Report 8 集う新世代


 13時。アロマランド第一入口。
 チケット売り場の前に立つ雅貴。
 その彼を少し離れた電柱の上から見守る少女が一人。明日香だ。
 明日香は聖ポーリア中等部の制服に身を包み、じっと注意深く様子を覗う。
 アロマランドは以前に来た時よりもなお、のどかな雰囲気。
 だが、明日香は感じ取っていた。このテーマパークが醸し出すのどかさの裏に潜む微妙な悪意を。
 以前に雅貴とここまで来て。その時は気分が悪くなって、この場を離れた。
 だが、今は離れる訳には行かない。
 明日香には解っていた。あの時この場を離れたのは、このテーマパークに潜む悪意を感じたから。
 パークを一瞥しただけでは解らないその悪意は、以前に明日香が傍目から見たよりも、なおも大きく膨れ上
がっているようにも思える。
 背筋に寒いものを感じ、顔をしかめる明日香。
 その眼差しはすかさず雅貴の方へと向いていた。
(雅貴さん……気をつけて下さいね……)
 心の中でそう呟きながら。明日香は必死になって、祈っていた。
 どうか―――どうか、すべてが上手く行きますように、と。
 プロフェッサーの魔の手が、自分の大切な人たちを傷付けてしまわないように、と。

 第一入り口・チケット売り場。
 その前に立つ雅貴は、チケットの売り子をしている女性に声をかけられた。
「なにかご用ですか?」
 その言葉に振り向く雅貴。表情に笑みを作って答える。
「いえ。特には……」
 言ってふたたび周囲を見回す。すると、再び売り子が言う。
「ひょっとして、あなたがアスカ3rd?」
 その言葉に。驚いて振り向く雅貴。
 チケットの売り子は、雅貴に封筒を差し出して。
「今朝、女の子がここに来て『ここにアスカ3rdがやって来たら、ここのチケットをこの封筒と一緒に渡して
 欲しい』と」
 売り子の差し出す封筒とアロマランドのパンフレットとチケットを受け取る雅貴。
 ついでに尋ねてみる。重要な事だ。
「その子……どんな特徴を持ってましたか?」
 すると売り子。少し考え込むような格好をして、言う。
「そうですね。赤いコンタクトをしてましたよ」
 売り子の言葉に、雅貴の表情が険しくなる。
 気がつけば、ぽつりと呟いていた。
「プロフェッサーの奴……どこまで……!」
 怒りのあまり、言葉が最後まで出て来ない。
 どこまで―――ルージュの名を貶めれば気が済むのか。
 心の中でそう叫ぶと、チケットを手の中でグシャと握り締める。
 雅貴は売り子に礼を言うと、注意深く封筒を調べ始める。
 手触りに妙なものは感じない。
 耳を近づけるが、妙な音はしない。また、振ってみる。これもまた、異常は無い。
 日に透かしてみる。不審な影が映ったりはしてない。
 鼻を近づけて匂いをかぐ。妙な異臭や火薬の香りも無い。
 封筒を注意深く開ける雅貴。
 中を覗き込む。そこには真っ白い便箋。
 他には何も無い。
(開けたら爆発……とか怪しい白い粉が……とか、ちょっと疑ってみたが)
 心の中で呟いて、便箋を取り出し、開く。
 そこに書かれてあった内容は、以下のようなものだった。

 『親愛なる宿敵 アスカ3rdへ

   今回の取引については、アロマランド内にて執り行いたく、ご招待差し上げる。
   ついては、以下の場所へ来られたし。

              セント・エルモのガラス宿
                                         』

「セント・エルモ、ガラス……?」
 チケットと一緒に渡された、アロマランドのパンフレットを開く雅貴。
「ガラス宿……か」
 ガラス。ガラスの建物というのなら、このアロマランドには多い。
「カフェテラス……中央タワー……」
 カフェテラスや中央タワーもガラス張り。
 しかし雅貴の目は、それらには止まらなかった。
「ガラス工房……ランドホテル……ホテル横は、双子の温室か……それから、線香広場……」
 渡されたチケットを使い、アロマランドの中へと歩を進める。
 一方で雅貴の様子に気付き、明日香はゲートの上へと飛び移り、上空から雅貴の後を追う。
 アロマランド内を走る雅貴。
 一方で明日香は、近くの植え込みの影へと降り立つ。
 着地した瞬間、足が捕らえる奇妙な鈍い感覚。
 足元を見る明日香。
 そこには、人が背広姿で二人倒れており、明日香はその上に着地していたのだ。
「え?ちょ、大丈夫ですか?」
 慌てて倒れている二人から飛び降り、声をかける。
 だが明日香の呼びかけに二人組は応えない。
「…………?」
 不審に思い、背広姿二人組のうち、一人を起こす明日香。
 男性だ。眠っている。
 もう一人の方も、同じように夢の中へと足を踏み入れているようだ。
「これって、どういう事?」
 不審に眉根を寄せる明日香。
 その時。抱き起こしていた男が着ている背広のポケットから、黒い手帳がぽろりと零れ落ちる。
 手帳を拾い上げる明日香。
 黒い手帳には鮮やかな金色で、日本警察のトレード・マークである桜の代紋と『県警』の文字。
 明日香は嫌な予感がして、手近なアトラクションの屋根の上に飛び上がる。
 そこからゆっくりと周囲を――周囲に散らばっている捜査官達の様子を――伺う。
「――――!!!」
 その有様に、思わず息を呑んでしまう明日香。
 なぜか?それは、アロマランド内に張り込んでいるはずの捜査官達がすべて眠りこけていたため。
「こ、これって……」
 口に手を当てる。驚きを隠せない。
「まさか、あたしたち、とてつもなく大きな罠の中に飛び込んでる?」
 この状況はどう見てもその通り。
 そして、状況を分析すれば、その罠を仕掛けた人間も予想がつく。
「やっぱり、コレはプロフェッサーの……いけない!」
 慌ててある事に気付き、周囲を見まわす。
 捜査官達が倒れている事に気付き、雅貴を見失ったのだ。
「し、しまった……我ながら、何てマヌケな」
 思わずジト汗を浮かべてしまう。
 だが、そうしていても事態は解決しない。
 これまでの経験から、明日香はその事をよく知っている。
 まずは頭をひねる明日香。
 脳の引出しを必死に漁り、自分の記憶から雅貴が行く場所の手がかりを取り出そうと考え込む。
 そして。先ほど雅貴が呟いていた言葉にすぐ思い当たった。
「セント・エルモのガラス宿……」
 再び中に舞い、アロマランドの案内板の前へと降り立つ明日香。
 じっと案内板に掲示されているアロマランドの見取り図を見つめる。
 だが、すぐに解った。ニッと笑みを浮かべる。
「そっか。あそこだわ」
 そして明日香は走り出す。愛しき人たちを守るために。

「出動中……ですか?」
 理は肩透かしを食らわされたとでも言うように、気の抜けた表情をする。
 ここは聖華市にある県警本部受付。
 受付に座っている婦警は、頷きながら言う。
「はい。高宮警視をはじめとする捜査2課及び3課の皆さんは、現在捜査のため出動中です」
 彼は少し頭を掻きながら。
「ふぅん……で、どこに?」
 尋ねるが、婦警は首を横に振りながら。
「残念ながら、現況の捜査に関する事はお答えできません」
 と答える。理はにっこりと笑って。
「ま、そりゃあそうですよね。すいません、無理な事を尋ねて。ありがとうございました」
 言いながら、受付を離れる。
「やれやれ。S.E.P.の身分って警部以上じゃないと効かないしなぁ……」
 思わずぼやきながら、ゆっくりと警察本部ロビーを見まわす理。
 すると目に飛び込むのは、県警察案内のための広報コンピューター。
 銀行のATMのように画面は机状になっており、タッチ・パネルの入力方式をとっている。
「あったあった」
 にっこり笑うと、端末へと近づく理。
 コンピューターの両側には、仕切壁。ご丁寧にもカーテンまで常備されている。
 理は迷わずにカーテンを使い、端末コーナーを小さな密室にする。
 懐からS.E.P.に所属する全ての捜査官に渡されるハンドヘルドPCを取り出して、入力パネルの上に置く。
 するとパネルがブラック・アウトし、代わりに理の持つハンドヘルドの液晶画面に同様の画面が浮かぶ。
 それを確認すると、理はハンドヘルドPCのキーボードの右下隅にある小さいボタンを押した。
 同時にキーボードの横からアライタス(マウスの代わりにハンドヘルドPCを動かすための小さなペン)が
飛び出す。
 それを使い、PCの液晶画面に大きく『S』『E』『P』と、一文字ずつ書いていく。
 すると、パスワード入力のウィンドウが。
 今度はキーボードを操作して、パスワードを入力して行く。
 パスワードの入力・実行。同時に液晶画面がブラック・アウト。
「よし!」
 ガッツポーズの理。
「新支給のモバイル、上手く動いてるな」
 その言葉の間に、ハンドヘルドPCに浮かぶ画面。
『ようこそ、SEP・高宮理捜査官。質問の内容をご入力下さい』
 それを見て、理はすぐさまキーボードを打ち込む。
『現在出動中の聖華市内における警察の任務内容について』
 すると、すぐにハンドヘルドPCは返事を返してくる。
 画面に浮かぶ、現在出動中の部署。
 その中にはリナの率いる捜査2課の情報もあった。
 すかさず理はアライタスで画面をタップ(軽く叩く事)し、捜査2課の情報を引き出すように指示する。
 すると出てくる、担当事件の情報と捜査先。
「えっと……?誘拐事件。出動先はアロマランド、か……」
 そのまま理は誘拐事件に関する詳細な情報を引き出して、頭に叩き込んでいく。
「なるほど。誘拐されたのは飛鳥探偵の娘さんか。それで、今は取引の真っ最中……」
 大体の状況を把握し、理はハンドヘルドPCと警察端末の接続を切る。
 ブラック・アウトするPC画面。回復する広報コンピューター画面。
「よし!」
 理は不適な笑みを浮かべると、ハンドヘルドPCを自分の懐に収め、一気にカーテンを引く。
 そして警視庁で受け取った筒型のケースを担ぐと、不適に笑い、歩き出す。
 行き先は、アロマランド。
 彼はさっそく事件の渦中へと自ら進んで足を踏み入れようとしていた。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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