Report 10 教訓 ---- Gift of "○十面相"
雅貴は、パトカーの中でため息をついていた。
見事にしてやられた。
そんな気分だった。
雅貴はただただ、気落ちしてため息をついていた。
「飛鳥さん……そう気を落とさないで下さい。こんなの誰にも解りませんよ。」
「そうです。アスカ3rd。誰だって、解りませんって。」
藍と慎太郎の励まし。だが、それがかえって心に痛い。
雅貴は、またもや一つため息をついていた。
パトカーの中は暗い。
その暗さの70パーセントほどは、恐らく雅貴のせいに思えるのは……気のせいだろうか。
「20面相くん!!こんなところでなにやってるの!?」
そう。『20面相』とは学校での僕のあだ名だ。
小学校の頃の作文で「僕は大人になったら怪人20面相になります」と書いて、クラスでウケた。
それから、僕のあだ名は今までずっと『20面相』だ。
僕が振り向くと、そこには芳子ちゃんがいた。僕のG.F.だ。
芳子ちゃんの横には、彼女の幼なじみで生徒会長の和美ちゃんが。
そして『少女探偵団』のメンバーが3人ほど。
……しかし、まずい所を見られてしまった。
言うなれば、今の僕は『悪事』の真っ最中。それを目撃されることは、非常に都合が悪い。
……仕方が無い。前もって考えておいた言い訳を使おう。
計画(プラン)をBタイプに変更だ。
「いやぁ、電話があってねぇ。」
「電話??」
和美ちゃんが妙な顔をする。彼女のことだから、おそらく学校側に送った予告状を知っている。
僕は慎重に言葉を選ぶ。気取られては……ならない。
「そうなんだよ。この線路脇のゴミを1日で全部片付けたら3万円くれるって。」
3万円。手痛い出費だ。だが、悪事達成のためにはしょうがない。
「いいバイトでしょ?でも、重労働だから僕一人しか集まらなくってさ。」
そこで僕はにこりと微笑む。できるだけ無邪気を装って。
そして。
僕は屈んでいた身を起こし、背伸びして言う。
「でも、これじゃあ無理かなぁ……。実は今月、お金苦しいんだぁ……。」
すると、少女探偵団の3人が口々に叫んでくる。
「そう言うことでしたら、あたしたちにお任せを!!」
「あこがれの『20面相』先輩のお手伝いができるなんて感激ですぅ!!」
「及ばずながら、力をお貸しします!!」
そう言うやいなや、線路に飛び込んでくる3人。
BINGO!!!!
狙い通り、計画通りだ。
でも、嘘をついて僕の『企み』に荷担させてしまったことに少しだけ良心がちくりちくりと音を立てて痛ん
でくる。
そこへ、和美ちゃんが尋ねて来た。
「あのさ『20面相』くん。そのバイトの連絡先、解る?」
「うん、一応。でも、今いるかなぁ。今日は事務所休みだしさ。」
そこで僕はポケットから手帳を取り出して、1つの番号を示した。
実はこれ、今日だけのダミー用転送ダイヤル。僕の携帯にダイレクトに繋がるようになっている。
まぁ、数秒ほど普通の電話より繋がるのが遅いけど。
その携帯が返す返事は、今日だけは以下のようなものだ。
一方の転送ダイヤルは……今日だけの番号だし。完璧だね。
----はい、もしもし。こちら(株)オーリング清掃です。本日、予定清掃・バイト以外の業務は休みとなって
おります。清掃業務予約・バイト申し込み等の事務への用件は月曜から金曜の10時から19時までにご連
絡下さい。なお、アポイントメントなどの用件に関しては、以下にメッセージをどうぞ。折り返し、こ
ちらから連絡を入れさせていただきます。
そこで発信音が鳴る。
そして、和美ちゃん。
「どうも……そう怪しい所でもないようね……。」
「どうするの?」
尋ねてくる芳子ちゃんに、和美ちゃん。
「仕方ないわ。私たちも『20面相』くんを手伝いましょう。手伝いながら『○十面相』を捕まえるために張り
込みすることにしましょう。一石二鳥ね!!」
「わぁっ!!ありがとう!!」
僕はにこやかにお礼を言った。
でも、結局芳子ちゃんまで……。
止めたいけど、下手に止めて怪しまれたくない。そんな事になったら、えらいことだ。
特に和美ちゃん。彼女は『犯人』にはどこまでも容赦無いから……。(汗)
パトカーが線路脇に停まる。
すぐそこに、数人の高校生らしき人影が見えていた。
おそらく、あれが藍の言う所の『生徒会長』たちなのだろう。
藍がパトカーから下りて、彼女たちに近付いて様子・状態を尋ねる。
「感心ですねぇ、アスカ3rd。高校生のボランティア……ですか。」
その慎太郎の言葉に、雅貴は答えない。
(……見たことがある……?)
高校生たちの中の、唯一の男子。雅貴の視線は、彼に釘付けになる。
その間に、藍が戻ってくる。
「飛鳥さん。今の所は『○十面相』らしき人物は現れていないそうです。」
「信用できる?」
「はい。」
自信を持って言う藍。そんな彼女に雅貴はぽつりと。
「男が一人混ざってるね。」
「あ、あの人はね、うちの学校のアイドルなんです。あだ名は『20面相』って言って……。」
藍の言葉を聞きながら、雅貴はそれを組み立てていく。
そして、藍の説明は先程の『20面相』と『少女探偵団』のやり取りへと移っていく。
藍の言葉の途中で、雅貴は叫んだ。
「ストップ!!清掃会社のバイト?人数が少ない!?」
「はい。」
雅貴はじっと『20面相』を凝視する。
「その清掃会社、判る?」
「一応、電話番号は控えてます。留守電でしたけど。」
PHSを取り出して、藍から聞いた番号をプッシュする雅貴。
そして……。
(数秒のブランク……このメッセージ……。)
「この街に、オーリングなんて清掃会社は?」
その言葉に、藍は答える。
「大手ではありませんね。でも、ベンチャー企業とか、未認可企業とかもあるでしょう?そこまでは調べられ
ないですし。」
その言葉が決め手。パズルは繋がった。
「下見してやがったか……。」
「え?」
雅貴の呟きがよく聞き取れず、尋ねる藍。そんな彼女を無視して、慎太郎に言う。
「松平さん。出して下さい。」
「え?でも……。」
「○十面相は……。」
訝りの表情で不満そうに言う2人に、雅貴はきっぱりと言い放った。
「もう、必要ないんだ。もう、○十面相はここに『やっては』来ない。」
そして、パトカーは走り出す。
不思議そうな顔をする藍に、雅貴は言った。
「美作さん、最後に彼らがゴミをどこに捨てるかを聞いといてね。」
「でも、飛鳥さん。○十面相は……。」
雅貴は、ため息をついて断定する。
「こいつは、愉快犯だよ。やっぱり。俺たちが慌てふためく様をみて、楽しんでるのさ。何も起きやしない。
むしろ、こうして騒ぎ続けるのは、奴の思うつぼさ。もうやめだ。」
『20面相』は、集めたゴミを学校の校門前に置いた。
彼の狙い通り、線路沿いなどの地域清掃活動範囲は完璧にきれいになり、翌日町内会の方から『必要無い』
と学校側に断りの電話がかかってくることとなる。彼の『イベント潰し』は見事に成功した。
それと同時に高校内で怪文書が出回った。
題は『電話一本!!』と言うもの。
掲示人は『怪人 ○十面相』としてある。
それには『怪人○十面相』が『20面相』に電話して、見事に担ぎ上げて『イベント潰し』を行った顛末が記
されていた。そして、それと同時にこんなメッセージも。
『諸君らの仕事を横取りして申し訳ない。だが、この高校のボランティア活動は
確かにこの怪人○十面相が頂いた。 怪人 ○十面相 』
和美は見事にしてやられたことに悔しがり、一方で騙された『20面相』には『少女探偵団』メンバーたちか
らの同情が集まった。さらには『少女探偵団基金』なるものが設立され『20面相』にカンパしようという試み
さえなされようとしたが、本人の必死の「やめてくれ」との言葉に、基金は幻のものと消えた。
この快人物(!?)『怪人 ○十面相』は、この事件の後、学校の7不思議の一つとして末永く息づいていくの
である……。
さて、そんな事のあった前夜。つまり、ゴミ拾いの日曜日の夜。
怪人○十面相こと『20面相』は自らの学校に忍び込む。
この学校は校門だけは開放されている。
そして、学校の要所要所にびらを貼っていく。
別に掲示板である必要はない。この学校の生徒が必ず通る所に貼ればいい。
全てのびらを貼り終えて、校門から出る○十面相。
その時。
懐中電灯の光が彼を照らす!!
そして、一人の少年の声が。誰もいない学校のしじまの中で朗々と響き渡った。
「待ってたよ。『怪人 ○十面相』くん。」
僕を照らす光!!
思わず額に手を添えて、相手に叫ぶ。
「誰だ!!君は!!」
信じられない。信じられるはずが無い。
僕の計画は完璧だったはずだ。誰も僕が○十面相だなんて、判るはずが無い!!
だが、そんな僕の思いを笑い飛ばすかのように、目の前の少年--目が、少し慣れた。見た感じ中学生だ。--
は、微笑みさえ浮かべて言った。
「忘れたのかい?わざわざ君にご招待いただいた者さ。そう。オフラインじゃはじめてだね。」
その言葉。
その言葉。ああ!!ああ!!!まさか!!!!!!
まさか、もしや!!!!!!
僕のその思いを裏付けるように。彼は名乗った。
「はじめまして。俺が『鳳飛』だよ。本名・飛鳥雅貴。人呼んで、アスカ3rd!!」
雅貴は、ゆっくりと目の前の自分よりも年上の少年に近付く。
少年は、逃げようとしない。また、逃げるつもりも無いはずだ。
だが、少年は緊張した面持ちでポツリと呟いた。
「僕を……捕まえに来たのか??」
雅貴は微笑を更に強めて言った。
「まさか。何もやっていない人間を、捕まえることはできないよ。」
少年は呆然とした顔を浮かべる。それを楽しむように、雅貴。
「一瞬、僕も負けを覚悟したけどね。この勝負。」
一方で、少年も思考停止状態から抜け出て雅貴に語りかけた。
「どうして、解ったんだい?」
雅貴はにこりと笑って言った。
「株式会社なんて名乗るのはやめた方がいいよ。株式会社は例外なく国家の方に登録されるからね。株式会社
と言うのは『営利法人』の一種だよ。習ってるでしょ?もちろん、それだけじゃない。留守電の言葉は会社
言葉じゃないし、君自身の特徴が前に出てる。そして、女の子の集団の中の男の子一人じゃ、いくらなんで
も目立ちすぎる。」
その雅貴の言葉に少年----○十面相は、感心したように言った。
「なるほど。さすがは探偵志望。君と知恵比べできた事、誇りに思うよ。」
「お褒めに預かり、光栄ですね。」
雅貴もにこやかに言う。そして、続ける。
「実際……あなたのその鮮やかさには脱帽です。あなたを逮捕しようと思ってもできませんね。実際的な問題
として無理でしょう。なにせ……器物破損くらいですからね。どれだけ重くても。」
「君の冷静さと分析力、一度負けを認めながらも諦めない不屈の闘志には負けるさ。」
そして2人。互いに見つめ合って、爆笑する。
2人の間に、友情が産まれた瞬間だった。互いに優れたもの同士の共感(シンパシー)による友情が。
そして2人は互いに別れた。
相手が解ったからだ。そして互いに相手が自分にとって無害であることも。
雅貴には、最初から○十面相をどうこうしようという思いは……無かったのかもしれない。
一方の○十面相も『自分の力試し』をしたかっただけ。これ以上彼に突っかかる気も無い。
そんなことをすれば、互いに傷つくことにしかならない。無益だ。
そして、互いの至らぬ所は見出せた。後に残るは、固い友情のみ--------。
これ以上、2人が何をしようと言うのだろうか。
それが、この事件の全ての顛末である。
雅貴は、封筒の中の手紙を読んでいた。
『最近、特に君の名をよく聞くよ。あのルージュ・ピジョン相手に奮闘してるようだね。
だが、名探偵アスカ3rdと正面きって渡り合った最初の怪人はこの僕だ。それ以前は、
爆弾魔だのなんだのと、それらしくないのばっかりだからね。そう思うと、少し誇ら
しい気分がするよ。
なにか、僕にできることがあったら協力もしよう。
元気そうで、安心しているよ。これからも頑張ってくれ。
怪人 ○十面相 』
雅貴は苦笑しながら呟いていた。
「まぁ、彼との勝負が無かったら、ルージュと十分に渡り合えている今の俺は無かったろうなぁ……」
そう。
今、雅貴がアスカ3rdとしてルージュと渡り合えるのも、彼---○十面相の存在があればこそ。
彼が胸を貸したからこそ、雅貴も自分の弱点を見据えることが出来たのだ。
その事に思いを馳せていた時。
雅貴のPHSが鳴り響く。
PHSに耳を当てる雅貴。
「はぁい。」
聞こえて来たのは、耳慣れた声だった。ただ、少しだけ声色を変えている様にも思える。
当然かもしれない。
そう。相手は……。
「ルージュちゃんからの告白タイムだよん。アスカ3rd。」
そう。ルージュだ。
雅貴は少し顔を赤らめてPHSに叫ぶ。
「ふざけんじゃないっ!!」
「あはっ。今日はね、木下邸から『賢者の杖』を頂くわね。遊んでくれなきゃ、怒るわよ。」
雅貴は爽やかな笑みを浮かべると、こう言った。
「遊ぶだと!?冗談じゃない!!今度こそとっ捕まえてやるぜ!!」
そして。
また、いつもと変わらぬおいかけっこ------。
FILE 6 THE END
© Kiyama Syuhei 木山秀平
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