Report 10 最終楽章:しっぽに捧げるレクイエム


 コピーと、雅貴の対峙。
 だが、その沈黙は不意に破られる。
 雅貴の後ろから--------腕が飛んできた。
 腕は、恋美をねじり上げているコピーの腕をつかむ。
 一瞬、コピーの力が緩む。その隙を突き、恋美はコピーから逃れる。
 そして、恋美は雅貴へ走る。雅貴は、妹を後ろにかばう。
 飛んできた腕にはワイヤーがついていた。そのワイヤーのもう一方の端を目で追う雅貴。
 そこにいたのは、先ほど機能停止したはずのコピーだった。
「あなた………!」
 腕をつかまれているコピーは叫ぶ。先ほど腕を飛ばしたコピーは、無言で出ているワイヤーを縮める。
 二人のコピーの接触!そして、腕を飛ばしたコピーは、彼女が引き寄せたコピーをしっかりとつかむ。
「何をするつもり!?」
 引き寄せられたコピーは叫ぶ。それに答える引き寄せたコピー。
「やっと思い出したの。大事な事を。」
 そして、さらに続ける。
「大事なものを、取り戻したい。大事なものを守りたい。みんなの平和を守りたい。それがあたしの存
 在意義。でも、もうあたしはここには必要無い。その志を継いでくれる者がいるから。」
 そう言って、彼女は雅貴を見る。そして言う。
「博士はね、もしものためにあたしの体に爆弾を仕掛けたのよ。」
 彼女に捕まっているもう一方のコピーの顔が引きつる。
「止めて!お願い!」
 そのコピーの言葉に、彼女は自嘲気味に答えた。
「遅いわ。あと数秒で爆発するもの。」
 そして、彼女は雅貴に言う。
「あとは、お願いね。あなたは、いずれ聖なるしっぽとそれを追う者の意志を継ぐ者なのだから。」
 雅貴が、何か言おうとしたその時-------!
 彼女は爆発した。
 雅貴と恋美の上に多くの機械と屑鉄が降り注ぐ。
 いつの間にか雅貴は呟いていた。
「Show Time is Dead End…………悪夢のショータイムは終わった……。」
 そして、後に残るはコピー達の部品。
 二人は、呆然と屋根の上にとどまっていた。

 博士のコピーは、完璧であって完璧ではなかった。
 なぜなら、コピー時の度重なる記憶の増幅・圧縮でコピーそのものに記憶のむらが出ていたのだ。
 それが、偶然人間なら誰でももつ邪悪な部分を引き出した。
 だが、雅貴が一回機能停止させた事で記憶の再構成が成された。
 それは、ライム達のプログラムをウィルスとして処理し、抹消した。
 そして、彼女のもっとも大事な事を思い出させたのである。

 ターン!
 銃声が響く。
 そして、ライムの体は崩れ落ちる。
 ライムの体の後ろにいたのは、銃を持った傷だらけの高宮警視---リナだった。
 リナは、ため息を吐いて言う。
「危ないところだったわね。アスカ、芽美。」
 大貴も、ため息を吐いて言った。
「手がかりを一つ失った。もっとも……。」
 そして、芽美を見る。
「こいつが無事だっただけでもよしとするか。」
 そう言って、芽美を片手で抱く大貴。リナを見て、
「ありがとう。助かったよ。高宮。」
 と、微笑む。
 リナは、それを見て肩をすくめる。まるで、まいった!とでも言うように。

 翌々日の聖華新聞。

『廃修道院での大捕物!市内最大の不良集団「サイクロン」一斉検挙!』
『偽セイント・テール!何者かの陰謀!飛鳥探偵(アスカJr.セイント・テール専任捜査官)語る!』
『羽丘芽美さん誘拐!警察の活躍により無事保護へ。』

 はっきり言ってしまえば、全ての面がほとんど一面扱いである。
 聖ポーリア学院の礼拝堂でそれを自慢する男一人。
「見てくれよ!この扱い!全部俺の記事だぜ!」
 聖華新聞をメインの取引先とするフリー記者・佐渡真人は得意満面の笑みを浮かべる。
 その自慢の犠牲となっているのは、見習いシスターの倉見真美と礼拝堂に寄った雅貴と恋美。
「あぁ、そう。よかったですねー。」
 佐渡の自慢に、当事者である雅貴と恋美はうんざりしているが、真美はきらきら光る瞳で佐渡に話を
聞こうとする。
 まだまだ続きそうな自慢に、雅貴と恋美は少し食傷気味。
 そこへ聖良が入ってくる。
 佐渡は、その気配を感じるとマッハの速度で聖良の側に寄りその手を握る。
「深森さん!実は、今回とうとう聖華新聞が俺の手腕を評価したんです!今日の記事で俺、聖華新聞の社
 内賞を取ったんですよ!」
「まぁ、それはおめでとうございます。」
 聖良の言葉に、さらに機嫌を良くする佐渡。
「実は、真っ先に深森さんにお知らせしようと思って!」
「まぁ、うれしい。」
「本当ですか!?」
「ええ。もちろんですわ。」
 その言葉に、佐渡はすっかり感無量に。涙を流して顔を紅潮させて喜んでいる。
(あぁ、やった……!なんて幸せなんだ………!)
 実はこの男、軽そうな外見とは裏腹に中学の頃のプラトニック・ラブを大事に大事に大事にしている
のである。
 結婚もしていないし、子供もいない。
 その佐渡、時計を見る。
「あ、そろそろ授賞式の時間だ!それじゃ!賞をもらったらまた来ます、深森さん!」
 そう言うと、佐渡は礼拝堂を飛び出す。
 その様子を見ながら、雅貴は思った。
(ほんっとーに、本心がつかめない人だよな。聖良おばさん。)
 雅貴はため息をつくと立ち上がり、かばんから袋を取り出す。
「あら、何ですの?それは。」
 尋ねる聖良。雅貴は答える。
「偽セイント・テールの骸ですよ。これを、弔ってもらえないかと思って。もう、セイント・テールも偽
 物も出ないように願ってですけど。」
「まぁ、そうですの。」
 聖良の言葉。それにかぶさるように真美の言葉が。
「なんで、あなたがそれを持ってるの?しかも、それは修道長様の仕事では……。」
 それに対して、聖良。
「人には、それぞれの事情がありますわ。真美さん、あなたもそうでしょう?」
 そう言われて押し黙る真美。
 実は聖良はすでに大貴と芽美に事情を聞いているのであった。

 高宮警視は、聖華市警察捜査2課長室で頭を抱えていた。
 自供が、黒幕に関する自供が取れなかったのだ。
 結局、あの黒スーツのライムが黒幕なのだろうが、細かいところはぜんぜん分からない。
 他の黒スーツも結局はライムに雇われただけの人間だった。
「謎だわ……。やはりアスカの言った通り、ライムを撃ったのは間違いだったわ。」
 今更後悔しても、遅いと言うものである。

「何っ!テールズ・レクイエム計画中断だと!」
 プロフェッサーの言葉が部屋の中に響く。
「はい……。申し訳ありません。プロフェッサー。アスカ3rdが………。」
 目の前の黒スーツの男が答える。
 プロフェッサーは、怒りをあらわにして叫ぶ。
「アスカ3rdなど………ただの素人に過ぎぬ!」
 その言外には、言い訳は許さんとありありと出ていた。
 だが、黒スーツは言う。
「ただの素人ではない事は、あなたが一番良く知っているはずです。プロフェッサー。」
 プロフェッサーは、苦虫を噛み潰したような顔をして黙る。
 そして、叫ぶ。
「もういい!下がれ!企業の各データが取れただけでも良かろう!」
 黒スーツの男は部屋から出ていこうとする。
 だが、その時暖炉の上のコンソールから呼び出しがかかる。
 プロフェッサーは、そのコンソールを操作する。
 暖炉の上にモニターが浮かぶ。それには、白衣の男が映る。
 白衣の男は、いきなり叫ぶ。
「申し訳ありません!プロフェッサー!」
 その言葉に、いやな予感を覚えてプロフェッサーは尋ねる。
「何があった!」
 すると、モニターの向こうから答えが返ってくる。
「エクストラ製薬のデータがまったく役に立たない代物だったので、さらに調べていたら時限式のウィ
 ルス・ボムを作動させてしまいました!」
「何だとっ!」
「現在、コンピューターの80パーセントがウィルスに冒され、70パーセントのプログラムが0に書きかえ
 られました!各企業から盗み出した全データもとんでしまいましたっ!」
「そんな……馬鹿な……。」
 プロフェッサーの呟き。彼の野望は、完膚なきまでに叩き潰された。
 プロフェッサーは振り向き、黒スーツに尋ねる。
「エクストラ製薬の警備は誰がやった!?」
 黒スーツは、迷い無く答える。
「アスカ3rdです。」
 プロフェッサーの顔が、悔しさで歪む。
「コンピューターの機能が麻痺してしまえば、我々の活動も停滞します。対外の連絡係の一端を担うラ
 イムまでも失った今、残念ながら組織復興に力を注ぐしかありません。」
「分かっている。」
 歪んだままの顔で答えるプロフェッサー。そして指示を出す。
「アスカ3rdを監視せよ。セイント・テールの正体についても裏世界に大々的に流せ。そのくらいは出来
 よう。」
「はい。」
「では、下がれ。」
 出て行く黒スーツ。
 誰もいなくなった部屋の中でプロフェッサーは部屋中のあらゆる物に当たり散らす。
 椅子に、机に、お気に入りのロッキング・チェアにまで。そして、叫ぶ。
「おのれ!おのれっ!おのれっっ!アスカ3rd!」
 そして、暖炉の火かき棒を両手に持つ。
「ア・ス・カ・さ・あ・どぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
 その怒りの叫びと共に、超硬質合金製の火かき棒はぐにゃっと曲がる。
「許さんぞ……必ず、この屈辱の礼はする!覚えてろ!アスカ3rd!」
 その時、床に転がった電話が鳴る。
 その受話器を取るプロフェッサー。
「はい、もしもし……母上。はい……残念ながら。」
 そして「はい」だけの返事がプロフェッサーの口から出る。そして最後に。
「分かっています。無念は確かに。必ず、アスカ3rdを滅殺します。」

 雅貴は、不意に背筋が寒くなった。
「どうしたの?お兄ちゃん。」
 尋ねてくる恋美に雅貴。
「いや、何でもない。それより、恋美。あとで念書を書いてもらうぞ。」
「念書?」
「怪盗にならないって念書。お前『ママみたいになりたいっ!』って言ってただろ。端から見ても危ない
 し、セイント・テールを復活させられても困る。」
「そんなぁ!せっかく………。」
「せっかく、なんだ?」
「……なんでもない。」
 少しすねる妹を横目で見る雅貴。
 そして、心の中で呟く。
(気のせいだな。この寒気は。)
 そんな兄を見て、恋美。
(もう!お兄ちゃんったら!せっかく怪盗ジュニア・テールになろうと思ったのに!)
 と、心の中で呟いた。
 祭壇の上に、雅貴が持ってきたコピーの部品。
 そして、CDラジカセから流れてくる鎮魂歌。
 もう、二度とセイント・テールも偽物も出ないように。
 それは、セイント・テールを弔うためのレクイエム。
 しばらくして、大貴も芽美もやってきて、この葬儀に加わる。
 そして、雅貴は心の中で呟いた。
(しっぽに捧げる鎮魂歌……。どうか、これにて二度とセイント・テールが現れないように……。)
 そのレクイエムは、礼拝堂の中に高らかに響いていた。

FILE 3 THE END


© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
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