Report 10 転章:ダブルあすかは止まらない!


 ルージュ・ピジョンの手のひらにあるステッキがいきなり消える。
「え!?」
 代わりに握られたのは一枚のカード。
 そのカードを見る。

      『まだまだ、甘いわね。返してもらうわ。      St.Tail』

「う……そ……。」
 呟くルージュ・ピジョン。
 その後ろから、叫び声がする。
「待てっ!ルージュ!」
 雅貴の叫び声だ。
 ルージュは慌ててその場を離れて別の屋根へと飛び移る。
「もーっ!いやっ!最低!何も盗ってないのに!」
 ショックで動きが鈍っているルージュ。
 雅貴は、そのまま飛び上がる。
 ルージュも、少し遅れて別の屋根に移ろうと飛び上がる。
 だが、遅かった。
 雅貴はそのままルージュのいた場所に着地し、素早く再び飛び上がる。
 ぎゅむにっ!
 ルージュをその両腕に背中からしっかり捕まえる雅貴。
 一瞬、二人の時間が止まる。
 ルージュの心拍鼓動が、今までに無いほど高鳴る。
(え……この感覚……。まさか……あたし……。)
 だが、その思考が一つの完結を見る前にある事実に気づく。
 すなわち。
(むにっ………?)
 雅貴の心が、その手のひらがとらえた感覚を不審に思い始める。
 ルージュの心も同じ事を考えている。
 そして、二人そろって一つの可能性にいたる。
 ルージュが、その視線を自分の胸に下ろす。
 そこには、自分の胸をしっかりとつかんでいる雅貴の手!再び時間が動き出す。
「い……」
 雅貴が、ジト汗を浮かべる。それと同時に、ルージュの金切り声が周囲に響いた。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!H!」
 夢中で後ろにいる雅貴にひじうちを食らわす。
「ぐっ!」
 雅貴の手が離れる。落ちそうになる雅貴。その襟首を片手でつかんでルージュは、
「ばか!」
 とさけぶと雅貴に往復ビンタをかます。
「ま、待て!はなっ…しを……!」
「ヘンタイーーーーーーーーーっ!」
 雅貴の言葉を聞かずに、ルージュは雅貴を投げ飛ばす!
「どわぁぁぁぁぁ!」
 どぼーん!!!!
 大きな音を上げて、川に飛び込む雅貴。
 川から顔を上げて上の道路を見上げると、そこにはルージュ・ピジョンの姿。
「最低!」
 ルージュは、そう叫ぶと身を翻して逃げようとする。
 だが、雅貴は大声を上げて彼女を呼び止める。
「待てっ!」
 ルージュは体を震わせて振り返る。
 雅貴のまっすぐな瞳に射抜かれ、体がすくむルージュ。
「誤解すんなよ!たまたまこうなっただけなんだからな!」
 雅貴の言葉に、ルージュは叫ぶ。
「言いたいことは、それだけ!?」
 雅貴は、それに叫び答えた。
「もう一つ!俺がおまえの専任捜査官だ!予告状を出すなら俺に出せ!必ず、必ず捕まえてやる!」
 それは、奇しくも以前彼の父親が母親に叫んだ台詞。まったく同じとは行かないが。
 ルージュは、その台詞を聞き、言う。
「たいした自信ね。ちょっとのまぐれで。いいわ!その勝負、乗った!」
 そして、ルージュは再びその身を翻す。
「じゃあね!」
 そして逃げていくルージュ・ピジョン。
 それを見送りながら、雅貴は手のひらを見て呟く。
「……ど……どうリアクションすりゃいいんだ……。ハックション!」
 いきなりのくしゃみに、鼻をすする雅貴。
「ちくしょう……。風邪を……ハックション!」

 雅貴が、高熱を出して学校を休んだ日。
 恋美は、もちろん学校がある。
 しばらく友人と話をしていたが、先生が入ってきて全員席に着く。
 そして、先生の後についてくる一人の少女。
 つややかな左側が長い黒髪。眼鏡をかけたダーク・ブラウンの瞳の少女。
 その少女は、教壇の横に立ち一礼すると、チョークを持って黒板に名前を書き出した。
 黒板に書かれた名前は----、

       『結城 明日香』

 明日香はゆっくりと生徒たちの方を向いてにこっと笑う。
「結城 明日香です。よろしくお願いします。」
 そして、再び頭を下げる。
 それを見て、先生。
「結城さんは、家庭の事情で両親より一足早くこの聖華市に来ている。いろいろと困ることもあるだろ
 う。みんな、仲良くしてやってくれ。それでは、席は、羽丘さんの隣だから。」
「はい。」
 明日香は、にこやかに笑うと恋美の隣の空いている席に着く。
 恋美は、にこやかに笑いかけて言う。
「よろしくね。」
 明日香も、笑いかける。
「ええ。」

 昼休みの女子トイレ。
 明日香は、眼鏡を外す。
 そして、自分の目にその指を触れる。
 次の瞬間、カラーコンタクトが落ち、彼女自身の本当の瞳があらわになる。
 そう。ルージュ・ピジョンの紅の瞳-----!
 明日香は、ポケットからコンタクト・ケースを取り出すとカラーコンタクトをその中に入れて、顔を
洗う。
 ぬれた顔を自分のハンカチで拭きながら、ため息を吐く。
 一人の少年のことを考えて。

「ただいまぁーっ!」
 元気よく恋美が家に戻ってくる。
「お邪魔します。」
 明日香も、家に入る。
 あれから明日香と意気投合した恋美は、彼女を家に招待したのだ。
 奥から、芽美が出てくる。
「あら、その娘は?」
 尋ねる芽美に答える恋美。
「今日、うちのクラスに転校してきた結城明日香ちゃん。」
「はじめまして。結城明日香です。」
 ぺこりと一礼する明日香。
「まぁ。ごていねいに。恋美の母です。」
 芽美もお辞儀する。
 その時、奥から大きなくしゃみが聞こえてくる。
「あれは?」
 尋ねる明日香。恋美が答える。
「お兄ちゃんよ。後で紹介するね。」

「は……はあぁぁぁぁぁっくしょん!」
 自室にて、またくしゃみをする雅貴。
「ちくしょう……。最低だぜ。」
 思わずぼやく。
「お兄ちゃん、入るよ。」
 恋美の声に、答える雅貴。
「おう。」
 ドアが開かれる。
 入ってきたのは、恋美ともう一人見覚えの無いダークブラウンの瞳の少女。
 恋美は、入ってくるなりそのもう一人の少女に雅貴を紹介する。
「明日香ちゃん。これがあたしのお兄ちゃん。雅貴って言うの。探偵気取りでね。いつもものすごい事
 件を解決してるのよ。」
「れっきとした探偵だといえよ。飛鳥雅貴です。よくアスカ3rdとも呼ばれてますけどね。よろしく。」
「あ、はい。よろしく。」
 雅貴の挨拶に、明日香が答える。
「で、きみは?」
 雅貴のもっともな質問に明日香は思った。
(昨日あったばっかりなのに、これであたしを捕まえられるのかしら。)
 そして、クスリと笑う。
「あの……なにか?」
 雅貴が尋ねる。それに慌てて明日香。
「いえ、何でもないんです。あたしは、結城明日香。恋美ちゃんのクラスメートです。」
「へぇ。同じ『アスカ』ですね。」
 そう言う雅貴に明日香は、
「ええ。そうですね。ところで、恋美ちゃんと名字が違うように思えるのですが。」
 と尋ねる。
「ああ、それは、うちが男女別姓家族だからですよ。羽丘でも良かったんですけどね。」
「なるほど。でも、それじゃ呼ぶ時に困るわ。それなら、あたしのことは名字で呼んでください。」
「名字?」
「結城です。」
「ゆうきちゃん?」
「ええ。」
「それじゃ、ゆうきちゃん。妹をこれからもよろしく。結構そそっかしいやつだから。」
「いいえ。こちらこそ。」
「ちょっと、お兄ちゃん、どういう意味かしら?」
 兄の言葉に、突っかかる恋美。
 雅貴は、必死に弁解しようとする。
 その様子を見て、くすくす笑う明日香。
 それに二人もつられて笑う。
 全員の笑い声を、部屋に差し込む5月の日差しが暖かく包んでいた。

FILE 7 THE END


© Kiyama Syuhei 木山秀平
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