Report 10 戦慄のバレンタイン終了!


 雅貴は、家の前で父親に出会った。
「よう。雅貴。」
 そういって雅貴に手を挙げる大貴。
「おう。親父。」
 雅貴も応ずる。
「今日、早いじゃないか。」
 そういう雅貴に大貴は、
「ああ。どういう訳か早く仕事が終わったんでな。まあ急ぐ用事も無いし。」
「ふぅん。」
 そして、二人して家の中に入る。
 家の中に入った二人を待ち構えていたのは、これほどかと言うほどのチョコレートのにおい。
「お兄ちゃんも、パパも遅いじゃない。あたし先に帰っちゃったよ。」
 妹の声が二人のいる玄関に飛ぶ。それにしばし遅れて、恋美と芽美が奥から出てくる。そして、
『お帰りなさい。』
 妹と母。二人同時に言う。
 兄と父はまったく同じにこやかな顔で答えた。
『ただいま。』

 透は、家に帰ってから自分の部屋に閉じこもり、一人チョコレートをかじっていた。
 両親はごく普通の凄腕サラリーマン。いつも帰りが遅い。
 両親は、決して透を甘やかすようなことはしない。何でも一人で自活できるように育てて来た。
 だから透は両親がいない時でも大体の事は一人でこなす。
 しかし、透はそんな毎日にさみしいものを感じる時もあった。
 思わず透はPHSを取り出す。
 そして、昼に聞いた番号をプッシュする。

    PLLLLLLLLL…………

 相手が出る。
「もしもし?」
「もしもし、遠藤です。」
「透さん!?」
「ええ。律子さんでしょ?」
「はい。でも……どうして?」
「ちょっと、声が聞きたくなって……。」
「………………。」
「どうしたの?」
 尋ねる透にPHSの向こうから返事が返ってくる。
「うれし。」
「え?」
「晶子のことがあったでしょ?ちょっとまいってたの。」
「そ……か。光一の……。」
 少し二人の雰囲気が暗くなる。
「あんないい子がどうして……。」
 律子の言葉に透。
「人間、どういう面が隠れているか分からないよ。僕も君も自分の知らない面や相手の知らない面が
 あるんだから。」
「でも……。」
「それとどう付き合っていくのかが人の生き方じゃないかな?」
「うん………。」
 二人の話は続く。
 まるで時も距離も、人なら誰でも持つ互いの違いも無いように。

「何のご用ですか?母上。」
 光一は母親に呼ばれて茶室にいる。
 そこでは、学生・光一の姿は一つも無い。そこにいるのは次期新興茶道田原流宗家、光一の姿だ。
 光一の母は、ゆっくりとしゃべる。
 それは有無を言わさずと言う感じの口調である。
「光一さん、あなたももうじき16です。そろそろ嫁となるものを定めなさい。」
 光一はゆっくりとため息をつく。そして言う。
「母上。今の法では結婚は男女双方20からのはずでは?」
「そのようなことは関係ありません。仮祝言を挙げるだけです。新興茶道とて、我が流派は由緒ある家。
 結婚は早いにこしたことはありません。」
 そういうと、光一の母は、すぐ横にある見合い写真の束を出す。
 光一は、ゆっくりとあとずさる。
 そして、脱兎のごとく逃げ出した。
「待ちなさい!光一さん!」
 光一はそれに答えずに自分の部屋に逃げ込む。
 あの事件のすぐ後にそんな話は勘弁してほしい。
 光一は実は今回の件で少し女性不信に陥っていたりする。

「警視。あとはこの書類にはんこを押してもらうだけですべて終了です。」
 松平警部補は高宮警視に書類を差し出す。
 高宮警視-----リナはその書類に自分のはんこをぽんと押す。
 そして、ゆっくりとため息をついた。
「雅貴君からの連絡で少し予定をオーバーしたけど、やっと終わったわね。」
 そのリナの言葉に慎太郎は元気よく答えた。
「はいっ!」
「元気ねー。松平警部補。」
 あきれたように言うリナ。
 そしてリナは自分のデスクを開けてはんこをしまうときれいにラッピングした箱を取り出す。
 そして、それを慎太郎に投げる。
 慌てて受け取る慎太郎。
「あの……警視………これは…………?」
 そういう慎太郎。だが、一目瞭然である。
 なにせ、リボンを留めてあるシールにはこう書かれてあるのだ。

  『St. Valentine's for you』

「誤解しないでよねっ!義理なんだから。あんたにしては最近よくがんばってるから……。」
 顔を少し赤らめながら言うリナ。
 慎太郎は敬礼して、
「はいっ!分かっております!警視!これからも、松平慎太郎、日々市民のために公共の平和のために尽く
 す所存であります!」
 と叫ぶ。
 リナは、そんな慎太郎にポツリと言う。
「それじゃ、これから一緒に呑みに行く?」
 しかし、その声は慎太郎に届かない。慎太郎は聞き返す。
「は?なんでありますか?」
 リナは少しため息をつき、返した。
「なんでもないわよっ!さっ!終わったらとっとと帰る!」
 その言葉に慎太郎。
「はいっ!わかりましたっ!」
 とばか正直に課長室から出て行く。
 リナは課長の椅子に深く腰をかけてため息をつくのだった。

「本来、バレンタインデーは聖バレンティーノの命日であって、愛の告白の日ではありませんの。」
 礼拝堂の中で、そんな実も蓋も無い話をしている一人のシスター。
 聖良である。
 聴講者は二人。
 佐渡と真美である。
 実は3人とも芽美にお呼ばれしていたのだが家族の邪魔をしてはという事で今年は辞退していたのだ。
(ちなみに、リナも呼ばれてたが仕事が忙しいと辞退した。)
「でも、いつの間にかチョコを送る日になってしまったのですね。」
 真美の言葉に聖良は頷く。
「しかもそれも日本だけだよなぁ。確か戦後に誰かが………。」
 佐渡の言葉。
 3人の話題は尽きない。
 この3人の間にも一つの絆があるのかもしれない。

 宴もたけなわとは、こういう状況を言うのだろうか。
 毎年、この日の母の料理は気合いが入っている。
 もっとも、毎年のバレンタイン。同じようなもので変わりはない。
 中央にある大きいチョコケーキが切り分けられ、それぞれの家族の前に運ばれる。
「はい、お兄ちゃん。」
 恋美の差し出した皿を受け取る雅貴。
「あぁ。すまない。恋美。」
 そういうと、さっそくケーキにありつく。
 晩御飯をデザートのグレープフルーツシャーベットまで食べ尽くした後、母と妹は父と兄にそれぞれ
チョコレートを差し出す。
『はい。いつもご苦労様。』
 声をそろえて言う二人。
 雅貴・大貴はそのチョコを少し照れながら受け取る。
「ありがとう。」
 これは雅貴。
「すまねぇな。」
 こちらは大貴。
 家族のパーティはまだまだ続く。
 今日も平和そのものである………と、雅貴は感じていた。

 数日後、雅貴・光一・透はクラス全員の前でこの日の暴言について平謝りをすることになるのだが、
それはそれでまた別の話。

FILE 6 THE END


© Kiyama Syuhei 木山秀平
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