね。」
そう。彼女にとって、今回の盗みは大事なものをとられた人間からの泥棒請け負いの仕事。
失敗するわけには行かない代物だ。既に前金は入っている。
「いくら合法的に手に入れたものだからって、土足で踏み入れてはならない部分があるのよ。」
そう呟くピジョン・ルージュ。
依頼主は、連帯保証人に逃げられたある男の妻。
借金のかたにとられたのが『カルテット』である。
カルテットは、元々依頼主の家に代々受け継がれていたものだった。
戦後の食糧難や、戦前の徴収にも出さずにいた代物だったのである。
男は『カルテット』を取られて以来寝込み、今では勤めにも行けないほど憔悴しているそうだ。
「連帯保証人と金沢がぐるだったと言う証拠もつかんであるのよ。」
金沢は表向きは良心的な金融業である。
だが、世界的に有名な宝石コレクターで、宝石のことなら何でもしそうな男と業界でも有名だ。
「盗品買い受けはやらないから今までしっぽをつかめなかったけど、他にもありそうよね。」
ルージュ・ピジョンはそう呟くとじっとレーザー照射装置を見る。
「それでは……始めますか。」
通風孔の出口を開けて懐から何枚もの赤い鳩の羽根を取り出す。
それを、出口から一気に放り出す。
赤い羽根はゆっくりと下に降りていく。
レーザー照射装置のレーダーは対象物が一気に増えたことで一瞬の混乱をきたす。
それを見て取ったルージュ・ピジョンはさらに懐から鋭利な針のついた羽根を取り出し部屋の4隅にあ
るレーザー照射装置に投げつける。
正確には、装置のレーダー部分に投げつけたのだ。
4つの羽根がレーダーを打ち抜き、装置はその動きを止める。
ルージュ・ピジョンはスカートの下に仕込んだ釣り竿を取り出すと素早く一気に『カルテット』を釣
り上げる。
ルージュ・ピジョンの手に収まる『カルテット』。
「じゃあね。」
カードをカルテットのあった部分に落とし、引き返すルージュ・ピジョン。
「警視。あれ……。」
部下が部屋の中を指差す。
リナが部屋の中を見ると、無数の羽根がゆっくりと降下して『カルテット』があった場所にカードが
一枚落ちていた。
慌てて中に入るリナ。
「警視!危ない!」
叫ぶ部下を尻目に『カルテット』があった場所に急ぐリナ。
カードを見る。
『カルテット 確かに。 紅鳩(ルージュ・ピジョン)』
リナは、通信機に叫んだ。
「やられたわ!全員すぐに持ち場近辺を捜索なさい!」
ルージュ・ピジョンは入ってきた場所とは別の通風孔から外に出る。
もしも通風孔から入っていたことがばれたら、入った場所には必ず警官が張っているからだ。
だが、今回はそれが裏目に出た。
通風孔のふたを外して外に出る。その瞬間----、
「そこにいるのは誰だ!」
警官に見つかってしまった。
舌打ちして身を翻すルージュ・ピジョン。
目の前には、並んで立つ高くて太い木と、その向こうにある塀。
ルージュはそのまま木に向かって走り飛び上がる。
右の木に足をつけてそのまま左の木へ跳躍。
今度は左の木に足をつけて、右の木へ。
そして、塀を乗り越え外に出る。
警官は、通信機に向かって叫んだ。
「こちら、A-14-3です。ルージュ・ピジョンらしき人影を発見。やつは素早く塀を飛び越えた模様!」
ボンゴレ・スパゲッティをすすりながら雅貴は嫌にパトカーが多く走るのが気になっていた。
「本当に、何があったんだ?」
そう呟く雅貴に、恋美が答える。
「気にすること無いんじゃない?そりゃお兄ちゃんがそう言うの気になる質なのは分かるけど。」
「ちょっと見てくる。」
そう言って、フォークを置く雅貴。
「もう!」
出て行く兄を見ながら、恋美は叫んだ。
外に出た雅貴。
パトカーの音がする方向に走る。
しばらく行くと、屋根を動く人影を見る。
それと同時に、聞こえるパトカーの拡声器からの声。
「止まりなさい!ルージュ・ピジョン!逃げられないわ!」
(これ……リナおばさんの声じゃあないか!!それじゃ、あれが新聞の……。)
声を聞きながら心の中で呟く雅貴。
目の前にごみ箱のポリバケツを見る。
雅貴は、そのままポリバケツの上に登り、それを踏み台にして塀の上に登る。
そこから一気に民家の屋根に。そして、人影を追い始める。
パトカーからの声を聞き、ルージュ・ピジョンはクスリと笑う。
(パトカーくらいでしか追いかけてこれないくせに……。)
身軽に屋根から屋根へと飛び移るルージュ・ピジョン。
「さて、どこかで……。」
そう呟いた時だった。不意に後ろで気配を感じる。
「何?」
少し振り向くルージュ・ピジョン。
その紅瞳に映ったのは、自分を追う一人の少年の姿。
「うそっ!」
思わず叫ぶ。自分と同じようなことをしてまで追いかけてくる人間は、これまで会ったことが無かっ
た。
だから、それが信じられなかったのだ。
「待てっ!」
叫ぶ雅貴。彼の運動能力は自身の集中力が引き出す。
雅貴は心の中で呟く。
(何の理由があるのかは知らないが、怪盗なんて真似、そう簡単に見過ごせるか!)
その思いが雅貴の集中力を出していた。
前を走る怪盗らしき人物は、雅貴の再三の言葉にもかかわらず止まらない。
雅貴は、また同じ言葉を叫ぶ。
「いいかげんに止まれ!」
「止まれるわけないでしょ!」
ルージュ・ピジョンは、先ほどからの少年の警告を無視する。
しつこく追いかけてくる少年。ルージュ・ピジョンは、気づいていない。
初対面のその少年が追いかけてくることで沸き上がってくるスリル。
そのスリルを楽しんでいる自分に。
そして、それが自分が求めていたものに。
気づいていない。
だが、逃げていたルージュ・ピジョンの足が止まる。
「しまった……。」
ルージュ・ピジョンの目の前には、海が広がっていた。
今、立っているのは港の倉庫の上。
そして----。
振り向いたルージュ・ピジョンの前に少年----雅貴が降り立つ。
© Kiyama Syuhei 木山秀平
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