Report 1 戦慄のバレンタイン前日!
節分・立春を過ぎたとはいえ、いまだに冬の寒さが身に染みる2月。
雅貴は昼休みの学校にておかしな空気を感じ取っていた。
とはいえ、事件などではない。
この日は、2月の13日。そう。翌日は全国の男性にとってはプライドをかけた勝負の日。
セント・バレンタインデーである。
とはいえ、雅貴の通う慶正学園中等部は花も咲かない男子校。女性などいるわけが無い。
それなのに、なぜ学友がそんなにおかしな空気を発しているのか。
雅貴には、とんと分からなかった。
思わず、近くにいる友人の田原光一(たはら こういち)に尋ねた。光一はかなりのすらっとしたハン
サムで、モデルと言っても十分通る顔立ちと体形である。
「みんな、何をピリピリしてんだ?」
すると光一。
「何寝ぼけてんだ?三代目。明日はバレンタインデーじゃないか。」
と、当然のように言う。『三代目』と言うのはアスカの三代目たる雅貴のあだなである。
雅貴はそれを聞いてますます首をかしげる。
「だから、それが分からないんだよ。うちは、花も咲かない男子校だぜ?」
「それはだな………。」
光一がにやりとして言いかけた時、また低い人影が入ってくる。
雅貴は、その人物を一目見て友人でクラス委員の遠藤 透(えんどう とおる)だと分かる。
彼は足に障害があり、車椅子に乗っているからだ。この慶正学園では、そのような生徒は珍しくはな
い。クラスに数人は必ずいる。
なんでも、初代理事長の方針は『来るものは拒まず』だそうで、どんな人間にも学問の門戸が開かれ
ている。もっとも、そんな学校はこの時代珍しくないのだが。
透は自分の車椅子を押して雅貴たちのほうへと近づく。
「何の話だ?」
透が尋ねてくる。雅貴は、
「いやな、なんでみんな異様な雰囲気なんだろうなと思って。」
と答える。それを聞いた透は笑いながら、
「三代目、お前、知らないのか?」
と言う。そして光一に振り向いて、
「光ちゃん、君は分かるよな。」
と言う。光一は、にやけ顔で頷く。
「なんだよ!教えろよー。」
雅貴は言うが、二人ともにやにや笑っている。
「お前らなぁ………。」
雅貴は、にやけたままの二人の態度がかんに障り、彼らをじっと見てから動く。
透の首に車椅子の後ろから腕を回し、そのままふざけで閉める。
「どうだっ!言うかっ!」
雅貴は叫ぶ。透は雅貴の腕を叩いて、
「ぐえっ!悪い悪い!俺が悪かったからこの腕をはずしてくれ!」
と叫ぶ。雅貴はあっさりと腕をはずす。
きちんとした気心の知れた友人同士だからこそのふざけあいである。
そうでなければただのいじめなのだが。
「実はな………。」
透がしゃべり出した時である。担任が入ってくる。
仕方なく話は中断。
続きは放課後へお預けとなった。
「女の子からチョコをもらえばノーマルの証!?」
叫ぶ雅貴。光一と透の二人はコクコクと頷く。
「もらわなかったらホモか何かか?人の好みにあれこれ言うつもりはないが、それはちょっと嫌だぞ。」
そう続ける雅貴に、光一は首を振って言う。
「そう言うわけじゃないんだがな。ま、明日のチョコって言うのは男の勲章みたいなものだろ?」
それを聞いた雅貴はため息をついて言う。
「ばかばかしい!」
その雅貴の言葉に透。
「お、三代目。厳しいお言葉。実はチョコもらった事無いな?」
現在、家への帰路についている3人。
雅貴も光一も透もすぐ近所の幼なじみである。
透の言葉に雅貴は言う。
「俺だって、チョコもらった事はあるぞ。」
その言葉に、透と光一。
『何いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』
「雅貴!お前いつの間に!」
「俺たちを裏切ったな!アスカ!」
二人して悲鳴を上げて涙を流しながら雅貴に詰め寄る。
興奮のあまりいつものあだなで呼んでいない。
「誰だ!教えろ!」
「一体どこのどいつだ!」
息もぴったりに雅貴に叫ぶ二人。
雅貴は汗ジトになりながら言う。
「母さんと妹だよ!」
その言葉を聞いて二人の動きがピタッと止まる。
そして透が言う。
「あぁ、恋美ちゃんとおばさんか。」
その後に光一。
「まぁ、この鈍感野郎にチョコ渡すっていったら家族ぐらいだよな。」
雅貴はその言葉を聞いて、少し怒気をはらんだ声で言う。
「お前ら、実はすごく失礼だな。それよりも、お前らはどうなんだよ。」
その雅貴の言葉に光一。
「俺はいいんだ。将来は思いっきりチョコをもらうんだから。」
「お前なら、たくさんもらえるんじゃないか?」
透の言葉に光一は答える。
「全くだ。でもな、俺みたいないい男になると家族以外の身近な女はみんな彼女がすでにいると思い
込んでなぁ………。」
その言葉には、哀愁のようなものが漂っている。光一だからこその台詞である。
他の男が言えば、嫌みにしか聞こえない。
「透はどうだ?」
尋ねる光一。
透もため息をついて、
「こんな俺でよかったらって感じかな。」
と呟き自分の動かない足を叩いて更に続ける。
「これと言って取り得もないし、光一みたいに顔も良くない。並程度だ。」
そしてため息をつく。
3人はそのままいつもの通りにそれぞれの家に帰っていった。
© Kiyama Syuhei 木山秀平
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