Report 5 出会いの追憶


 新たなる足場は、なかなかに好調だ。
 プロフェッサーは、それを思わずにはいられなかった。
 ただ一つだけ気になる事があるとするならば。
「アスカ……3rd……」
 この運命の輪の中で、おそらく彼がもっとも『異質』たる者ではなかろうか?
「馬鹿げている……全くもって、馬鹿げているな。『怪盗』と『探偵』の間にある『愛』の結晶だと?」
 運命の輪を。この永遠とも言える歴史の輪廻を。
 神が徒に用意した、人間には残酷すぎる巡り会いの皮肉を。
 彼だけが終わらせる事ができるとでも言うのか……?
「馬鹿げている。全くもって、馬鹿げている」
 プロフェッサーは、愛用のロッキング・チェアに座る。
 いつだったろうか。東南アジアにある今はもう無い提携組織を視察に行った時の事だ。
 幹部になったばかりの時、初めての稼ぎで母にあげたものと、同じタイプのチェア。
 それを思い。そして、フッ……と、笑った。
「馬鹿げている。全くもって、馬鹿げている」
 それは、誰に向けた言葉だったのか。
 言いながらロッキング・チェアを揺らすプロフェッサー。
 目を閉じてみる。思い出す。あの喧騒を。
 いつしか彼の記憶は、遠いあの日への追憶を映し出していた。

 このチェアを買った時。その横に、小さな少女がいた。
 その少女にプロフェッサーが視線を向ける。
 すると少女は、びくりと震え、喧騒の奥へと消えて行った。
「………」
 ついに子どもにまで、逃げられるようになったか。そう、自嘲した。
 だが。何故か少女は戻って来た。その手に一輪の小さな小さな白い花を携えて。
 少女はそれをプロフェッサー―――いや、当時は『タイム』と言うコードネームしか無かった―――に手渡
すと現地語でこう言った。
「おにいちゃん、やさしそう。だから、これ、あげる」
 その言葉に。タイムは衝撃を受けた。
(やさしそう……?この、私が……)
 呆然としたままのタイムの手に、少女は半ば無理矢理花を握らせる。
 そして、少女はそのまま喧騒の中へと消えて行った。
 入れ替わりにやって来たのは、提携先の組織の男。
 男はタイムの持つ花を見て、ニヤリと笑い、言う。
「ほう。こりゃまた、風流なものをお持ちで」
 その言葉に。タイムはいぶかしげな表情を男に向ける。
「……これが何か、知っているのか?」
 尋ねるタイムに、男は多少下卑た笑みを浮かべて問いに答える。
「そいつは、この国独自の香草ですよ。なんでも珍しい種で、この国の北部山岳地帯にしか生えていないそう
 ですよ。名は確か……カリン。この国の言葉で『聖なる若き芽』と言う意味です。カレーに入れると、甘み
 の入った一風変わった味になり、うまいですよ」
(聖なる若き芽、か……)
 心の中で呟くタイム。だが、すぐさま。
「ふん。くだらん」
 放り投げようとした。だが……なぜか、放れなかった。
 そっと胸ポケットに花をしまう。
「おや、お優しい。とても『ハーブ・コネクション』の幹部とは思えぬ……」
「黙れ」
 呟きと共に、男に苛烈な視線を投げる。
 男に向けたのは、視線だけではない。目にも留まらぬ速さで、デザート・イーグル銃の銃口も。
 すでにスライド済み。引き金さえ引けば、撃てる状態だ。
 男は半分顔を蒼くしながら、引く。
「は、は、は。冗談ですよ、冗談。ヤだなぁ……」
 タイムは銃口を引っ込め、上着下のホルスターに銃をしまう。
「何を誤解したのかは知らんが、ちょっとした土産の付属物と思えば、邪魔にはなるまいよ」
 ポツリと言う。ちょっとした気紛れだった。少なくとも、この時点では。
 もう二度と会わぬ少女の面影と共に、この花を抱くのも面白い。そう思ったのだ。
 だが、タイムは今一度、その少女と巡り会う事になる。
 それは―――その日の夜に案内された裏の売春宿での事だった。
 売春宿。つまりそれは、欲望に歪んだ恋や愛を金でやり取りし、欲望の受け止め口となる場所。
 先進国でも、バカげた欲望のために法を犯して、嘘の恋や愛と欲望のハケ口を売り歩く者がいる。
 いわんや―――この国では。まだ、それを違法とするまでの法の整備はされていない。
 ましてタイムがいるのは、犯罪組織が経営する宿である。
 借金のカタだのと言うのはよくある話。中には旅行者や誘拐された少女をそれと知りながら買って、無理矢
理にそうした仕事をさせている宿だって存在している。
 悲しい現実と言えばそれまでだろうか?少なくとも、その恩恵に預かるものは少なくはないだろう。
 普通の人間なら目を背けたくなるような現実の中を、タイムは何も感じずに歩く。
 そうしなければ生きていけない。それがタイムの生きる世界だし、今までもこれからもそのように生きるの
だろう、きっと―――。
「ココが我が組織が世界に誇る売春宿です。0歳から100歳まで、お好みのコがいますぜ」
 案内の男がニヤニヤと笑いながらこの場を紹介する。
 タイムは苦笑し、ぽつりと呟いた。
「呆れたジョークだ。いくらなんでも、そんな……」
 すると男。チッチッチと人差し指を振り振り。
「コネクションのお偉いさんとも思えねぇ言葉ですねぃ。ニーズはありまくりですぜ?特に最近の流行りは」
 そこまで男が言った時。大きな壷の割れるド派手な音と、横からムチのピシリッと言う音が響いた。
 現地語の怒声が飛ぶ。
「何をやってんだ、このスットコドッコイ!!オシメも取れねぇチンクシャのクソガキが!!」
 声と共に、何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」と言う少女の哀願の声が響き、その合間に鞭が肌を打つ
音が少女の声よりも大きな音で轟く。
 小さく響く声には―――覚えがあった。
 おもわずタイムは、声のした方に振り向く。
 そこには昼、タイムにあのカリンと言う香草の花を渡した少女が、鞭に打たれ必死に耐えていた。
「昼は昼でカモを引っ掛け損ねるしな!!もう少し言い方ってモンを考えやがれ!!」
 鞭を振りかざす男。筋肉質の大男で、どう見てもサディストな笑みを浮かべている。
 一方で少女は許しを乞うように目を潤ませて脅え、震えているのだから始末が悪いと言えば悪い。
 タイムはその場を通り過ぎようとした。だが。
 ぴゅうっ……ピシッ……。鞭の音。そして「ぴぃっ」と泣く哀れな少女。
 タイムの心に、少女の笑みと言葉が蘇る。
『おにいちゃん、やさしそう。だから、これ、あげる』
 先程の大男の言葉から。きっとアレは、自分を引っ掛けて何か巻き上げようとするふざけた『商法』のカモ
にしようとしていたのだろう。それは解る。もし引っかかったとしても、返り討ちに遭わせる自信もある。
(そうだ。そういう世界なんだココは。だから、あの娘がどうなろうと、俺には関係ない……)
 それなのに、ただ、あの笑みが。タイムの頭から離れて消えない。
 ちっ……と。舌打ちの音が、タイムの中で小さく響いた。
 踵を返すと大男に近付き、さらに振り下ろそうとされる鞭を持つ手をむんずと掴む。
「おい。もう、やめてやれ」
 その言葉に、タイムの方を向く大男。
「あぁ?客か?部外者がよけーな口出しすんじゃねーよ。どーせ、お前もこいつらを『買い』に来たんだろが。
 どーせ俺タチと同じ穴のムジナだろ?お高くとまんじゃねぇ!!」
 大男は空いている方の手でタイムの腹を殴ろうと狙う。
 だが、その手はスカッと空を切った。タイムは男の手が動いたと同時に地を蹴り、ちょうど男の上に逆立ち
になる形で回転したのだ。そして一気に体を倒しながら捻りを入れ、男の脇腹に両足蹴りをお見舞いする。
「ぐがぁ!!」
 吹っ飛ぶ男。案内役の男が駆けてくる。
「ミ……ミスター・タイム!!何か無礼でもありましたか!?」
 タイムはそれには答えず、少女の前にしゃがみこむ。
「……立てるか?」
 少女に尋ねるタイム。だが、少女は呆然とタイムを見つめるのみ。
 タイムは少女に手をさし伸ばし、そして立たせてやる。
 その時。
「このヤロォ……舐めたマネしやがって!!」
 大男が立ち上がる。それをタイムの肩越しに見て、脅える少女。
 タイムは少女にそっと笑いかけてやると、筋肉の山のように迫る大男の鎚の如く振り下ろされる腕を、あっ
さりと左片手で受け止める。
「力量は良く見て、ケンカを売った方がいいよ……」
 そのまま男の懐に踏み込むタイム。
「少なくとも、俺は……売春宿で用心棒にしかなれない君よりかは……」
 ドゴォッ!!と、ド派手な音が響いた。
 案内役の男の横をひゅっと風が吹きすさぶ。そんな感覚。
 案内役が振り向くと、そこには用心棒の男がタイムがいる位置と対称的な位置にある壁にめり込んでいた。
「強いつもりだ……聞いてないか。これでもダテに幹部じゃないんでね」
 不敵な笑みを浮かべ、再びタイムは少女の前にしゃがみこむ。
 安心させるように笑みを浮かべ少女を抱き寄せる。
 体を硬くする少女。その顔を、姿をよく見れば、幼さの残るどころか。まだ完璧に幼い。
 おそらくは10歳程度だろうか。いや、下手をすればそれにも満たないかもしれない。
 少女は目を潤ませ、タイムにぎゅっとしがみつき。目を閉じて体の力を抜く。
 そして10歳程度の少女にしては、妙に艶めかしい仕草で、タイムの体にしなだれかかる。
 少女の仕草に、真剣と言えばあまりにも真剣な驚きと哀しみ表情を浮かべるタイム。
 そこに案内役の男が近付いてきて、言う。
「困りますよ、ミスター。いくら、組織が仕切っているとはいえ、こんな往来で……」
「誤解するな。ちょっと確かめてみただけだ」
 男の言葉を、タイムは冷ややかな声で遮った。そして、続ける。
「確かに。キミの看板に偽りはないようだな。0歳から100歳まで……か、まったく」
 その冷ややかな言葉の裏に、確かに潜む炎。それが彼の口調を多少苦々しいものに変えていた。
「見事だ。見事だよ、その呆れた誠実さ。コネクションにはそう伝えておこう」
 すると案内役の顔に笑みが浮かぶ。そしてタイムに向かって。
「そ……それはありがたい!!」
 頭を下げた。実は犯罪組織にとって一番重要なのは、組織同士における誠実度であった。
 犯罪組織が誠実とは笑うだろう。だが、犯罪と言う一番危険で不確定なものを扱う以上、互いの信頼がもっ
とも重要な意味を持つ。契約と言う上での信頼。商売と言う意味での信頼。一番冷たいビジネスライクな世界
だからこそ、冷たい方程式の上での信頼が必要になる。
 それを力ある上の組織に伝えてくれると、タイムはそう言っているのだ。
 これを足がかりにすれば、案内役が所属する組織はさらに上へとのし上がる事が出来る。
 もちろん、案内役の地位も向上するだろう。
 喜ぶ案内役に、タイムは言う。
「その代わり、と言う訳ではないが……」
 その時。用心棒の男が再び立ち上がる。
「こんの……」
 すると、案内役。用心棒に叫ぶ。
「おやめなさい!!」
 そして用心棒に何やら耳打ちする案内役。
 どうやら、タイムが上位組織の人間である事を教えているらしい。
 用心棒は不承不承ながらも、すごすごと引き下がり、別の売春宿へと足を向ける。
 どうやら用心棒を掛け持ちしているらしい。
 一方で案内役は、手もみしながら言う。
「で……お話の続きは何でしょうか?」
 タイムは手をぎゅっと握り、少女を抱き締める。
「この娘だ。この娘を……」
 タイムの言葉を聞き、案内役は多少卑し目の笑みを浮かべて言う。
「はいはい。その娘と一晩を……。いや、構いませんがね。コネクションの幹部のあなたになら、そんなガキ
 ではなく、もっと上玉のカワイコちゃんをお世話して」
「違う!!」
 タイムの鋭い叫び。案内役はビクッと身を震わせる。
 少女もまた、身を震わせた。タイムの叫びに脅えたのだ。
 タイムは少女をぎゅっと抱き締める。
「違う……この娘を……この娘を、引き取りたい」
「なんですとっ!?」
 悲鳴の如き叫びを上げる案内役。それほど意外だったらしい。
 タイムは。少女を抱きながら、泣いていた。
 もしくは……幼い頃に生き別れた妹を、少女の中に見ていたのかもしれない。
 いや、たぶんそうなのだろう。きっと。
 だがその時は。ただ純粋に、この少女をこの劣悪な環境から救い出してやりたいと思った。
 案内役の男の言葉が響く。
「ただの同情や哀れみならば、おやめなさい。飽きたからまた当方で引き取るなんてヤですよ」
 男の言葉に。タイムは再び苛烈な視線を向ける。
「……ココは売春宿だろう。当然、身請けも構わぬはずだ。むろん、呈示の料金を払う。そうすれば、お構い
 なしでこの娘はここから出られる。そうだな!!」
 身請け。つまりタイムは、この少女を文字どおり『言い値で買う』と言っているのだ。
 案内役の男は呆れたように。
「そりゃ、まぁ。構いませんがね。その娘はこの売春宿で産まれた孤児ですぜ。父親は誰だか知れねぇし、母
 親はそいつ産んですぐに死んじまった。ましてやその娘自身、どんなビョーキを持ってるか……」
「能書きはいい!!値段を呈示してみろ!!!」
 彼にしては珍しく、声を荒げてしまう。
 案内役の男は呆れてポケットから電卓を取り出し、金額を呈示する。
 ソレは……この国の男たちが一生をかけても稼げるか稼げないか。それほどの額だった。
 先進国の人間でも、払えるわけがない。それほどの額。
 そして案内役は言う。
「今は見ての通りのチンクシャなガキですがね。こういうのが将来大化けする可能性だってある。標準ですよ
 ヒョージュン。これだけの金を出してくれりゃ、引き取らせてあげてもよろしいですよ?引きとって、小間
 使いにしようが、性奴隷な肉人形にしようが……」
 これ以上の戯れ言にはバカバカしくて付き合っていられない。
 タイムは額を聞き、無表情で小切手帳を出すと、スラスラと額を書き出した。
 そして、もう1枚。
 2枚の小切手をぴっと小切手帳から剥ぎ取ると、タイム。案内役の男にそれを差し出す。
「スイスの某ナショナルバンクの小切手だ。これで文句は無いだろう。もう一枚は、お前の小遣いにでもする
 がいい」
 男は呆然としながら小切手を受け取り、金額を見てヒェッと息を呑む。
 「小遣いにするがいい」そう言って渡されたもう一枚の小切手の額は、$500,000とあった。
 日本円に直したって、とんでもない大金になる額である。
「りょ、りょ、りょ……!!了解しましたぁっ!!」
 男は叫ぶと、そのまま売春宿の元締めの元へと飛んでいく。
 その男の背中に、タイムは言葉を投げかける。
「おい!!私はホテルにいるからな。お〜〜い……」
 その言葉が聞こえたかどうか。一目散な案内役の男。
 タイムは少女に向き直り、尋ねる。
「お前……名前は?」
 すると少女。首を振り、言う。
「なまえ……ない。みんな『ろうる』って呼ぶ」
 ロウル。頭の中でタイムはその言葉を訳してみる。塵、ゴミ、カス、無用のもの……。
 どう訳しても、ロクな意味にならない。
「他に呼ばれてないか?あだ名でもなんでもいい」
「えっと……『ふぁーらうだ』って……」
 ファーラウダ。どうでもいい奴。誰でもない奴。名無し……。
 タイムは頭を抱えた。そして、少女の頭にぽんと手をやる。
「まず、お前にきちんとした名前をあげなくてはならないようだな」
 そして、ふと視線を落とす。そこには昼間、少女に貰った白い小さな花が誇らしげに咲いていた。
「カリン……聖なる若き芽……」
 その呟きに。少女は首を傾げる。
 タイムは少女の目を見て、そして、ぎゅっと抱き締めて囁いた。
「お前の名前は……そうだ。カリンだ。お前の名は、カリン。この私、タイムの一番の部下にして、右腕たる
 もっとも信頼の置ける確実たる最高の部下、カリン。お前は、カリンだ」
「カリン……」
 囁かれた自分の名に、ぱちくりとする少女。
 だが、すぐ嬉しそうにはしゃぎ、自分の名を連呼してタイムに抱きつき、叫ぶ。
「カリン!!カリンだ!!カリン!!あたしの、あたしだけの名前!!カリン!!ありがとう、お兄ちゃん!!」
 ぎゅうっと抱き締められるその感覚を、少し心地よく思いながら。タイムは言う。
「お兄ちゃん、じゃない。言っただろう?私の名はタイムだ。お前の上司だからな。タイム様と呼ぶんだ」
 その言葉にカリンは嬉し涙まで流して応える。
「はい!!タイム様!!」
「お前はこれから学ばねばならない事がたくさんあるだろう。カリン。私の期待に応えてみせろ。お前が私の
 一番の部下。そして右腕たるに相応しい人間だと言う事を、見せてやれ!!」
 嬉しそうに言うタイム。そんな彼の言葉の意味もまだ知らない幼いカリンは、元気よく応えた。
「はい!!タイム様!!」

 ふと。電話の音がプロフェッサーの追憶を遮った。
「お……っと。いかんな……」
 レトロなベルの音に誘われ、受話器を取るプロフェッサー。
『プロフェッサー。シークエンス・ワン。終了しました』
 電話の相手はカリン。もはや追憶の中の幼い声ではない。
 紛れも無く―――彼の右腕として組織内では次期コネクション幹部候補の声も高いカリンだ。
 プロフェッサーは労うように言う。
「ご苦労。では引き続き、シークエンス・ツーの準備を」
『そうおっしゃると思いまして。準備は既に完了しています、プロフェッサー。あとはご命令を待つだけです
 よ。さぁ……』
 うきうきしたカリンの声。プロフェッサーは嬉しそうな表情を見せる。
 あの時の自分らしくも無い選択が正しかったのか。ある意味で、それを迷った時もあった。
 だがそんな時も。カリンの声は紛れも無く自分を救ってくれる。
 だが、プロフェッサーはそれをおくびにも出さず、言う。
「よくやってくれた。では、シークエンス・ツーを発動させよ」
『了解いたしました。プロフェッサー』
 電話を切ろうとするカリン。だが。
「待て」
 プロフェッサーがそれを押し留めた。
 不安になるカリン。自分がなにかミスをしただろうか?
 だが、プロフェッサー。愉快な声で言う。
「夢を見た。昔の夢だ……」
『は、はい……』
 戸惑いながらも、カリンは真剣に聞く。
 なぜなら、自分はプロフェッサーのためだけに。
 組織『ハーブ』のプロフェッサー・タイムのためだけに存在しているのだから。
「カリン……初めて出会った時のように……呼んではくれないか?」
『プ、プロフェッサー……何を……』
「頼む」
 真剣な口調。それにカリンも気付く。
 あの時の事が互いにとって最も重要な思い出であり原点。
 それを確かめるように、カリンは言葉を紡いだ。
『はい、タイム様』
 優しい声。涼やかな声。あの時と何も変わらない。
「頼んだぞ、カリン」
『はい、タイム様』
「お前は私の一番の右腕……最高の部下だ……」
『はい、タイム様』
 そして、元気よく。何も変わらない。何も―――。
「共に運命と言うヤツに一泡吹かせてやろう!!」
『はい!!タイム様!!』
 そして、プロフェッサーは電話を置く。
 一人、呟いた。
「運命よ。そして、神よ!!貴様をこのまま笑わせはしない……!!例え貴様に弄ばれようとも、必ず私は貴様に
 一矢報いてやる!!アスカ3rd.……思い知れ、運命の皮肉を。我ら一族が辛酸を舐め続けるに追いやられた、
 この、運命の皮肉を今、貴様にも味あわせてやろう!!」
 そして、笑う。
 一人の男の漆黒にして貪欲な執念は、今。
 聖華市をじわじわと侵蝕しようとしていた。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
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