Report 4 トリックスター更なる挑戦


     『新たなる怪盗あらわる!再びブームとなるか!?』

 5月4日の聖華新聞の見出し。

「怪盗なんて。20と数年近くも前じゃあるまいし、また時代錯誤な。」
 呟く雅貴。午後4時。彼は家のキッチンでそれを見ていた。
 友人宅から家に帰ってみると誰もいない。分かっていたことである。
 恋美は学校のクラブ。これは6時くらいになる。
 両親は、友人・聖良の頼みで何らかの事件の調査に出ている。いつになるか分からない。
 そう言うわけで、今日の食事当番は雅貴である。
「めんどくせぇな。せめて買い物に行くようなことが無ければいいけど。」
 そう呟くと、新聞を食台の上に放り出して冷蔵庫を開ける。
 そして、ある事実に気づき愕然となった。
「冷蔵庫の中、何も無いじゃないか!」
 そう。冷蔵庫の中は、野菜数種と缶詰のみかんと卵とジュースと牛乳。
 後はドレッシングなどの調味料しかない。
「母さん………買い物し忘れたな?これじゃ、野菜炒めぐらいしかできないじゃないか!」

 結局、スーパーへ買い物に行くことになる雅貴。
 母がよく使う自前の買い物袋を持ち出し(この時代、スーパーで袋をもらう人間は少ない。)妹が
帰ってきた時の為にメモを残そうとする。
 だが、その時電話が鳴った。慌てて受話器を取る雅貴。
「はい、もしもし?飛鳥……もしくは羽丘ですが。」
 この時代、新民法によって男女別姓制度が認められている。別姓夫婦の子供たちは学童期、父親もし
くは母親の姓に統一されている。
 雅貴と恋美の場合、母親の姓に統一して戸籍登録されている。
 学童期を過ぎれば、自己意志によって父母どちらかの姓を名乗ることができる。
 今、雅貴は飛鳥の名前を名乗れるように手続きを行っているのだ。
 しかし、手続きに時間がかかる為にまだ雅貴の本名の姓は羽丘のまま。
 雅貴は重要書類以外では飛鳥を名乗っているが、学校や役所などでは羽丘をまだ名乗らねばならない。
 それに第一母親が羽丘だからこういう電話対応になるのだ。
 受話器の向こうから返事が来る。
「もしもし、雅貴君?」
 雅貴の知っている相手であった。
「あぁ、高宮警視。」
 そう。電話の相手はリナだったのだ。
「あいてるかしら。ちょっと手を……。」
 そう言うリナに、雅貴。
「プロとしての気概はどうしたんですか。」
 痛いところを疲れてリナはくちごもる。
 しかも、いつも部下に口癖のように言っている言葉である。
 リナは、受話器の向こうで気を取り直したように言う。
「あなた、SEPでしょう。」
「SEPは、表向きにはただの民間捜査ボランティア組織です。それに、SEPの元々の任務は学校内におけ
 る初期犯罪の芽の撲滅でしょう。」
 さらりと言ってのける雅貴。さらに続ける。
「それにこれから俺は食事を作らなきゃならないんです。それじゃ。」
 自分はともかく、妹を待たすわけには行かない。そして、電話を切る。
「さて、行くか。」
 雅貴は呟くとメモを書いて出ていった。

    『恋美へ。 ちょっと買い物に出てくるから。    雅貴』

「ちょっと!もしもし!雅貴君!」
 切れた携帯に怒鳴るリナ。
「まったく……。」
 リナは呟くと、携帯を切る。
「アスカは別の仕事をしてるし、他に頼れると言ったら……。」
 横にいる、部下を見る。警部補ではあるが、学校を出たばかりのキャリア出でまったく頼りない。
 顔は、いくらか最近真剣みを帯びているがそれでも頼りない少し緩んだ坊ちゃん顔。
 そして、リナは深い深いため息を吐いて叫ぶ。
「あれほどの手弛れに、こいつらだけじゃ、どうしようもないじゃない!」
 先日、見事に紅鳩にやられたショックで、リナのプライドは崩壊寸前であった。
 しかし、次の瞬間、思い直したように呟く。
「そうでもないか。あたしのできる限りの知力を尽くして迎え撃てば……。」
 そして熟考するリナ。次に顔を上げた時、彼女の顔には自身の笑みがあった。
「完璧だわ。このとおりにやれば……。いける!」
 リナは、懐から3日に来た予告状を取り出す。
 それには、こう書かれていた。

   『予告状

       明日、午後5時40分。
       金沢邸に首飾り「カルテット」をいただきに参上します。

                  怪盗 紅鳩(ルージュ・ピジョン)

       P.S. もう少し楽しませてね。             』

 雅貴はスーパーで適当に夕飯の材料をほうり込む。
 現在時刻、午後4時50分。
「今日は、いやにパトカーが走ってたな。」
 スパゲッティとボンゴレソースを買い物かごにほうり込みながら呟く雅貴。
 少々のスナック菓子を買ってレジに向かう。

 午後5時40分。
 金沢邸の庭を走る影。ルージュ・ピジョンである。
 ゆっくりと周囲を見回して警官のいない場所を走る。
 金沢邸の壁に近づき、腰をかがめて通風孔を見つけてその口を開き、体を中に入れる。
 通風孔の中はノーマークだった。体を進めて目的の部屋へ向かう。

「高宮警視。大丈夫でしょうか。『カルテット』の部屋には警官が配備されていないようですが。」
 屋敷の主、金沢氏が不安そうに尋ねてくる。
「大丈夫です。今回はカゲキに出てますから。」
 答えるリナ。
「いいですか?よくご覧ください。」
 リナはそう言うと、百円玉を一つ取り出す。
 そして無言で部屋の中に放り込む。
 そのとたん、部屋の4隅にあるレーザーが百円玉を攻撃する。次の瞬間、百円玉は跡形も無く消える。
 そして、得意そうに
「部屋の4隅に殺傷レーザーの照射装置を仕掛けてます。一撃程度では死にませんからご安心を。さすが
 のルージュ・ピジョンも生身の人間ですから、この仕掛けで無事に済むはずも無いです。」
 と言う。そして、
「さらに、窓も含め部屋の出口には警官を配備しています。ご安心を。」
 と続けた。
 金沢氏は安心して息をつく。
 リナは窓の外を見ながら呟いた。
「さあ、ピジョン・ルージュ。来れるものなら来てみなさい!」

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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