Report 8 第6楽章:絆の選択を


 そして翌日。大貴は退院した。
 ただし、経過を見ての仮退院である。一日だけの。
 それだけの無理を言うほどに大貴はもうじっとしていられなかったのである。
「親父………大丈夫かよ。」
 雅貴が呟く。大貴は頷いて叫んだ。
「当たり前だ!俺は絶対に芽美を取り戻さなきゃならないんだ!」
 その様子を見て、雅貴はため息を吐いてかぶりを振った。
 そして、言う。
「こんなものが来たぜ。」
 雅貴はポケットから紙を出してぴらぴらと振る。
「ダミーからの予告状。親父がそっち行くなら、これはこっちに任せてくれるか?」
「うっ!」
 一瞬、動揺する大貴。だが、次の瞬間に大貴は頷いていた。そして言う。
「オリジナルを捕まえれば、ダミーを再び作られる事もなくなる!」
 その言葉を聞いて、雅貴は満面の笑みを浮かべる。
 病院前に来たパトカーに乗り込む大貴。
 雅貴は、言う。
「がんばってくれよ!親父!一家の絆がかかってんだ!」
 大貴はパトカーの窓から応えた。
「言われなくたってな、きちんと分かってるさ。」

 病院前から、パトカーが走り去る。
「お兄ちゃん、本当にいいの?」
 恋美が聞いてくる。
 雅貴は、その言葉に不思議そうに言う。
「何が?」
「だって、お兄ちゃん言ってたじゃない。『ダミーの性質にはコピーの欠落があるが、技術は完璧なコ
 ピーだ。しかもコンピューターに裏打ちされている。親父ならともかく、俺じゃ正面きって勝てる相
 手じゃない。』って!」
「ああ、それか。」
 雅貴のいくらか力の抜けた言葉に恋美は更に激昂する。
「負けるつもり!?偽者に!どうしてパパに助っ人を頼まなかったの!?」
 その言葉を聞いて、雅貴はため息を吐いて言う。
「いいか、前は母さんが親父を迎えに行ったんだ。今度は、親父が母さんを迎えに行く番だと思わない
 か?それに、おれたちは口出しできない。もちろん手助けも。」
 そして、さらに続ける。
「おれたちにできるのは親父の露払いさ。そして、聖華市に、俺たち家族に平和を取り戻す事。
 分かるな。」
 そこまで聞いて、恋美は頷く。そして言う。
「そうね。フェイクのしっぽなんて、あたし達の敵じゃないもの!」
 雅貴は、その様子を見てため息を吐いて呟く。
「気負うなよ。気楽にいけよ。さもないと、相手の技術にのまれるぞ!」
 そして雅貴は更に言う。
「気楽に、そして神経を張り詰めるんだ。いいな。」

 雅貴の持つ予告状。そこには、こう書かれていた。

  『予告状 今夜、ミツルギ・コーポレーション聖華支社にD-FILEデータを頂きに参ります
                                        St.Tail』

 闇の中。プロフェッサーは呟く。
「今夜、全てのデータが揃う。これらのデータでしばらくは金になる。だが、最もすばらしいのはこの
 私の芸術がこの聖華市に花開く事。後、数ヶ月でテールズ・レクイエムは最終局面を迎えるだろう。」

 午後7時。海岸通り修道院前。リナがその手を前に振る。
 周囲の包囲が完了した。
 そして、大貴は包囲の先頭に立ち呟く。
「待ってろよ………。」

 同時刻。ミツルギ・コーポレーションにて、松平が雅貴に報告を入れる。
「包囲、完了です。」
 雅貴は、PHSから聞こえてくる松平の声に言う。
「ありがとう。」
 そして、横にいる恋美に無言で頷く。
 恋美は、同じく無言で頷き返した。

 リナは、修道院のドアをとんとんと叩く。
 中から、15歳ほどの茶髪メッシュの少年が顔を出す。
 その少年はリナの顔と後ろの警官を見ると慌ててドアを閉めようとする。
 リナは、ドアに足を挟むと懐から捜査令状を出す。
「聖華市警です。誘拐容疑により、この修道院を家宅捜索させて頂きます!」
 リナの後ろの警官たちが、無理矢理ドアをこじ開ける。
 リナを先頭として、警官たちがなだれ込む。それに紛れるようにして、大貴は中に入る。
 少年は慌てて奥に叫んだ。
「みんな!ポリのイヌがきやがった!」
 奥から、不良集団がなだれ込む。その手には、スタンガンや木刀が握られている。
 そして、集団の後ろには黒ずくめのスーツの男。大貴はそれを見て、叫ぶ。
「お前、芽美をさらった………!」
 スーツの男は舌打ちして不良グループのリーダーに言う。
「後の事は頼んだぞ。サブ。」
「ああ。兄貴。チーム『サイクロン』出撃!」
 サブがそう叫ぶと、不良集団は警官隊に突撃していく。
 そして、奥に引っ込む黒スーツ。
「待てっ!」
 それを追おうとする大貴。しかし、不良集団にはばまれる。そして、スタンガンが大貴を襲う!
 しかし、そのスタンガンの毒牙は、大貴と不良の間を割って入った警官によって阻まれる。
「ぐっ!」
 警官の悲鳴。しかし、その警官は不良に抱き着き、大貴に言う。
「飛鳥探偵!先に進んで下さい!」
 そして、周囲からも声が。
「警視!飛鳥探偵!奥へ!」
「ここは我々に任せて下さい!」
 そして、大貴の肩を叩くリナ。
「急ぎましょう。アスカ。」
 大貴は頷き、警官たちが不良をはばむ事でできた道をリナと共に奥へと走る。
 宝物を、愛するものを、そして絆を取り戻すために。

 コンピューター室のガラスが割れる。
「来たか………。」
 呟く雅貴。ガラスの向こうに見えるセイント・テールのシルエット。
「ワン!ツー!スリー!」
 そのダミーの掛け声と共に作動し、暴走するコンピューターたち。
「お、お兄ちゃん!」
 恋美がびっくりして雅貴の腕をつかむ。
 しかし、雅貴は落ち着き払って一定のリズムで指を鳴らし叫ぶ。
「ワン!ツー!スリー!」
 コンピューターの暴走が停止する。ダミーのマジックを雅貴のマジックで返したのだ。
 そして、雅貴は落ち着き払った声で、
「だから言っただろ。気楽に行けって。さもないと相手に技術に飲まれる。恋美、マジシャンを相手に
 する時は絶対に冷静を失ってはならないんだ。マジシャンの子なら、それをきちんと覚えとけ。」
 無言で頷く恋美。
 そして、窓を破ったシルエットは身を翻して外へと出る。
「恋美!」
 叫ぶ雅貴と、シルエットを追う恋美。
 そして、雅貴はトランプを自分の後ろへと放つ。
 トランプが金属に当たる音がする。
「一方に注意を引きつけ、目的を達成する。それもマジシャンの手段の一つだったね。」
 そこには、もう一つ人影があった。雅貴は続ける。
「もう一つコピーがあったとはね。でも、終わりだ。もう、この聖華市に君の居場所はない。」
 そして、雅貴は言う。
「聞かせてあげるよ。コピー・セイント・テール。君の知らない羽丘芽美を。俺の全てをかけて
 君の存在を否定しよう。」
 そう。そこには、コピーのセイント・テールが--------いた。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
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