Report 3 第2楽章:魔笛の織り成す夢


 古い修道院。かつて芽美がローズ・マリー親子と対決したあの修道院。
 もっとも、現在の使用者は多分その事を知らない。
 そこの地下室に研究室は用意された。
 大滝桂一博士は、うず高く積み重ねられた機械に満足そうな笑みを浮かべる。
「すばらしい実験ができそうだ。」
 服装もさっぱりして、白衣も真新しい。数日前までは不衛生な物乞いが、今ではすっかり見事な研究
者である。
 彼の目の前には、カプセルに入った人型の機械------ロボットが入っていた。
 それは、人型のコピーロボットというにはあまりにも機械機械している。
 なぜか。答えは簡単。外皮も顔もまだ決まっていないからだ。
 それを満足そうに見て笑うと、桂一は呟いた。
「見ているがいい。俺を異端扱いした者どもよ。目にもの見せてくれよう。」
 そして笑う。
 しばらく笑った後に------。自分をスカウトしてきた黒スーツが現れた。
「研究はどうですかな?博士。」
 黒スーツは言う。博士はそれに、
「うむ。上々だ。」
 と答える。そして、
「だが、施設が少々いかん。これでは、14歳までの思考しかコピーできん。」
 と続ける。男はうなずく。
「それで我々としては十分です。プロフェッサーも、博士には期待しておりますよ。」
「教授(プロフェッサー)?」
 博士が聞き返す。男は、しまったとでも言うように舌打ちして、言う。
「余計な事は聞かぬがよろしかろう。下手に我々を詮索すれば、命の危険もあります。いや、産業スパ
 イなどもあるので組織の詳しい事はできるだけ知らないほうがいいのです。」
 ただの脅しでない事は、男の目を見れば分かる。博士はうなずいて言う。
「分かりましたよ。ミスター。」
 その言葉に男は、
「私の事は、ライムとお呼びください。」
 と言った。
「了解。ミスター・ライム。ところで、実験体はいつ来るのですかな。」
 博士の質問に、ライムは、
「今、拉致に成功したと連絡が入りました。もうすぐです。」
 と、にやりと笑って答えた。
 そして出て行くライム。が、ドアのところで立ち止まる。
 ライムは振り返り、博士に言った。
「私は、ミスターと言われるほど立派な人間ではありません。呼び捨てで結構です。」

 真っ暗闇の中。
 雅貴は、その中に浮かんでいた。
 眼下に、おいかけっこをする一組の少年と少女。
 幼い頃にアルバムで見た事のある、それは両親の中学の頃の姿。
 だが、追いかけられている少女は、髪を黒いリボンでポニーテールにしている。
 雅貴は、それが以前に自分の住む聖華市を騒がせた事のある怪盗である事をすぐに理解した。
 少年が少女に飛び掛かる。
 だが、少女は素早い動きでそれを躱す。
 少年は、懲りずに少女を追いかける。
 長い間、その繰り返し-------。だが--------。
 ついに少年の手が、少女の腕をつかまえた!
 少女が、少年をゆっくりと振り向く。
 二人の瞳が互いの顔を見つめる!
「は………羽丘……!」
 少年の呟き。
 それと同時に、雅貴だけに聞こえる声。
(いや……………。嫌いにならないで………!)
 それが、自分の母親---目の前の少女の声だと言う事は、すぐに分かった。
 少女の腕から離れる少年の手。
 その手はそのまま握りこぶしを作り、震える。
「ア、アスカJr.……。」
 少女の呟き。それに呼応するように、少年は呟く。
「セイント・テールは…………お前だったのか……。」
「アスカJr.話を………!」
 少女は叫ぶ。だが、それを遮るように少年は叫んだ。
「俺の事を………ずっと………騙してたんだな!学校で、お前に逃げられている俺を、ずっと端で笑って
 たんだろう!」
「ちが………!」
 少女の言葉を聞かずに、少年は少女に背を向けて去っていく。
 追いかけようとする少女。だが、歩いているはずの少年に走っているはずの少女は追いつけない。
 少女は転ぶ。そして、少年は闇の奥に消える。
 雅貴の耳に、少女の声が悲しく届く。
(違うの……騙してたわけじゃない……ずっと、ほんとの事を……言えなかっただけなの……。)
 雅貴は、そこである事実に気づく。
(ちょっと待て……ここで二人が別れたままだったら……俺は生まれない!)
 そして、少年が消えたほうに向かって叫ぶ。
「おい!ちょっと待て!アスカJr.!洒落にならんぞ!戻ってこい!気づかなかったお前にも非はあるんだぞ!
 おい!」
 そう叫んだ瞬間、見えない床が消えて下に落ちる。アスカJr.を追いかける雅貴。
 アスカJr.に追いついた雅貴は、彼の腕を掴もうとする。だが、できない。
 雅貴の腕は、霞のようにJr.の腕をすり抜ける。
 Jr.の前に出てみる。だが、彼は雅貴に気づかず、そのまま通過した。
 雅貴は、自分の手を見る。
 色が薄くなっている。
 透明になっている。
 記憶が流出し、時間が逆流する感覚。
 自分が消える感覚。
 雅貴は、消失の恐怖におびえて叫んだ。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 早朝、病院の待合室で叫ぶ雅貴。
 息が荒い。動悸が激しい。
 窓から、朝の日光が差し込んでいる。
 隣では、恋美が静かに眠っている。
 ふと、周囲があわただしい事に気づいた。
「何だ?」
 雅貴は、集中治療室に行く。
 父親が、全ての医療器具を外されて移動されるところだった。
 隣に付き添っている聖良。
 雅貴の頭に、一瞬不吉な考えがよぎる。
「嘘だろ……。」
 気がついたら、雅貴は父親の体を両の手で揺すっていた。
「おい!起きろよ!親父!冗談はよせ!」
 すると、聖良が雅貴に言う。
「先ほど、呼吸と脳波が止まって……。」
 そこまで言うのが精一杯だった。聖良の瞳から涙が零れる。
 雅貴はそれを聞き、揺すっていた手を止める。
 そして、叫んだ。
「ああああぁぁぁぁぁ---------っ!親父が捕まえたはずのセイント・テールから予告状があぁぁぁっ!」
 大貴の手がびくんと揺れる。
 少しの間だが、雅貴はそれを見逃さない。
「おおっとぉ!高宮警視が秘密兵器を!え、嘘だ!セイント・テールが捕まった!?こんなにあっさりと!」
 大貴の瞳がカッと開く。
 そしてベッドの上で立ち上がり、叫ぶ。
「ふざけるな!セイント・テールは俺が捕まえたんだ!他のやつに取られてたまるかぁぁぁぁぁぁ!」
 その場にいた全員が、恐れおののき身をひく。
 雅貴は呟いた。
「ううむ。ほんの冗談だったのに、本当に効くとは。」
 聖良も、それに同意する。そしてあきれた口調で一言。
「愛ですわねぇ。」

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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