Report 2 第1楽章:行方知れずの母


 その日、芽美は買い物に出ていた。
 各種家事に必要なものを買ってスーパーを出る。
 大貴と結婚してから、穏やかな日々が続いている。
 そのことに芽美は、幸せをかみ締めている。
 だが、この間の爆弾騒ぎ(File 1 参照)はまいった。
(雅貴ったら、お父さんに任せておけばいいのに。)
 そんな事を考えながら、商店街を歩く芽美。
 商店街を出て、家に向かう。
 近くまで来ると、家の前に車が止まっているのが見えた。
(誰かしら……。)
「すいません、羽丘さーん。」
 門の向こうから、声が聞こえる。
 雅貴も恋美もまだ学校から帰っていない様だ。
「はーい。」
 門の中に入り返事をする芽美。
 ドアを叩いていた黒いスーツの男が振り向く。
 そして、男は懐から写真を出すとそれと芽美を見比べて言う。
「羽丘芽美さんですか。」
 芽美は、迷うことなく答える。
「えぇ。そうですけど。」
「良かった。探していたんですよ。」
 近づいてくる男。
 男は、芽美の前に来た瞬間、彼女の腹を殴りつける。
「--------------!」
 声を上げる間も無く、気絶する芽美。
 その手にあった買い物袋が落ちる。
 男は、その芽美を担ぎ上げると車に乗せようとする。

 大貴は、久しぶりに仕事が速く終わったのでずいぶん早めに家に帰れた。
 市長からの依頼も、友人からの頼みも無く、仕事も急がないものばかりだったのだ。
 あまりにも珍しい事である。
 久方の一家団欒に、足取りも軽くなる大貴。
 だが、家の前に来た時一台の怪しい車が目に入る。
 そして、その車に気を失っている妻を乗せようとする黒いスーツの男-----!
 思わず、大貴は叫んでいた。
「おい!芽美に何をしてるんだ!」

 黒スーツの男は、大貴の声を聞いて焦る。
 車の中の仲間に芽美を乗せることを急ぐように言う。
「まてこらっ!」
 そう叫んで車に走る大貴。
 それと同時に、芽美は車に乗せられる。
 そして、車は発進する。
 だが、大貴も伊達に探偵をやっているわけではない。
 車が発進する一瞬前に車の屋根に飛び移ったのだ。
「くっ!」
 男と、大貴は車の中と外で同時に舌打ちをする。
「どうします?」
 車の運転手は、男に尋ねる。
 男はしばし考えて答えた。
「振り落とせ。殺してもかまわん。ただし、銃は使うな。後がうるさい。」
 運転手はにやりと笑う。
「では……。」
 そこまで言うと運転手。ハンドルを切る。あまりにも急な方向転換で、傾く車。
 車の屋根が、道端のはみ出し自販機に近づく。
 そして……。

 大貴の目の前にはみ出し自販機が迫る。
「は……はなすもんか…………………。」
 大貴にとって、芽美は必死の思いで追い求め手に入れた虹のふもとの宝物。
 それを手放すことは考えられない愚。
 大貴の体が自販機に叩きつけられる。左手が離れる。
 だが、右手は離れなかった。
「絶対に放さない……。」

「しぶといですねぇ。」
 運転手は呟いた。男はさも当然という風に呟く。
「そうでなければ、セイント・テールの専任捜査官などできまい。」
「では、もう一度。今度は殺します。」
 運転手の言葉が、車の中で非情に響いた。

 先ほどの激突の傷から大貴の流した血が弧を描いて道路に落ちていく。
 再び、はみ出し自販機が大貴の目の前に迫る。
 激突------!
 今度は、気を失う。だがそれでも、大貴は手を放さない。

「しぶとい!」
 運転手は、ハンドルを切る。
 いつのまにか、車は商店街を走っていた。

 Uターンする車。
 遠心力に、大貴の気絶によって力が抜けた手は体を支えきれずに車の屋根を離す。
 大貴の体が吹っ飛ぶ。
 そして、ガラスの割れる音。ショーウィンドウに突っ込んだのだ。
 ぼやけた頭で、大貴は手を伸ばす。
「芽美……俺の手から……すり抜けてしまった……。」
 手を上に伸ばしたまま、どことも知れずに呟く。
 体から大量の血が抜け出るのに気づく。血とともに、力が抜けていくのも。
 ガラスの中で、上にむけられた手が力を失い落ちる。
 そのまま眠るように目を閉じる大貴。
 だが、この状態は人事不省というのだ。
 遠くから、サイレンが聞こえる。
 パトカーのサイレン。
 少なくとも-----死だけは避けられたようだ。

「羽丘君!すぐに聖華市民病院に!お父さんが大怪我をしたそうだ!」
 雅貴にその知らせが入ったのは、5時間目の授業が始まってすぐ。
 知らせたのはその時間に授業の無い担任。
 雅貴は、その知らせに我が耳を疑う。そして呟く。
「……冗談はよしてください。親父は名うての私立探偵。そんなへま……。」
 そして、立ち上がる。
 ぶちっと言う派手な音が、足元から聞こえる。
 雅貴が足元を見ると、靴紐が切れていた。
 雅貴の背筋が、寒くなった。
 無情に、担任の言葉が響いた。
「校門に、パトカーが来ているぞ。」
 雅貴は、その言葉を聞いて階段を駆け降り、校門に急ぐ。
 校門には、リナが待っていた。

 病院に着いた時、集中治療室の前に妹の恋美がいた。
 雅貴を見るなり、しがみついて泣きじゃくる恋美。
 その時、集中治療室から医師が出てくる。
 雅貴について来たリナが、尋ねる。
「アスカの具合は、どうなんですか?先生。」
 医師は難しい顔をして答えた。
「難しい状態としか言いようがありません。外傷も出血も激しい。病院に運ばれた時点で意識レベルは
 300でした。期待はしないでください。おそらく、今晩が山でしょう。」

 病院待合室。雅貴は、病院から毛布を借りて横で泣きつかれて眠る妹にかけてやる。
「雅貴君……。」
 後ろからかかる声。振り向く雅貴。そこにいたのは、母の親友。聖ポーリア学院礼拝堂でシスターを
している深森聖良。
「聖良おば……いや、おねぇさん……。」
 聖良は、心配そうな顔で尋ねる。
「とんだことになりましたわね。」
 雅貴は、無言で頷く。
 そして、先ほどリナに言われた事を思い出していた。

「母さんが、行方不明!?」
 叫ぶ雅貴。
「状況から考えて、さらわれたとしか考えられないわ。」
 雅貴の言葉を受けて言うリナ。
 そして続ける。
「今まで身代金などの連絡はあった?」
 首を振る雅貴。リナはそれを見て、呟く。
「という事は怨恨ね。誰か、アスカや芽美を怨んでたやつっていたかしら。」
 雅貴はため息を吐いて言う。
「そんなやついくらでもいますよ。親父のセイント・テール専任捜査官時代から考えると無限です。」
 リナはそれを聞いて、それでも呟いた。
「それでも……そこから崩すしかないわ。」
 リナは身を翻してさっそうと去っていく。
 雅貴はそれを黙って見送るだけだった。

「親父だけじゃない。母さんのセイント・テール時代のものも含めば数はそれこそ無限だ!ちくしょう!」
 壁を叩く雅貴。
 それを見て、聖良は呟く。
「わたしのせいですわ。わたしが………セイント・テールを生み出してしまったから……。」
 雅貴は、それを聞き聖良に叫ぶ。
「そんな事無い!おばさんのせいじゃない!おばさんが母さんをセイント・テールにしなかったら、俺や
 恋美は生まれてないんだ!泣き寝入りしていた人もいっぱい出てたんだ!おばさんのせいじゃない!」
 夜も遅く、待合室には誰もいない。受付もしまっていてナースステーションも無人。急患窓口は待合
室とは別の場所にある。二人の会話を聞かれる事はない。
 雅貴は、聖良に背を向けて心の中で呟く。
(そうだ。父さんも母さんも動けない。動けるのは俺だけだ。俺だけが、この謎に立ち向かわねばなら
 ない。)
 雅貴は、生徒手帳を取り出す。
 SEPのカードは、いつも生徒手帳の中に挟んである。
 雅貴はSEPの証であるグリーン・カードを取り出して呟いた。
「俺の謎は、俺が解く!これでも、俺はアスカ3rdだ!」

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
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