Report 6 怪人 ○十面相


「どうしたんですか、アスカ3rd!!」
 叫ぶ慎太郎。藍も不安そうな顔で笑い続ける雅貴を見ている。
 ひとしきり馬鹿笑いしていた雅貴は、笑い過ぎで出て来た涙を拭きながら言った。
「ごめん……俺のあまりの馬鹿さかげんにちょいとね。」
 そして息を整え、続ける。
「まったく……まだ十分なデータも無しに何か推理しようってのが間違いなんだって。」
 更に。雅貴はにこりと微笑を浮かべて藍に言う。
「いたずらでもなんでもいい。○十面相を名乗る者の情報を、とにかく集めよう。」
「え……。」
 いきなり話題を振られて呆然とする藍。
 それを無視して、雅貴は慎太郎と2課長の方を向く。
「松平さん、課長さん。すいませんが、人員を裂いて下さい。○十面相についてとにかく情報を集めますよ。
 範囲はこの街に限定していいでしょう。あの手紙の手がかりはただ1つ、消印しかない。なら、あの消印の
 範囲を超えて捜査することは逆に無意味です。あれは『挑戦状』です。その性質を考えるならば、彼は私を
 自分の近くに接近させたいはずですからね。あえて遠ざけようとはしませんよ。」
 その雅貴の言葉に慎太郎。
「本当にいいんですか?それで。」
 万が一にも相手がその裏をかいたなら……。言外にその不安を含めて雅貴に確認する。
 だが、雅貴。
 頷いて言う。
「○十面相は言っては何だけど、どれだけ行っても軽犯罪専門の怪人だと思うんだ。なぜか?それはE.D.O.に
 関する一件でも『大事なものを奪う』と言いながらも結局はロゴを壊して、その一部を持ちかえっただけだ
 と言う、その行為でも解るだろう。彼は自分に出来る限界以上のことをしないから。だからこそ成功する。
 それにこの『挑戦状』に関しても、単純すぎる。こう言うことをされると普通『何かとんでもない事をやる
 んじゃないだろうか』と大袈裟に考えてしまう。だけどね。これは、俺と同世代の人間のやっていることな
 んだ。それを踏まえた上でこの文章。丁寧なですます口調。でも……断言したっていいけど、彼はそう深い
 事は考えないタイプだと思う。文章がストレートすぎるだろ。そのくせ、肝心なことは言わない。この中に
 ヒントが隠されているわけでもない。彼はそれを意識してないよ。意識せずにこうしたことをやってのけて
 いるんだ。挑戦状の『隠された意味』はこちらで勝手に想像してしまう。挑戦状に何かを隠している……と
 思い込んでしまう。見事だよ。彼はもしかしたら、天性の『怪人』かもしれないね。課長さん。」
 そこで雅貴はぴらっと課長に○十面相の挑戦状を見せる。
「この文章に、何か隠されていると思いますか?そして……彼が何か深い意味を考えてこの文章を書いている
 と、そう思います?」
 課長は雅貴の示した文章を見て、きっぱりと断言した。
「それはないだろうな。この文章は……まだ何も解ってないガキの文章だ。」
 そこで雅貴はにこりと笑う。そして慎太郎に。
「……と、言うわけ。松平慎太郎警部補。彼は俺と同じで、そして同じようにあまり深く考えない質の人間だ
 よ。たぶん。だから、他ならぬ俺自身が冷静になれば、彼の動向はいくらかまではつかめる……。でもね、
 これもここまでだ。データがまだまだ足りない。集めなければならない。だけど、それには時間が無い。だ
 から出来るだけ範囲を絞らねばならない。今までのことを考え、そしてさっき言った通り。さ、これ以上議
 論している時間も惜しい。急いで情報を!!」
 雅貴の叫び。
 それから数分と経たずに、2課の捜査員の数人が街に散った。

「彼は自分の力以上のことをしない。だから、自ずと事件は小さい。彼は自分を高校生だと言っていた。」
 雅貴はそれだけ呟いて、ふっと顔に微笑を浮かべた。
「学校関係を当たってみた方がいいかもしれないな。やはり。」
 雅貴がそう呟いた時。時計の針は深夜の12時を過ぎた。
 そのまま何の手がかりも無いまま、ただ時間だけが過ぎていく……。

 目覚ましが鳴った。
 僕は慌てて枕元に手を伸ばして、それを止める。
 むくりと起き上がる。
 寝起きはよい方だ。時間は午前5時。
 …………。
 こんなに早起きしたのは、はじめてだね。
 いつもなら寝坊して、学校に遅刻する僕なのに。
 やはり『悪事』ともなると、気合いが入るもんなんだなぁ。
 着替えて、玄関からそっと外に出る。
 朝ご飯はいらない。そうお父様とお母様に言ってあるんだ。
 物置改造アジトを見てみると、部下1と部下2(ともに猫)がすやすやと眠っている。
 僕は部下たちを起こさないように、金庫を開ける。
 そこには、今までの戦利品が鎮座している。
 例えば、貯金箱。例えば、E.D.O.のエンブレムの1部分。
 僕はにっこりと微笑んだ。
 緊張するけど、彼----鳳飛には、絶対に解らない。
 学校にも予告状は出したが、そっちも意味は解らないだろう。
 なぜなら……。

 時間は少し戻って、真夜中の4時30分。
「何で、こんな大事なことを早く教えてくれなかったんですか!!」
 小柄なショートカットのメガネっ娘-----とある高校の生徒会長、深山和美が叫んだ。
 和美の目の前には、校長。
 校長は、冷や汗をかきながら弁解気味に呟いた。
「いや、しかし。この内容はあまりにもとっぴで……。」
「とっぴだの、何だのと言う問題ですか!!第一、こんな重要なことを隠すなんて……!!生徒の権利代行者とい
 う立場において、あまりにも我々を馬鹿にした行為としかいいようがありません!!」
「す、済まない……。」
 和美に頭を下げて謝る校長。
 和美は胸の前で、両腕を組んで言う。
「どうなさるおつもりです。警察に介入してもらいますか?」
 その言葉に、校長はまともに狼狽する。
「ま、まずいよ。警察は……。マスコミにも嗅ぎ付けられたら、我が校の名に傷が……。」
 和美は、ため息をついた。
「解りました。それでは校長、この件は生徒会にお預けいただけますね?」
 校長は深くため息をついた。
「仕方が無い。我が校において、こうしたトラブルに関して処理能力が長けているのは、良くも悪くも君たち
 だけなのだから。」
 その言葉に、和美はにっこりと笑って言った。
「ご信用いただけて、嬉しい限りですわ。校長。」
 和美は校長の机の上に置かれた手紙を取り上げる。
 手の中でそれをもてあそびながら。
 ゆっくりと呟いていた。
「この世で最もいとおしき方々へ……あなたがたの罪業、私が背負いましょう。つきましては、今月の地域美
 化活動をいただきに参上いたします。」
 それはこの手紙の内容文だ。
 そして、和美はゆっくりと差出人の名前を呟いた。
「怪人……○十面相……。」

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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