Report 3 トリックスターの降臨


 5月2日。9時20分。
 ルージュ・ピジョンは、真っ黒なブレザーとスカートの姿でゆっくりと高岡邸に近づいていく。
 ふと、足音が聞こえた。
 昨日あちこちに設置したLサイズポリバケツの中の一つに身を隠す。
 足音が近づく。
 そして、ルージュ・ピジョンの目の前を警官が通り過ぎる。
 ルージュ・ピジョンは、ゆっくりと警官に近づく。そして、首筋を叩く。
 力なく、声も上げずに警官は崩れ落ちる。
 ルージュ・ピジョンはクスリと笑うと呟いた。
「いい夢見てね。」
 そして、警官の制服を脱がし始める。
 ポリバケツから毛布を出すと、服を脱がせた警官に巻き付ける。そして、毛布を出したポリバケツの
中に警官を入れる。
 ルージュ・ピジョンは自分のブレザーから、先ほど警官より脱がせた制服に着替える。
 帽子を深くかぶり、含み綿を口に入れる。きちんと、さらしで胸を押さえて(必要無いかもしれない
が)から上着を着用する。
 今まで着ていたブレザーは、超ミニサイズポンプ付き簡易真空パックに入れてぺったんこにし、小さ
く折りたたみポケットに入れる。
 身長の足りない分は、足の下に円柱状の高下駄(もちろん便宜上そう言っているだけで実際は偽足に
近い。)を使って補う。
 そして、ルージュ・ピジョンは高岡邸の玄関に近づく。
 玄関にいる二人の警官に敬礼をする。
 警官たちは、それがルージュ・ピジョンの変装と気づかずに通してしまう。
 ルージュ・ピジョンは、舌を出して呟いた。
「ちょろいわね。」
 そして、ホワイト・カーバンクルのある部屋まで一直線。
 部屋の中央にホワイト・カーバンクルと背の高い女性が一緒にいる。
 どうやら、その女性が捜査責任者らしい。
 他の刑事が、彼女に話しかけるのを聞く。
「高宮警視、大丈夫でしょうか。」
 すると女性が答える。
「大丈夫よ!あなたがおびえてどうするの!」
 その声に、刑事はびくりと震える。そして言う。
「せめて、アスカJr.でもいてくれれば……。怪盗の専門家でしょう。」
 その言葉に、高宮警視は刑事を睨み付けて言う。
「彼の専門は、セイント・テールだけよ!あなたには、プロフェッショナルの気概が無いの!?」
 その言葉に、さらに縮み上がる刑事。
 ピジョン・ルージュは、高宮警視に近づいて敬礼する。
「見回り、終了です。今のところ以上はありません!」
 くぐもった声で叫ぶ。含み綿のせいである。
「ご苦労。」
 高宮警視が答える。
 9時30分。緊張感が高まる。
 ルージュ・ピジョンは、ゆっくりとあたりを見回す。
 窓が、部屋の左右に2つ。ホワイト・カーバンクルは中央。窓までの距離は、80センチ。
 ドアまでは1メートルである。
(なかなか逃げやすく逃げにくい部屋ね。)
 微妙なところなのだ。出口は3方向にかぎられているから。
 多ければ撹乱しやすいが、少ないとそれができない。
 少なければ逃げ道に迷うことが無いが、多いとそれが出る。
 そのバランスが微妙だ。
「けっこう切れる人だ。」
 ルージュ・ピジョンの呟き。それを聞きつけた警官が言う。
「ああ。すばらしい人だよ。昔はある怪盗を追っていた探偵の助手をしていたほどだ。それ以来、怪盗
 を名乗る相手に容赦をしたことが無い。」
「どうりで。」
 そう呟いて、ルージュ・ピジョンは心の中でせりふを続ける。
(もっとも、あたしの敵じゃないけど。ま、リズといい勝負ね。)
 そして----9時40分。ルージュ・ピジョンの仕掛けが働き、館中の電源が切れる。
「高宮警視!どうしましょう!」
「慌てないで!予備電源に切り替えなさい!」
 闇の中で声が響く。
 そして、ルージュ・ピジョンの声が響く。
「このとおり、ホワイト・カーバンクルは頂いていくわ!」
 いきなりドアにスポットライトが当たる。ドアから出て行く人影。しかし、それはルージュ・ピジョ
ンの仕掛けたダミー風船。
 しかし、高宮警視を始め警官たちは気づかずにそれを追っていく。
 ルージュ・ピジョンが化けた警官は、予備電源の点灯を待つ。
 そして、電源がつく。
 ホワイト・カーバンクルは、まだそこにあった。
 盗んでいなかったのだ。まだ。
 盗んでいないものを盗んだと言い、そしてダミーの姿を見せて撹乱する。
 ルージュ・ピジョンは、ゆっくりとホワイト・カーバンクルを手に取る。
「妙な仕掛けも無し。甘いわね。」
 そして、ホワイト・カーバンクルの代わりに赤い羽根を置く。赤く着色した鳩の羽根。
 ホワイト・カーバンクル。ルビーの性質を持ちながら、乳白色を持つ希少石。
「見事ね。ほんとに。」
 ルージュ・ピジョンは懐のポケットにそれを入れて呟くとそのまま窓の外から飛び降りる。
 そして茂みに隠れると、真空パックを開き膨らませ、ブレザーを取り出し着替える。
 茂みから飛び出して塀を越える。
 盗んだホワイト・カーバンクルを再び取り出す。そしてポケットから封筒を取り出し、ホワイト・
カーバンクルを入れると、封をする。
 そして近くのポストに投函。
 宛先は、先ほど盗んだ場所。高岡邸。
 そして、警官を寝かせてあるポリバケツに戻ると、警官の服をかけ、すぐ見つかるようにしてやり、
こう書いたメッセージカードを添える。

        『Thank you!     おかげで良い仕事ができました。
                                             ルージュ・ピジョン』

 紅羽の模様のカード。
 そして、機嫌良く自分の家へ帰っていく。

 翌日----捜査2課に、ある知らせが入った。
 高岡邸に、ホワイト・カーバンクルが返送されたのだ。
 しかも郵便で。盗んで、すぐポストに入れたことは明白である。
 中には、ホワイト・カーバンクルの他に「ご迷惑をかけてごめんなさい」と記されたカードと、迷惑
料として3万円が包んであった。
 その知らせを聞いた時、高宮警視は自分の電話の受話器を叩き付けた。
 その時に、こう叫んで。
「あたしたちは……最初から、ルージュ・ピジョンにからかわれてたの!?」
 誰も何も言わなかった。
 しかし、事実そのとおりであった。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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