Report 9 サード・ジェネレーションズ


 セント・エルモの火。
 嵐の際、高いマストの突端に現れる、放電光球現象である。
 それをなぜ『セント・エルモの火』と呼ぶのか。
 そもそも『セント・エルモ』とはキリスト教の聖人の一人、聖エルモの事を言う。
 聖エルモは船乗りの信仰を集めている。即ち、船乗りの守護者なのだ。
 そしてキリスト教がギリシャ・ローマに入った時。
 ギリシャ神話に言う船乗りの守護者である、双子座のカストルとポルックスに同化して、現在に伝えられて
いる。ある宗教が地域を越えて広まる過程で、もともと現地にいた神や宗教を、広まる側の宗教が自分側の神
仏や聖人を現地の神とあえて同一視して、現地の人々を自分たちの宗派に帰化させてしまう。これは古代より
世界中に勢力を広めた宗教に共通して行われている布教戦略で、日本では『本地垂迹』と呼ばれている。
 ここで、誘拐犯人がよこした暗号。内容は『セント・エルモのガラス宿』とある。
 セント・エルモの意味は先程言った通り。後はガラスの宿。
 昔、塩化ビニールなどの無かった時代。
 温室はガラスで作られていた。宿は横にあるホテル。
「つまり……ここだ」
 雅貴はぽつりと呟くと、目の前に並ぶ塩化ビニールで作られた2棟の温室ハウスの前に立っていた。
 このアトラクションの名を『双子の温室』と言う。
 横にはアロマランドと直結しているホテルが鎮座。
「さて。後は2つのうち、どっちの温室に入るか」
 プロフェッサーの事だ。おそらく下手な温室に入れば、それは即、死を招く結果になるだろう。
 しばし逡巡する雅貴。だが、すぐに意を決し、ホテルに近い側に建てられている温室のドアを開ける。
 不測の事体に備え、すぐに身構える。
 だが……何も起こらなかった。
 雅貴はそっと温室の中に入ろうと左足を上げる。
 上げた足を下ろそうとして―――すぐにその動きを止めた。
 ゆっくりと足を戻し、よくよく温室の中を見回す。
 温室の床は赤と青と黄が市松模様に並んでいる石畳。縦2列の隅にプランターが並んでいる。
 問題は雅貴の目の前。真っ正面の壁にかかっている看板。

  『ようこそ、親愛なるライバル。
    用意した暗号は、非常に簡単なものだったろう。
    そう、セント・エルモは双子。ガラスは温室。宿は宿(ホテル)側の温室を選べと言うコトだ。
    君の腕試しには、多少役不足であったかもしれない。

    もう君たちには解っているかもしれないな。
    そうだ。今回のプランは、この私、プロフェッサー・タイムの手によるものだ。

    では、今一度。君の資質を試させてもらおう。
    この温室の石畳。ご覧の通り、赤と青と黄がそれぞれに並んでいる。
    当然の事ながら、足を乗せて無事で済む石畳は各行各列につき一つだけ。
    残る石畳は全て、精製済のプルトニウム239を利用した原子力地雷だ。
    一旦爆発させれば、聖華市どころか日本と言う国が一瞬で滅ぶ。
    もちろん、アジア周辺域も無事では済まないだろう。
    私は抗アトミック・シェルターに入っているから、無事だがね……(笑)
    ある意味で、世界の滅亡を賭けた、私と君だけのゲームだ。楽しいだろう?

    では、心から楽しんでくれたまえ。
    ちなみに以下の言葉を残しておこう。

      赤の次は他の二つのどちらかに足を乗せる事ができる
      青の次は黄にしか足を乗せる事ができない
      前に足を乗せたのが黄色ならば、次は黄に足を乗せる事はできない
      黄色の次は赤にしか足を乗せられない

    以上だ。最初に足を乗せる場所は……とりあえず言葉に乗っ取り、2つ用意しておいた。
    では、良きゲームプレイを』

 看板の文章。そのすべてを読んで、雅貴は背筋を寒くしながら吐き出すように叫ぶ。
「あの野郎っ!何が『ゲーム』だ!!こういうのは、立派な『テロリズム』って言うんだよ!ふざけやがって!!
 何も関係ない人の命までネタにして、もて遊んで……許さねぇっ!」
 込み上げてくる怒りで体が震える。開いている温室のドアをドン!と叩く。
 そして、燃える光を瞳に湛え、怒りの表情を乗せた言葉を呟く。
「プロフェッサー……せいぜい高笑いしながら、待っているがいい。すぐに一泡吹かせてやる!」
 その言葉と共に雅貴は一歩足を踏み出す。
 彼が足を乗せたのは、青のパネル。
 ぐっと足を踏み込むが、何も起こらない。
 雅貴は納得いったように頷き、次の歩を次列にある黄色のパネルへと進める。
 そして、次は赤。
 雅貴は微笑を浮かべ、言う。
「文章を良く吟味すれば、解る。基本は赤→青→黄なんだ」
 そう。文章は確かにそう語っている。
「そして、自分がいる『温室の外』がどの色に当たるかを逆算すれば、後は簡単だ。プロフェッサーの言葉に
 ある『2つ用意』がそのヒント。2つに足を乗せられるのは赤しかない。赤から足を乗せるのは、青だ」
 自分の導き出した基本の通り、パネルの上に足を乗せて行く雅貴。
 しかし『温室の外』を『赤』と定義する事ができても。もしも温室の外から中へと足を踏み入れた時に『赤
だから黄色にも足を乗せられるはず』と、黄色に足を乗せればどうなったか。
 答えは簡単だ。爆発していただろう。
 プロフェッサーの言う『2つ』とは、ヒントであると同時に罠でもある。
 つまり雅貴に「2つある=選択肢が存在する」と思わせておいて、ありえない架空の選択肢を思い込ませよ
うとしたのだ。
 結局の所、雅貴が導き出した基本を守らない時には、原爆地雷が作動し、周囲にある他の地雷も誘爆させ、
日本は壊滅し、アジアに放射能の災禍が降り注いだだろう。
 最後のパネルに足を乗せる雅貴。
 その時チーン!と、軽い音がした。
 同時に大きな音を立てて、温室の石畳が震える。
「こ、これは!?」
 思わず姿勢を低く取る雅貴。
 ゴゴゴ……と床の震える音とともに、どこからかプロフェッサーの苦々しい声が響く。
『やってくれるね、アスカ3rd。やはりこの程度のワナでは、君を抹殺はできないようだ!このままここで君
 を問答無用で始末してもいいが、それではこの私の美学に反する……。認めよう。君は確かにサード・ジェ
 ネレーションだ。ならば、この我々の最終ステージの舞台に立つ資格はあるだろう』
「ステージ……だと!?」
 雅貴の疑問符と共に。石畳の床が雅貴の立っている部位からピシッと四方に割れる。
 ちょうど雅貴の乗っているパネルを残して、各パネルが前後左右へと引っ込んで行く形だ。
 石畳の床の代わりに現れたのは、奈落の底まで通じるかと思われるほどの空洞。
 そしてさらにプロフェッサーの言葉が響く。
『歓迎するよ!!キミは我々のステージの目玉なのだからね。ようこそ『特別なお客様(スペシャル・ゲスト)』
 アスカ3rd。我々『ハーブ』の演じる、犯罪魔術(クライミナリティ・マジック)の舞台(ステージ)へ!さぁ、
 これからが第一部の始まりだ。Now...It's Show Time!!』
 プロフェッサーの口上を聞きながら、雅貴の乗っているパネルが下降して行く。
 雅貴の乗るパネルの下には大きな支柱があり、それが地下へと縮んでいるのだと気付く。
「プロフェッサー……てめぇがどんな企みをしているかは知らねぇ。だがな、どんな悪事だろうと、必ずこの
 俺が叩き潰してやる!」
 地上の光が遠くなる、どこまでも暗い宙空に向かって。
 雅貴は決然と言い放つ。
 その瞳に、まっすぐな意志の光を湛えて。
「何にせよ、お前がこの街で犯罪を続ける限り―――俺は戦い続けてやる!それが俺の答えだ!」

「もしもし!!どうした、高宮!」
 叫ぶ大貴。通信機も盗聴機も妨害されて何も役に立たない。
 そんな中、大貴がいるのは、アロマランド警備室の前。
 芽美も警備室のドアを叩きながら叫ぶ。
「高宮さん!!どうしたの?返事してっ!」
 彼らは知らない。現在アロマランドの中がどうなっているのか。そして、警備室の状況を。
 今まさに警備室から空気が徐々に抜かれている状態なのだ。
 中の人員は全員、酸欠で気絶。だがこのまま行けば、彼らを待つのは死。
 状況は解らないが、とんでもない非常事態が自分たちを覆っているのは感じられる。
「仕方ねぇ……」
 大貴は呟くと、通信機を切って。
「ここの鍵の制御法を知っている連中はみんな警備室の中だ。ドアをぶち破る!!」
 叫ぶとそのまま、パネル式の鍵を持つ、重い鉄製のドアにぶちかましをかける。
 数度ドアにぶつかる大貴。だが、ドアはびくともしない。
「くそっ、開かない!」
 毒づく大貴。それを見て芽美は、トランプを構えて
「あなた、どいて!!」
 叫ぶとドアのキーパネルにトランプを投げる。
 パネルにトランプが突き刺さり、軽い火花が散る。
 普段なら、これで開くはず―――。だが。
「嘘!?開かない!」
 そう。火花が散っただけで、扉はうんともすんとも言わない。
「ちきしょう、もう一度!」
 大貴は舌打ちすると、もう一度ぶちかましをかける。
 その時。彼らの後ろから声がかかる。
「どうしました?」
 振り向く飛鳥夫妻。声の主に息を呑む。
 似ていた。非常に、似ていたのだ。その少年が。
 2人の知っている、ある人物に。
 大貴は震える声で呟いた。
「高木……高木、伸一……?」
 その言葉に。少年は納得したような表情で答える。
「あぁ。父を知ってらっしゃるんですか?」
「父?」
 尋ねる芽美。少年は頷いて。
「はい。ボクの名は高宮理。高木伸一は、ボクの父です」
「じゃあ、あなたは。高宮さんの……?」
 芽美の言葉に少年はにっこりと。
「はい。息子です」
 理は答えた後で、悠然とした動作で前に進み、大貴がぶちかましを続けていたドアをコンコンと叩く。
「あぁ……こりゃあ。人間がぶちかましをかけた程度じゃ開きませんね。パネルは……あぁ、トランプが投げ
 られる前から、制御不可能状態……電源そのものが通ってないみたいですね。こりゃ、お手上げかな。あ、
 この響き……」
 少し緊張したような表情を見せて、もう一度ドアをコンコンと叩く理。
「どうやら、この向こうでは空気が抜かれてる状況にあるみたいですね……中に人がいたら、長くは持たない
 かもしれません」
 その言葉に。驚愕の言葉を見せる飛鳥夫妻。
「な、何を呑気な!」
「そうよ、この扉の向こうには、高宮さんが―――あなたのお母さんがいるのよ!」
 芽美の叫びに、理の体がぴくっと震える。
 だが、彼の行動は素早かった。再び数度扉を叩いた後で、即座に言い放つ。
「これじゃ、ぶちかましでは埒があきません。もっとカゲキに行きましょうっ(はぁと)」
 なぜか「カゲキに行きましょう」の部分だけ、妙に言葉が弾んでいる。
 言いながら自らが背負っていた長い筒状の包みを解き始める。
 中から出て来たのは、バズーカなどと言うには生温い、個人操作用の対戦車ロケット砲。
 それをスチャッと構えると、照準スコープを覗き、呟く。
「Ready...」
「ちょっと待ったぁ!!聞いてなかったのか?この向こうには、高宮が……」
 思わず叫ぶ大貴。だが理はどこ吹く風のように。
「だ〜いじょーぶです。火薬は調節してます。ヘマはしませんよ」
 言い放つと、問答無用で扉に向かって、引き金を引く。
「Fier!!!!!!!!!!」
 刹那―――凄まじい大爆発と警備室へと吹きぬける突風が巻き起こる。
 一瞬、意識が飛ぶ飛鳥夫妻。
 だが理は何も無かったかのように前に進む。
 硝煙の香りの中、ぶち壊れたドアをくぐり、無遠慮に警備室の中へと入る理。
 警備室の中では警備員たちがぜいはぁと呼吸を繰り返し、硝煙を嗅いでむせている。
 喘ぎと咳の入り交じる中、理は他の警備員と同様に苦しんでいる制服婦警の横に座り、その背中をさする。
「大丈夫?母さん」
 言われた制服婦警―――リナは、呼吸を整えてからゴキン!とゲンコツで理の頭を打ち据える。
「あぃたぁっ!」
 頭を押さえる理。リナは息子に怒鳴る。
「なんてコトすんのよ!一面の花畑でお父さんが河の向こうに立っているのが見えたわよ!」
「ご、ごめんなさいぃっ!でも、だってぇ……」
「でも、だって、じゃありません!!まったく!」
 言って、リナはきゅっと息子を抱き締める。
「まったく、もう。この子は、無茶をして……。でも、ありがとう」
 自分が敵の罠にかかって危なかった事は理解できている。
 その罠に理は風穴を開けたのだ。
 それを思うと、息子の成長が愛しくて、礼を言いたくてたまらない。
 端から見ても、そんなリナの様子が、手に取るように解る。
 飛鳥夫妻はほほえましそうに、親子の様子を見つめていた。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
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