Report 6 間奏:アスカ3rd・思考流転


 雅貴は、通風孔から出て部屋の中にいるリナに叫ぶ。
「やられた!リナおばさん!外を!」
 その言葉を受けて、外に出るリナ。
 それを見送り、雅貴はハンカチを取り出してコピーが落とした部品を一つづつ回収していく。
 そして、コンピューターのコンソール盤とキーボードを操作する。
 ものの見事にコンピューターはウィルスに冒されている。
 雅貴は呟いた。
「バックアップを取らせて、別の研究所に移させといてよかったよ。」
 そしてため息を吐き続ける。
「ここにあるデータは、旧版のものだ。持っていっても成功しない。ここのコンピューターはすでに会
 社のネットから切り離してある。でもこれで決まったな。」
 雅貴は、顔を上げる。
「あれは、母さんじゃない。母さんをコピーしたものでもない。不完全な性質の抜き出しだ。母さんが
 完全にコピーされているなら、こんな悪質な真似はしないさ。でも……母さん+セイント・テールと言
 う完全なセイント・テールなら多分俺では勝てないんだろうな。」

 翌日------大貴のいる病室。
 数種の機械。そして、昨日あった事。
 大貴は全てを説明した。
「ありゃ、母さんの不完全な粗悪コピーだよ。母さんをさらったのは、あれを作るためだったんだ。」
 その説明を聞いて、大貴はため息を吐く。少なくとも、芽美がセイント・テールになっていたわけでは
ないからだ。
「親父、ため息を吐くのはまだ早いぜ。」
 大貴のため息を聞いて雅貴は言う。そして、
「目的も無しにあんなもの作るのはよほどの偏屈だ。おそらくまだ見えない『敵』の目的は-------。」
 そこから先は、大貴が続ける。
「セイント・テールの名誉を汚す事、か。」
 雅貴はその言葉に頷く。そして部品を持ち、外に出ようとする。
「とりあえず、これは県警の科捜研に持ち込んでみる。」
 雅貴はそう言うと、外に出る。大貴は、そんな息子を見て動けぬ自分を不甲斐なく思った。

 県警科学捜査研究所・2課第1係・第4機器類鑑識班。
 雅貴は、ここで昨日拾った機器類の鑑識をしてもらった。
 しばらくかかると言う事なので、友人の(というかSEPアイテムの開発者である)深月恭一のところに
行ってみる。
「深月さん。こんにちは。」
 ドアを開けて返事をする雅貴。
 恭一は、雅貴を見てにこやかに笑いながら、
「ようこそ。アスカ3rd。」
 と言ってお茶の用意をする。白衣に眼鏡。腰まであるロン毛は襟足で縛っている。
 一見やさしい凡庸な風貌のこの男が、実は科捜研のトップ技師と誰が信じるだろうか。
「どうですか?SEPカードのスロットキー解除プログラムは。」
 いきなり聞いてくる恭一。この男の頭の中の9割は自分の装置の事である。
 雅貴も、その辺は初めて会った時から分かっているから、驚きはしない。
「ええ。重宝してますよ。」
 雅貴の答えに満足したように、恭一はプログラムの説明を開始する。
 どうせ聞いたって、雅貴には分からない。軽く聞き流して分かったふりをする雅貴。
 そして、一通りの説明が終わったところで恭一はいきなり雅貴に聞いてきた。
「君、インライン・ローラーはできる?」
 愚問である。雅貴の趣味はローラースケート。迷わずうなずいた。
 すると恭一。満面の笑みを浮かべて、
「今開発しているの、それなんだよ。多分パトカーや白バイ以上の機動力になると思う。まず……。」
 そこまで言った時、部屋のインターフォンが鳴る。
「だれだい。まったく…………。」
 恭一は楽しい話(雅貴には難しすぎる話)を中断されて少し怒ってインターフォンのスピーカーボタン
を押す。
 インターフォンから、明瞭な声が聞こえる。
「すいません。そちらにSEPの羽丘捜査官がいるはずですが………。」
「えぇ。いますよ。」
 答える雅貴。相手は、ついさっき機器類の鑑識を頼んだ鑑識官だと分かった。
「あ、羽丘捜査官。頼まれていた代物の解析ができました。それから、この間の聖華市警察捜査2課から
 来た車のデータも転送します。」
「ありがとう。」
 雅貴が言うと同時に、インターフォンに繋がっているFAXが作動してデータの紙が出てくる。
 その紙を次々に見ていく雅貴に恭一が言う。
「ちょっと見せてくれませんか?」
 雅貴はうなずき、恭一にデータを見せる。
「A-35番台の半導体に、CW-AAXE番の大規模LSI。SSW=V4のヒューズか。これ、何のどこのパーツです?」
 雅貴は間をおかずに答える。
「アンドロイドの首部のパーツなんだけど。」
 それを聞き、恭一。
「おい、そんな物にこんな部品つかわない……………。」
 そこまで言って、急に静かになる。普通だったら、ここでうんちくの一つも出るのだが。
「いや、あれは別ですね。」
 恭一はそう言うと、研究室のファイル群の中から赤色のファイルを取り出す。
 タイトルは『失われた才能』である。
 そして、恭一は雅貴にそのファイルの1ページを示して見せる。
 そこには、こう書かれていた。

『大滝桂一博士    コピーロボット理論』

「このコピーロボットが、そういった作りになっているはずです。そもそもこの理論は……………。」
 恭一のうんちくの中で、雅貴はそのファイルの博士の写真に見入っていた。
 見覚えがあるのだ。
(どこで見たんだ………。)
 必死になって記憶をたどる。
 そして、一つの終着点に行き着く。思い出した時---------雅貴は思わず大声を上げていた。
「あのときの…………!」
 そう。彼は、あの時雅貴が助けたホームレスだった。

 再び病院。大貴の部屋。
「それじゃこの博士が誰かとつるんで、セイント・テールのコピーを作ったと言う事か?」
 大貴が言う。それに雅貴は頷いて、
「そうだよ。博士は、この聖華市にいた。そして、この博士の理論によるコピーロボットが暴れている。
 偶然にしてはできすぎだ。」
 そして、もう一つの用紙を出す。
「これは、例の盗難車の鑑識データだけど、車の後部座席から母さんの髪の毛が出た。それから屋根か
 ら親父の血痕も。」
 雅貴はそこまで言って、さらにデータ内容を読み上げる。
「そして、さらに言えるのは………タイヤに砂がついていた。そして、短期間についた少しの錆から、
 潮風にさらされた跡も見られる。」
 大貴は、その雅貴の言葉に呟いた。
「…………砂浜のある海岸か!」
 雅貴は、それに同意するように頷いた。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
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