Report 1 2人の少年は出会った


 雅貴が高校から家に帰ってくると、ポストに1通の手紙が入っていた。
 葉書ではなく、封筒である。
 消印を見てみる。それは、雅貴がよく知っている街からのもの。
 そして裏返す。
 思わず吹き出してしまった。
 毎度の如くに『あいつ』のペンネームが書かれている。
 いや、ビジネスネームか?
 ……クライムネームと言うなら、そうなのかもしれないが。
 だが、あいつのやらかすのはせいぜい軽犯罪くらいでしかない。
 雅貴は思わず呟いていた。
「だいたい、いたずら専門の『怪人』がどこにいるよ。」
 『あいつ』が聞いてたらきっとこう言うだろう。
『いたずらとは失敬な。これでも本気で悪事に取り組んでんだぞ。』
 と。
 だが、雅貴に言わせれば「いたずら」は「いたずら」でしかない。
 彼の言う所の「悪事」である「いたずら」で困る人間は誰も出てこないのだ。
 ……警察とかも巻き込むことはないし。
 その部分でルージュとは少し違うかもしれない。
 少なくとも、ルージュは警察をからかい、悪人な皆様を困らせているわけなのだから。
 雅貴は、そう考えるとクスリと笑った。
 彼と知り合ったのは、某ホームページでのメールコーナー。
 彼はこう書いていた。
『怪人を目指している高校生です。だれか僕と本気で戦ってくれる探偵さんを募集してます。』
 その記事を見た時、雅貴はまだ中学生。
 雅貴は冗談半分に返事を出してみた。
『探偵を目指している中学生です。怪人なんておやめなさい。もっと明るい未来もあるでしょう。』
 と。
 探偵を目指しているのは本気だし、怪人なんて冗談じゃないと思っているのも事実。
 だが、メールの彼が本気とはその時は思っていなかったのだ。
 雅貴は、それが発端となって起こった数ヶ月前の事件を思い出していた。
 それは、まだルージュが来る前の話。
 ルージュを雅貴の『ライバル』とするならば、たぶん彼は『友人』と言ってもいいだろう。
 雅貴は苦笑して、そのビジネスネームを読み上げた。
「『怪人 ○十面相』か……。」



 僕は自分の学校でメールをチェックしていた。
 身元は割れないウェブ上で配信されるメールだ。
 やはり怪人を自任するならネットの匿名性を十分に活かさねばなるまい。
 なんとなく学校の方針で授業カリキュラムに組み込まれているインターネット。
 少しだけ、休み時間や放課後に趣味のページを見てみたりする。
 もっとも僕には彼女がいるから、彼女の部活や私的な活動を待つ時の暇つぶしと言う意味もある。
 僕とネットの関係なんてそんなものだったのだ。
 そうだった。
 『彼』に出会うまでは。

 飛鳥雅貴。中学3年生。
 現在、必死になって受験勉強をしている。
 たとえ将来探偵を希望しているとはいえ-----いや、だからこそより深い深淵たる知識が必要だ。
 そう。中2の夏休みに知り合ったどこぞの岡山の同人作家のセンセの言葉を借りれば。
 『探偵と福祉援助者は常に学際的であれ』だ。
 『学際』とは『広い(全ての関係)分野における学問知識』のこと。
 なんでも、岡山のセンセが師事した大学時代の教授の造語なのだそうだ。
 だから、探偵になるためにはどうしても進学してたくさんの勉強をせねばならない。
 雅貴の父だって、高校時代に広い見聞を深めるためにイギリスに留学してたのだから。
 少なくとも、雅貴はそう考えている。
 ただ、家が探偵と言う自営業であり、妹が私立に通う以上、自分もいつまでも私立に通って家計に高度な負
担をかけさせるわけにも行かない。
 雅貴の第1志望は、県立高校。ただ、この公立高校、結構な進学校ではあるが。
 一応模試判定はBとなっている。
 合格ラインギリギリだ。まぁ、ラインより上の妥当な部分と出てるだけましではあるが。
 先程から雅貴は、ずっと自室の机の上で参考書とにらめっこしている。
 だが、雅貴は一旦シャーペンを置いた。そして椅子の上で伸びをする。
「疲れた……。」
 そう言って雅貴は、ため息をつきパソコンの電源をつけた。
 メーラーを立ち上げて電子メールのチェックをする。
「新着メール……一件……。」
 その1件が問題だったのだ。
 差出人は『フェイク』となっている。
 推理小説で犯人の用意する囮のトリック。
 また、宝捜しなどで財宝を隠す者が用意する囮の手がかり。
 それを『フェイク』と呼ぶ。また『ミスディレクション』とも言われている。
 それが『彼』のハンドル・ネームだ。

 僕がそのハンドル・ネームを選んだのに特に意味はない。
 ただ「それらしいかな」と思ったんだ。
 だって、怪人には怪人らしいハンドルじゃないとね。
 え?怪人としての名前をそのまま使わないのかって?
 だって、僕の怪人名には記号がつくんだよ?
 文字化けしたら嫌じゃないか。
 だから、別のハンドルが必要なのさ。
 ただでさえ、ネットに繋げる時間は少ないし。
 短いのがいいな。
 で、ありきたりだけど印象的なもの。
 僕の分身。僕のネット上の代理人。
 それが『フェイク』だ。
 僕は『フェイク』でちょっとしたいたずらを考えてみた。
 最近、いろんな『悪事』やってるけど、いまいち手応えが少ない。
 探偵を募集してみよう。
 対決してみれば、僕の腕もわかるかもしれない。
 そうだ。
 『フェイク』でライバルを募集してみようかな。

 それはやって来た。
 『フェイク』からのメール。
 ただ1行だけ書いてあった。
 『君の住所を教えてくれ。予告状をお送りしよう。』
 雅貴はそれを見て、苦笑した。
「本気でやるつもりかよ……。」

 メールはたくさん来た。
 でも、いまいちだ。
 ちょうどよさそうな相手はいない。
 なんか、プロっぽいのまである。
 反応としては上々かな。
 でも、悪いんだけどプロの人は遠慮しとこう。
 だって、本当に捕まって罪にでも問われたら……。
 捕まらない自信はあるけど、何しろこっちはひよっこだ。
 それに、大事になったら何だかヤじゃない。弱気だけど……やっぱちょっと恐いし。
 で、だ。
 僕の目はそのメールにくぎ付けになった。
 どうやら、僕が怪人に憧れるのと同じように、彼は探偵に憧れているらしい。
 ちょうどいい。
 中学生と言うのも気に入った。
 僕は満足そうに笑う。
 探偵志望と怪人志望の一騎打ちだ。
 僕は自分のかばんからノートを取り出す。
 そこには、僕が考えた『悪事』が目白押し。
 よし。
 これにしよう。
 僕は笑った。
 君の腕を試してあげるよ。ハンドルネーム・フォウフェイくん。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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