Report 3 怒りの少女・紅の鳩


 『飛鳥大貴 様

   ただいま当方にて、羽丘恋美嬢をお預かりしております。
   御返却に際しましては、ある種の条件を提示させていただきます。
   その際の直接交渉人としましては、飛鳥雅貴様を指名いたします。
   彼以外の人物とは交渉の余地はありませんので、悪しからず。

   なお、この取り引きに際しまして警察の介入など、当方の指定とは
   異なる状況と相成った場合、御令嬢におけます生命の保証は無いも
   のと、ご理解いただきます。

   では、連絡は後程、御宅へ電話で取らせていただきます。

                    怪盗 Rouge Pigeon 〜 紅鳩 』

「違う!!こんなの……!!」
 そこまで叫びかけ、思わず口を両手で覆う明日香。
 だが、幸いにも。それが聞かれる事は無かったようだ。
 飛鳥家の面々は明日香の反応に気付かずに言い合いを続けている。
 一時ほっと胸をなで下ろすが、それどころではない事も解っている。
 伊達メガネにそっと手をやり、心の中で呟く。
(ルージュのニセモノ……?しかも、恋美ちゃんを人質に……!!)
 紙を握る手に力が入る。
 意識するとしないとに関わらず、表情が険しくなっていく。
 震える奥歯がギリリッ……と音を立てた。
「許さないっ!!」
 その叫びは、もはや呟きのレベルを超えていた。
 怒りが理性を超え、瞬間的に明日香を叫ばせていたのだ。
 いきなりの言葉に思わず振り向く雅貴。
「明日香ちゃん?」
 少し意外だとでも言うような響き。
 明日香が雅貴の前でここまで感情を剥き出しにするような事は、今までなかった。
 雅貴としては、今更ながらに彼女の意外な面を見ての驚きだったのだ。
 それに気付いて、明日香は慌てて取り繕う。
「だ、だってそうじゃないですか!!いくら雅貴さんにかなわないからって……!!」
 当然の事ながら、明日香の怒りはそういうところから発されている訳ではない。
 自分の名前をかたられ、よりによって自分の親友をさらわれている。
 明日香自身が一番傷付けたくないと思う人たちを、他ならぬ自分の名前をかたられて傷付けられている。
 その事実が彼女の逆鱗に触れたのだ。
 それに……。
 せっかく雅貴に「もうルージュは出ない」と約束したのに。
(このままじゃ、誤解されちゃう……)
 心配そうに雅貴を見る明日香。
 雅貴は明日香に近付き、彼女が持っている紙をそっと取り上げて、目を通す。
 恐らくは一度見ているのだろう、本当にさっと目を通す程度。
 そして汚らわしいものでも見たように、机の上に投げる。
 明日香に視線を移し、雅貴は微笑を自らの表情に浮かべ。
「違うよ。こいつはルージュじゃない。真っ赤なニセモノだ」
 やさしい口調だった。明日香を安心させるような。
「……え?」
 おもわず呆然と呟く明日香。
 自分でも、随分とマヌケな表情をしているだろうと思う。
 だが、雅貴の述べた言葉は明日香にとってそれほどに唐突で「まさか」と思った。
 それを代弁するように、雅貴の後ろに射る大貴から言葉が飛ぶ。
「雅貴、お前さっきもそう言っていたが……根拠は何だ?」
 すると雅貴。不敵に笑い、父に言う。
「俺は……ルージュの専任捜査官だったんだぜ?解るさ」
 そこで言葉を切る。父はまだ少し不満そうな顔で雅貴を見る。
 雅貴はそれに応じ、ちらりと先ほど自分が机の上に投げた紙を見て、更に言葉を続ける。
「まず……書式が違う。文面傾向や口調も。文章のクセが全く違うんだ」
「あえて変えたのかもしれないぞ?新しい犯行を行うために」
 すると雅貴。父を睨み叫ぶ。
「んなワケねーだろ!!あいつはこんな卑怯なマネはしないんだ!!こういう事ができる人間なら、とっくにやっ
 てるハズだ!!それに、新しい犯行を行うのになんで書式を変えるんだよ。わざわざ名乗っているのに!!」
 文面・書式を変えるのは、自分の正体を知られたくない場合が多い。
 しかしこの書状の主は、自分がルージュであると名乗っている。しかも意図的に文章のクセを似せて。
 本当にルージュならばこんな事をする必要はない。雅貴はそう言いたいのだ。
 挑むように、そして飛び掛かるかのように、父に苛烈な視線を投げる雅貴。
 大貴はそんな息子の様子を見て、小さな笑みと共に頷く。
「そうだな。見事な思考だ」
 その言葉に。雅貴は少しだけ笑みを浮かべて。
「あぁ。これでルージュの犯行である事は否定できただろ?」
 と、尋ねる。大貴は少し微笑むだけで、その問いには答えなかった。
 だが雅貴は、その少しだけの微笑みの裏にあるものに気付く。
 即ち―――そこまで読まれてさらに裏をかかれている可能性もあるし、もっととんでもない所から真実が
出て来る可能性があるから気をつけろ。
 少しだけ表情を曇らせる雅貴。心の中で呟く。
(ンな事ぁ解ってるよ……だけど……)
 ぎゅっと拳を握り締める雅貴。
 そんな彼に、明日香は何も言うことができない。
 何か言うと、ボロが出そうな気がした。
 そんな2人の心中も知らず、横から大貴の声が飛ぶ。
「ただ、雅貴。おまえの言うとおりにルージュの可能性が薄いとなれば……これは、ますます危険だぞ」
 その言葉に、芽美の体が震える。そして、大貴の言葉が続く。
「誘拐の解決は、取引現場を抑える。これは誘拐に関しての捜査活動の基本だ。そしてそのために一番有
 用な方法は……物量戦。それを一番効果的に行える組織は」
「やめて!!」 
 叫ぶ芽美。泣きそうな顔で言葉を続ける。
「本気なの?本気なの、あなた!!もしも相手を刺激したら、恋美は帰ってこないかも……やめて、あなた。お
 願い。それに、雅貴も巻き込むだなんて。後生だからやめて!!犯人はまた連絡してくるんでしょう?だった
 ら、その時に交渉人をあなたに変えてもらえばいいじゃない。それをどうして……!!」
 その叫びに。雅貴も明日香も大貴がどのような作戦を立てたのか、瞬時に理解する。
「なるほど……俺が指定交渉人である以上、俺が行かなきゃならないのは当然」
「雅貴さんが出てくることで、相手の要求を呑むように見せかけ、その実は聖華警察に雅貴さんを護衛させ
 て、取引現場に出てくるはずの犯人を確保するつもりなんですね」
 それぞれに口を開く雅貴と明日香。
 明日香は少し重いため息をついて、言う。
「オーソドックスで危険ですが、一番確実な方法です。他に方法は……無いでしょうね」
「あ!!明日香ちゃん!!何を言うの!?」
 慌てる芽美。そんな彼女を諭すように、明日香は言う。
「落ち着いてください、芽美おばさま。あなたらしくないですよ?このような卑劣な事をしでかすような連中が
 こちらからの要求を聞くわけが無いでしょう?」
 それはまるで、互いの年齢が逆転しているかのような錯覚さえ覚えさせる情景だった。
 明日香はさらに言葉を続ける。
「だだの誘拐なら、多分、飛鳥探偵の方法論で逮捕できます。飛鳥探偵は……大貴おじさまは、他ならぬ
 『あなた』が選んだ人でしょう?だから……」
 そこで芽美は明日香の唇に自分の人差し指を当て、落ち着いた表情でうなずく。
「……ありがとう。ごめんね、取り乱して。そうね。あたしが一番に信じてあげないと……」
 その言葉に。明日香はほっとした表情を浮かべる。
 娘の誘拐という非常時に混乱していた芽美の頭を何とか解きほぐすことができた。
 こうなれば、芽美は強い。芽美が夫を信じる心は、そのまま大貴の力としてフィードバックされる。
 その力が芽美により強い落ち着きと力を生み出させる。
 この夫婦は、今までそうやって生きてきた。
 明日香はこれまでの居候生活で、それを見抜き「うらやましい」とさえ思った。
 そしてちらりと雅貴を見る。
(いつか、あたしもこうなれる……かな?)
 場違いながらも多少朱に染まる明日香の頬。
 だが、すぐに気を取り直し、芽美にささやく。
「大丈夫です。雅貴さんも恋美ちゃんも、絶対に傷つけさせはしません。真の紅の鳩の。ルージュの名に
 かけて、お約束します」
 とある事件がきっかけで、芽美だけは明日香の正体を知っている。
 明日香のつぶやきを聞いて、目を見開く芽美。
「明日香ちゃん、あなた……いいの?せっかくルージュを封印したのに……」
 心配そうな芽美に、明日香はにっこりと笑い、言う。
「恋美ちゃんの命がかかってるんです。しかも、ルージュの名を出された。見て見ぬふりはできません。
 大丈夫です。影からサポートするだけですから。雅貴さんをはじめとする他のみんなには、ルージュの
 正体は判らないように、上手く立ち回りますよ。ちょっとした、ボーナスステージですよね」
 軽口を叩くような、気楽な口調で言う明日香。
 だが、それは今までの実績から裏打ちされている、確かな自信の現れ。
「ま、ど〜んと任せてくださいなっ!!」
 胸をど〜んと叩く明日香。
 その時。電話が鳴り響く。
 大貴はパソコンに接続してあるヘッドフォン形のウェアラブル端末を手にとり、叫ぶ。
「来たぞ、高宮!!準備を頼む!!」
 そう。すでに警察には話が通っており、聖華市警察捜査2課・高宮リナ警視の指揮の元、市内中に緊急
配備が敷かれている。
 ヘッドフォンの右耳あての部分から、液晶スクリーンがせりだし、そこにリナの顔が移る。
『解ったわ、アスカ。こっちの準備もオッケーよ』
 力強い声が響く。大貴が雅貴に人差し指を動かし、電話に出るように指示する。
 うなずく雅貴。
 電子音のベルが鳴り響く電話の受話器にゆっくりと手をかけ、そして一呼吸置き、持ち上げる。
 あせる気持ちを抑えつつ、雅貴はゆっくりと耳に受話器をあて、語りかけた。
「もしもし……こちら飛鳥もしくは羽丘ですが、どちらさまでしょうか?」 

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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