Report 9 第7楽章:未完成『しっぽ』


 目の前の怪盗を前に、雅貴はえいえいと話をしていく。
 両親から昔聞いた話を。ある怪盗と少年の話を。
 それは、そのままコピーが知りたかった、そして知りたくなかった話。
 コピーは、その存在を否定された。
 やりきれない思いが、コピーを突き動かす。
 自分は必要とされていない。その悲しみが。
 コピーが前に出る。目の前の存在。オリジナルの息子。雅貴に向かって。
 それが雅貴のねらいと知らずに。

 雅貴に向かってくるコピー。
 雅貴は、そのままコピーを待つ。
 一瞬の交錯!
 そして-----。
 雅貴は呟いた。
「ごめんね……………。」
 コピーの体から火花が散る。煙が吹く。
 コピーは呟く。
「彼は…Jr.は……オリジナルと幸せだったのね………。あなたの瞳……光が似てる……。」
 コピーは、その機能を停止する。コピーの瞳から、涙が一筋流れ落ちた。
 雅貴は、その目をつむってかぶりを振る。母の、父への想いの源を見たような気がしたのだ。
 そして呟いた。
「例のファイルから、コピーの弱点を調べたんだ。これでShow Time is Dead………」
 しかし、妹の悲鳴が雅貴の耳に聞こえる。
 雅貴は舌打ちして呟いた。
「しまった!ダミー!恋美の力量を測り損ねてたのか!」

「優れた運動神経だけでは私には勝てないわ!」
 恋美の腕をねじり上げるコピー。
「うっ!」
 悔しそうに顔を歪める恋美。
「待てっ!」
 そこに飛び込む雅貴。恋美はそれを見て叫ぶ。
「お兄ちゃん!」
 雅貴の瞳に飛び込む恋美の苦しそうな顔。
「妹を、恋美を離せ!」
 雅貴の叫びにもう一つのコピーは言う。
「最初のコピーはともかく、あたしはそうは行かない。なぜなら、あたしはあなたたちの母親の思考は
 コピーされてないから。」
「何だと!」
 叫ぶ雅貴。そこにコピーは言う。
「あたしにコピーされた思考はまったくの別人よ。あなたの母親の技能に、あの方の思考。完璧な怪盗
 よ。あたしは。あの方は、私の意味をきちんと理解してくれているし。」
 雅貴は唇をかむ。思考が別人なら、雅貴がさっき使った作戦は意味を成さないかもしれない。いや、
彼女の思考上のマスターが彼女を認めている以上は先ほどの心理作戦は無理だ。
 雅貴は、悔しさに顔を歪める。

 機能を停止したコピーの中で。
 一つの意識が頭をもたげる。
「守って…………。」

 不良集団を振り切り、黒スーツが消えた地下へと急ぐ大貴とリナ。
 だが、その前に立ちはだかる不良グループのリーダーが一人。
 サブと呼ばれたその男は、木刀を構える。
「ここから先は通さねぇ!兄貴には、大恩があるんだ!」
 大貴は、顔をしかめて前に出ようとする。だが、その彼をリナが押しとどめた。
 リナは、息を整え構えを取る。そして、大貴に向かって言う。
「先に行きなさい。アスカ。」
 それを聞いて、大貴は叫ぶ。
「冗談じゃない!これはもともと俺たち家族の………!」
 その言葉を聞きながらリナは呟く。
「芽美が待ってるわ。さっさと行きなさい。市民を守るのは、警官の義務よ。」
 大貴はそれを聞いて目を見開き、何かを悟ったように前に進む。
「待ちやがれ!」
 大貴に木刀が迫る。が、リナは一瞬のうちにサブに近寄り、木刀を叩き落とす。
 そして静かに言った。
「何を勘違いしてんの。あんたの相手は、あたしよ。」

 大貴は、一直線に芽美が監禁されている部屋へと突っ込む。
 彼の勘が芽美はそこだと言っていたのだ。
 ずっと彼女を追っていた大貴だ。その手の勘は鋭い。
 大きな音を立ててドアを開く大貴。そこには、黒スーツの男達が芽美の入っているカプセルを外に出
そうとしていた。
「てめぇらぁぁぁぁぁ!」
 大貴は叫ぶと中にいる黒スーツの男達を一気にのしてしまう。そしてカプセルにへばりつく。
 果たして、そこには芽美がいた。大貴の勘が見事に当たった事が証明されたのだ。
「芽美!起きろ!」
 カプセルを叩く大貴。その時、カプセルの横のボタンに気づく。
「これか!」
 カプセルのボタンを必死に操作する大貴。その時、偶然に大きなボタンを押す。
 カプセルのシェルターが消えて上下肢を固定されベッドに横たわる芽美が現れる。
 大貴は懐から携帯電話を出し、いまだ煙を噴くベッドの上の芽美の戒めを叩き壊す。
 低温でもろくなっていた戒めは、もろくもあっさり崩れ去る。
 大貴は芽美を抱き起こし、叫ぶ。
「芽美!芽美!しっかりしろ!」
 大貴の叫びに、芽美は返事をしない。その体は依然冷たいまま。
 大貴は、その冷たい体をゆっくりと抱きしめた。
 彼の頬を、自身の涙が濡らす。自分への不甲斐ない想いが、その涙を流させていた。
「芽美………すまない…………俺がもっと……。」
 あとは、言葉にならない。
 大貴は、妻の唇にそっと触れる。
 そして、大貴はその唇に自分の唇を重ねた。
 その時--------!大貴は感じた。
 芽美の体に体温が戻ってきている事を。
 芽美は、自分を抱きしめている大貴の体を抱きしめ返す。
 大貴は唇を離し芽美の顔を見る。
 その瞳は、しっかりと自分を見ている。
 芽美は、弱々しい声で呟く。
「あなた……ごめんなさい……全部聞こえてたけど……体が……。」
 大貴は、その言葉を聞き流しながらきょとんとした顔で芽美を見る。
 ほっとして、自然と顔がほころぶのが分かる。
 大貴は、芽美をしっかりと抱きしめた。そして呟く。
「よかった………。ほんとに………。ほんとに、嬉しくて死にそーだ……。」
 涙は流れっぱなしだった。だが、この涙は先ほどの涙とは違う。
 嬉し涙だ。
 気がつけば、芽美も泣いていた。
 二人で、嬉し涙を流していた。
 だが、その感激も長くは続かない。
「感動の対面はそこまでにしてもらいましょうか。」
 大貴はその言葉に振り向く。
 そこには、黒スーツの男----ライムがいた。
 ライムの手には、ピストルが握られている。
「お前か。こんな事をしやがったのは。」
 大貴が言う。ライムは平然とした顔で、
「そうですよ。全ては我が組織『ハーブ』の、そしてプロフェッサーのため。」
「プロフェッサー!?」
 大貴の呟き。
 ライムは、ピストルの銃口を少し前に出し言う。
「あなたがた、死に行くものには関係の無い事です。」
 そして-------銃声が鳴った。

 機能を停止していたダミーの頭の中で声が響く。
「守るの………愛する人たちのいるここを……。どうか………。」
 ダミーの機能が回復する。
 そして、ダミーはゆっくりと動き出す。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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