Report 2 トリックスター胎動


 聖ポーリア学院礼拝堂。
 そこで、老人が一人祈りつづけていた。
 そこに入ってくるシスター、深森聖良。
 本来ならば見習いが礼拝堂の中にいるのだが、その見習いが居残りを命じられているので、その代わ
りに(暇だったのも手伝って)やって来たのだ。
「どうしました?」
 聖良は、見習い時代のように老人に声をかけた。
 老人は、聖良を見ると事情を話し始めた。
 アメリカのある人物に自分の絵を貸し出したこと。
 人物にほれて貸し出したせいで、借用書などの証明を取らなかったこと。
 そのせいで、絵を横取りされたこと。
 前にここに祈りに来て、見習いに相談したこと。
 そして----昨日絵が戻ってきたこと。
「まったく、夢のようです。本当に。」
 聖良はその老人の言葉を聞きながら、少し動揺した。
 状況が似ているのだ。二、三十年近くも前に同じようなことがあった。
 見習い時代の自分を思い出したのだ。
 あのころは、友人と二人で組んで良く似た事件(ケース)を影から解決していったものだ。
 友人が動き、自分は情報を集める。それを自分の下にいる見習いもやっているのか。
(どっちにしても……尋ねてみなければなりませんわね。)

 聖ポーリア学院、中等部2年倉見真美。
 彼女が、現在の見習いである。少し整った顔立ちにかなりのたれ目。
 シスター見習いなのでもちろんショートカット。
 雰囲気は、昔の聖良をほうふつとした感じがある。
 その彼女が居残りを終えて礼拝堂に来た時、先輩シスターの聖良が待ち構えていた。
「え……?」
 普段この時間にいるはずの無い場所に、そこにいる。それはいくらかのプレッシャーとなって真美に
襲い掛かる。
ふと、思い出せるだけの自分の行いを一瞬のうちに脳裏に描いた。
「真美さん。あなた……。」
 聖良の語り掛けに、真美は震え上がる。
 彼女は、聖良のように家の環境でシスターを希望しているわけではない。
 ただ、孤児だった彼女は小・中学と荒れていた。一年前犯罪に一歩踏み出しかけた彼女を救ったのが
聖良だった。
 その事がある。聖良にだけは、迷惑をかけたくない。
 ただ、昔の仲間が真美にちょっかいを出すことが少しだけあった。
 そのたびに真美は腕力を駆使してきた。
 もしかしたら、その時のやつらが今度は礼拝堂にちょっかいをかけたのか。
 そう思ったのだ。もしそうなら、死んでもその事に対して詫びを入れねばならない。
 それで青くなった。
「ひぁぁぁぁぁ!ごめんなさい!」
 土下座をする真美。
「あいつらには、きちんと落とし前を……!」
 そこまで叫ぶ真美に、聖良は、にこやかに答える。
「あなたの隠していることはともかく、今日は聞きたいことがあるのです。」
「は?昔の仲間がここにちょっかいを出してきたわけじゃ……。」
「あなたは、早とちりすることが良くあります。きちんと相手の話を聞いて、それから答えを導きなさ
 い。」
「では……。」
「ええ。別の話です。あなた、ここに来た迷える子羊たちの話を誰かに話しましたか?」
「それは……話してませんが……。」
 そう呟く真美の表情に陰りが見える。それを見て取る聖良。
 真美は、すぐ表情に出る為に誘導尋問の必要はない。
「話してないのですね。本当に。」
「は……はい……。」
「私の目を見ていえますね。」
「は……ごめんなさいぃぃぃぃ!」
 聖良の瞳を見た瞬間、真美はそう叫んだ。

「都市伝説?」
 聖良の叫び。それに同意する真美。
 そして、真美の呟きが始まる。
「ええ、インターネット内の都市伝説にあるんです。『迷ったものは、午前0時にその悩みをボトルにつ
 めよ。さすれば、救いの手が伸びる。』って。」
「ボトル?」
「電子メールです。不特定の相手に拾われることを目的とした。」
「特定の相手があるからこそのメールではないのですか?」
「ネット上を宛先なく流すことも可能なんです。」
「で、それを流したのですか?」
「はい。だって、悩みを聞いても、あたし何もできないじゃないですか。だからせめてと思って……。
 しばらくしたら差出人を伏せた内容で返事がきました。いくらかの電子マネーと一緒にボトルを
 流せって。」
 そう呟く真美を、聖良は抱きしめた。まるで自分を見ているように思えたのだ。 
 昔の自分もそうだった。迷えるものの悩みを聞いても自分では何もできない。それが歯がゆかった。
だから友人と組んで(というよりも無理矢理巻き込んで)非合法に自分が聞いてきた悩みを解決して
いったのだ。
「あ、あの……。」
 真美の呟き。それを聞きながら聖良は、思っていた。
(代行者がいるという事でしょうか?都市伝説を流し、子羊たちにメールを流させ、それを拾って解決す
 る代行者が。)

「ここ、悩みが少ないわね。」
 彼女は、呟いた。日本国内、特に彼女のいる聖華市では、まったく事件のメールボトルが捕まらない。
「ちょっと、遊ぶのもいいかもしれない。」
 彼女はそう言うと、立ち上がる。
「お金も結構あるし、ちょっとおちょくってあげましょうか。」
 そして、彼女はほんの少し意地の悪い笑みを浮かべる。
 スイス銀行にある彼女が稼いだ電子マネーは、普通の人間が一生に稼ぐだけの金がある。
 すべて、泥棒の請け負いで稼いだ金である。
 そして、現実には彼女には父親が残した遺産もある。
 彼女は、パソコンに向かう。自らの身分を確立する為に。
「中学生がいいかな。1年生。それから、住所はここでいいか。えーっと……。」

 聖華市警察、捜査第2課。
 高宮警視のもとにその封筒が届いたのは、5月1日のことだった。
 宛名はなく、ただ親展の文字が赤く記されてある。
 宛名は彼女の本名ではなく「捜査2課長殿」と言う、肩書きになっている。
 高宮警視がその手紙を開けると、中には一枚のカードがあった。

『予告状』

     5月2日 午後9時40分
       高岡家所有『ホワイト・カーバンクル(白紅玉)』を
       いただきに参ります。

                怪盗 紅鳩 -ルージュ・ピジョン-

     P.S. もしも警備の手を抜いたりしたら、気が変わっても返して
        あげない(はぁと)


© Kiyama Syuhei 木山秀平
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