Report 10 転章:仕組まれた運命


「後は頼むわね、アスカ……」
 息子の肩を借りながら、リナは迎えに来たパトカーに乗り、大貴に言う。
「この調子じゃ、他の捜査官もやられてるかもしれないわ。早く雅貴くんの無事を確認しないと」
 リナの言葉に。大貴は解っていると頷く。
「あぁ。雅貴じゃあ、あいつの相手は荷が重すぎる」
 その表情には明らかな焦燥が浮かんでいた。
 パトカーのエンジンがかけられる。乗せている捜査員たちを精密検査にかけるため、これから病院へ向かう
のだ。
 当然、一台には収まりきれず、捜査員たちは数台に別れて乗っている。
 慎太郎たちも別の車。
 リナはその車の方をみて、大貴にぽつりと尋ねてみる。
「ねぇ、アスカ。『アザティロス』って薬、知ってる?」
 すると大貴。眉根を寄せて。
「薬?『アザティロス』って……商品名だな?主成分は?」
 大貴も伊達に探偵資格―――興信書士は取っていない。
 医療知識や薬学も興信書士の必須科目の一つである。
 大貴の問いにリナ。憶えている『アザティロス』の主成分を答える。
「確か、アザチオプリンとかシクロスポリン、とか書いてあったけど……」
 すると大貴。ぽんと左の手の平を右の拳で打ち、答える。
「あぁ。そりゃ、臓器移植に使われる、免疫抑制剤だな。相互併用薬剤となると、かなり重要な部位……そう
 だな。心臓や脳の移植に際して、その予後を見るために使われるシロモノのはずだ。副作用は頭痛や嘔吐。
 時折壊血症状も引き起こすらしいけど……それがどうかしたか?」
 その言葉に。リナの表情が少し硬くなる。
「ありがとう……いいわ。出して」
 後半の言葉は、運転手へのもの。
 パトカーがゆっくりと前に進む。
 大貴と芽美をアロマランドに残し、パトカー陣はその場を後にする。
 後部座席で真剣な表情を浮かべるリナ。
 その隣に座る理は不思議そうな表情を浮かべるのみだった。

 遥かな奈落。闇の底へと、パネルは雅貴を誘って行く。
 やがて。ガコンという音とともに、パネルの降下が止まった。
 上を見上げる。地下数十メートルという所か。
 地上の光が果てしなく遠く思える。
 そして―――。
 地下空間の壁面そのものが光り、周囲を照らし出す。
 一瞬、眩しさに手をかざす雅貴。
 その目の前に、白いスーツ姿の少女。
 安っぽい赤いカラーコンタクトと艶やかなショートボブの髪。
 彼女の醸し出す雰囲気には、覚えがあった。
 以前、とある事件で見た、少女のそれとばっちり一致する。
「お前……カリンだな?プロフェッサーの右腕の!」
 叫ぶ雅貴。カリンは不敵な笑みを浮かべると、肩を竦めて言う。
「なるほど。この程度では騙されないワケね」
 言いながらカリンは、自らの体を半身分横にずらす。
 カリンの後ろからぐらりと誰かが雅貴の方へと倒れ込む。
「恋美!」
 思わず叫ぶ雅貴。そう。
 カリンの後ろにいたのは、恋美だったのだ。
 カリンという支えを失い、縛られたままで床に転がされる恋美。
 だが、その体から反応は返ってこない。
 恋美は目を瞑ったまま、ぴくりとも動かない。
 雅貴はカリンを睨み、叫ぶ。
「てめぇ、恋美に何をしやがったっ!!」
 その詰問にカリンは面倒くさそうな口調で。
「別に……。騒がれると面倒だから、眠らせてあるだけよ。もうじき、目を覚ますわ」
 言いながらカリンは、懐から小さなデリンジャー銃を取り出す。
 おもわずポケットに手を入れて、身構える雅貴。
 だがカリンの銃口は雅貴に向かない。
 代わりに銃口を突き付けられたのは、恋美の頭だった。
「動かないで、アスカ3rd!こちらの指示に従わなければ、撃つわよ」
 冷ややかなカリンの言葉。雅貴は唇を噛み、動きを止める。
「O.K.それじゃ……始めましょうか。もうじきこの娘が目を覚ますから」

 明日香が『双子の温室』にたどり着いた時、雅貴は既に地下へと降りていた。
「な、何よ、この穴は……」
 塩化ビニールで作られた温室の中を、その天井から覗き込んだ明日香。
 彼女が見たものは、温室の床が抜けきっている状態。
 その最下部で淡い光が浮かんでいる。
 明日香はポケットからカードタイプのオペラグラスを取り出して倍率を上げる。
 オペラグラスを目に当てて、穴の奥を覗き込んだ。
 そこには、雅貴と恋美。そして、もう一人。
「カリン!!と、言う事は、やっぱりプロフェッサー……」
 呟く明日香。そして、カリンと雅貴の唇を読み始める。

「恋美が目を覚ますから……どうだってんだ」
 呟く雅貴。カリンは唇の端を上げ、皮肉たっぷりに言う。
「ニブいわね。この娘は、あたしをルージュと思ってるのよ?この娘が起きると共に、あなたを撃ち殺すの」
 すでに恋美には、カリンをルージュと思わせる暗示を仕込んである。
 一方で雅貴。その言葉に目を剥き、叫ぶ。
「恋美を証人にする気か!お前をルージュと思っている恋美に、他ならぬお前が俺を殺す現場を見せて、その
 罪をルージュに着せるつもりだな!?」
 雅貴の言葉にカリンは。冷ややかな笑みを浮かべる。

「なるほど。後で助けられた恋美ちゃんが『お兄ちゃんがルージュに殺された』って証言すれば……」
 明日香は呟く。誘拐犯のルージュはニセモノだと完全に主張するのは、雅貴のみ。その雅貴が殺されてしま
えば、恋美の証言とルージュを名乗る誘拐犯の出した手紙とで、本物のルージュに罪が被る。
 まさかルージュ本人が名乗り出る訳にも行かない。名乗り出ても。
「信用されないわね。『所詮は泥棒の言う事だ。罪を軽くするための嘘だ』ってね」
 呟く明日香。手をぎゅっと握る。
(ここであたしが名乗り出れば……)
 名乗り出れば。そして力を駆使すれば、恋美も雅貴も助けられるだろう。しかし。
(もう、聖華市には。雅貴さんたちのそばには、いられない……)
 そう。ルージュは泥棒。犯罪者。そんな彼女が雅貴の側にいられるはずはないのだ。
 だからこそ明日香はルージュをやめ、雅貴にその正体を隠し続けている。
 もし正体がバレた時。それは同時に雅貴の前から明日香もルージュも消える時だと心得ている。
(あたしは……)
 泣きそうな顔で、明日香は。
 まだ、事の成り行きをじっと見守っていた。

「アスカ3rd。あなたはまだ、私たちにとっては、小さな双葉にもなっていない芽に過ぎない。しかし、その
 芽は急速な成長を遂げ、大木となり、私たちの前に立ちふさがる。そしてそれは、ルージュ・ピジョンも同
 じ事。さすがに殺人犯ともなれば、今まで以上に凄まじい追跡になるでしょう。行きつく先は、無期懲役か
 死刑判決か……。これは私たち『ハーブ・コネクション』にとって、邪魔者を一気に始末する作戦なのよ」
 冷ややかな笑みを浮かべたまま、言葉を紡ぐカリン。
 そして銃口を動かしながら。
「さぁ、両手を上に挙げなさい」
 雅貴は。必死にチャンスを覗う。だが、この状況で、そんなものはありはしない。
 せめて時間を稼ごうと、ゆっくり手を挙げようとする。
 だが。カリンはそれも許さなかった。
「早くしなさいっ!!」
 銃声が地下室に鳴り響き、弾が恋美の顔のすぐ横の床にめり込む。

 明日香はカリンの銃声を聞き、体を強張らせる。
 と、同時に。かつて親友だった少女の顔が、明日香の脳裏をよぎった。
(アリシア!)
 そう。かつてアメリカでルージュの相棒として共に戦い、そして殺された親友。
 何度も何度も。アリシアが明日香の腕の中で息絶えて行く、あの瞬間が頭をよぎる。
 親しい人に先立たれる哀しみ。自分にはどうにもできない無力さ。
 自分の浅薄さ故に親友を死に追いやってしまった、自分自身への怒りと悔恨。
 銃声の聞いた一瞬に、その全てが明日香の頭の中で何度も何度もぐるぐる回る。
 気がつけば、明日香はスカートの下から、ルージュ愛用の釣竿を取り出し、伸ばしていた。
「あたしは、もう……後悔したくない!」
 そして、オペラグラスを放り投げ、自分が乗っている塩化ビニールを片手で一気に破る。
「恋美ちゃんも、雅貴さんも、絶対に殺させはしないっ!」
 みずからが破ったビニールの穴から、温室の中へと飛び込む明日香。
 中空から一気に、カリンに向かって釣竿を振る。
 と、同時に、叫んでいた。
「あたしの目の前で、もう誰も、親しい人たちを殺させはしない!カリン……あなただけは許さない!」

 ピシュ……と。上空から何かが飛ぶ音が聞こえたかのように雅貴には思えた。
 同時に拳銃を持ったカリンの腕が引っ張られるように上に挙がる。
 そこで雅貴は気付く。『引っ張られるように』ではない。『引っ張られている』のだと。
 よく見ると、カリンの腕に、ルージュの使う釣り糸と重りが巻き付いている。
 雅貴は驚き、上空を見た。人影が急速にこちらへと降りてくる。
「ルージュ!?」
 思わず叫ぶ雅貴。
 それを証明するかのように、カリンの手に巻きついていた釣り糸は、デリンジャーをも巻き込む。
 次の瞬間。器用にも、デリンジャーはカリンの手から離れ、あさっての方向に弾き飛ばされる。
「ぐっ!!」
 憎々しげな表情を、上空の影に浮かべるカリン。
 影はどんどん大きくなって行き、雅貴の前で着地する。
「あ……」
 雅貴は、目の前で着地した人物を知っていた。
 彼女はルージュの釣竿を操り、カリンの腕を捕らえている。
「明日香……ちゃん……?」
 呼びかける雅貴。だが、明日香にその言葉は聞こえていない。
 明日香はカリンをギッと、苛烈な表情で睨みつけ、そして叫ぶ。
「カリン。よくも……卑怯な!あたしの名前を騙って、よりにもよって恋美ちゃんに……よくもこんなひどい
 マネをっ!!」
 その表情には、普段の明日香からは考えられない、凄まじい憤怒の炎がたぎっていた。
 だが雅貴が更に驚いたのは、明日香自身が吐いた一言。
「……『あたしの』……『名前』……?」
 雅貴が発した呟きに。明日香は一瞬、はっと我に返ったような表情を浮かべる。
 その瞬間、明日香の操る釣竿から伸びる釣り糸が緩む。
 すぐさま糸を振りほどくカリン。
 明日香から距離を取り、叫ぶ。
「現れたわね……怪盗 ルージュ・ピジョン!」
 そのまま素早く横に飛び、デリンジャーの方へと向かう。
 明日香も慌てて釣竿を飛ばすが、遅かった。
 カリンはデリンジャーを再び構え、そして明日香を狙う。
「明日香っ!」
 叫び、明日香を庇おうと飛び出す雅貴。
「駄目、雅貴さんっ……!!」
 だが明日香は、その雅貴を逆に押し戻しながら庇い、カリンに背中を向ける。
 銃声が響く。微妙に照準がずれた弾丸は明日香を貫きこそしなかったものの、彼女のメガネを弾き飛ばす。
 そのまま床に倒れる、雅貴と明日香。ちょうど明日香が雅貴を押し倒す格好となった。
 明日香はゆっくりと腕を伸ばし、顔を上げて雅貴を見る。
 その時。小さな軽いカツンという音が響いた。
 それは他ならぬ明日香自身から、彼女がいつもしているブラウンのカラー・コンタクトが外れた音。
「大丈夫ですか?雅貴さん……」
 心配そうに雅貴に語りかける明日香。
 だが。雅貴には返事ができなかった。
 見てしまったからだ。自分が一番見てはならなかったものを。
 明日香自身の。彼女の持つ『本当の色の瞳』を。
 他ならぬ本物のルージュだけが持つ、明日香の鮮やかなダーク・クリムゾンの瞳を―――!
 雅貴の脳裏に、先程明日香が。そしてカリンが叫んだ言葉がそれぞれに浮かぶ。
『あたしの名前を騙って、よくも恋美ちゃんにこんなひどいマネを!』
『現れたわね、怪盗 ルージュ・ピジョン!』
(まさか……そんな……ウソだろ!?)
 驚愕に目を見開く雅貴。思わず震える声で呟く。
「明日……ルージュ……?」
 その時になって。明日香は始めて、メガネとコンタクトを落としている事に気付く。
 思わず両手で顔を覆い、立ち上がって雅貴から離れる明日香。
 その時。雅貴の方からカリンが銃口を明日香に向けているのが見える。
「ルージュ、後ろ!」
 思わず叫ぶ雅貴。明日香はその言葉に反応し、再び釣竿を振る。
 釣り糸と重りが即座に反応し、カリンの銃を絡め取り、彼女の手から奪い去る。
 すかさずカリンのデリンジャーを自らの手中へと収める明日香。
 紅く燃える瞳が更なる怒りに染まり、眉根が一気にぎゅっと吊り上る。
「カリン……完全にあたしを……この、ルージュ・ピジョンを怒らせたわね」
 カリンに振り向き、一歩前に進み出る明日香。
 その美しくも凄まじい怒りの表情に、なぜだかカリンは、とてつもない『恐怖』を感じた。
 明日香=ルージュの双眸が、カリンを捉える。
「ひっ……」
 知らず知らずのうちに。恐怖の悲鳴がカリンから漏れ出た。
 その時。声が響いた。
『カリン、退け』
 それはプロフェッサーの声。
 カリンは慌てて言う。
「し、しかし……」
『退くのだ。今はここまでだ』
 有無を言わさぬ口調でカリンに命令するプロフェッサー。
 これに逆らえず、カリンは「はっ」と返事をして、2〜3歩横に歩く。
 すると、カリンが歩いた場所がいきなり窪み出し、更なる地下への穴となる。
「……さっきのパネルと同じ原理か!」
 叫ぶ雅貴。
 明日香はカリンから奪い取った銃を構えて叫ぶ。
「逃すもんですか!」
 引き金を引こうとする明日香。
 それを見た雅貴。慌てて叫ぶ。
「よせ、明日香!」
 だが、明日香は迷わず銃の引き金を引く。
 弾丸はカリンに向かい一直線に進む。
 だが―――弾丸がカリンに届く寸前、ビシッとイヤな音を立てて止まる。
 弾丸が止まった場所は、細かい蜘蛛の巣のような割れ目
「な……強化ガラス!?」
 そう。既にカリンは強化ガラスの壁によって守られていた。
 床にできた大きな穴に飛び込み、この場から消え失せるカリン。
 そしてプロフェッサーの声が響く。
『どうやら、招かれざる客が来てしまったようだ。残念ながら、今日の所はここまでにしておいてやろう。だ
 が、舞台はまだまだ始まったばかり。君の名演技を期待しているよ、アスカ3rd……』
 その言葉が終わると同時に。
 ガコン!と大きな音が響き、雅貴たちのいる床がせり上がって行く。
 せり上がる床に身を任せながら、雅貴と明日香はあまりにも居たたまれない気持ちで、実際には聞こえてこ
ないプロフェッサーの嘲笑を、直に聞いているような気分だった。

 床がせり上がり、元に戻る温室。
 こうして見てみると、全てが悪い夢だったのではないかと。
 そう雅貴は思いたかった。
 だが、横にいる恋美とルージュ=明日香の存在が、そうではないと告げる。
 周囲を見回す雅貴。床の市松模様が見事に消えている。
「……例の地雷も」
 そして温室の奥を見る。先程までかかっていたプロフェッサーのメッセージは、既に無い。
「プロフェッサーのメッセージも、連中の手の者に回収されちまったか……」
 残念そうに呟く雅貴。
 その時。温室の出口から明日香が出て行こうとする。
「明日香ちゃん……?」
 声を掛ける雅貴。明日香は身を震わせて立ち止まる。
 その背中に。雅貴は問い掛ける。
「ルージュ、なのか……?」
 明日香は何も言わない。ただ、振り向いた。
 そして、振り向いたその顔の瞳だけが、全ての真実を雄弁に物語る。
 明日香の方に歩み寄ろうとする雅貴。
「………………!」
 何か言いたいのに、声が震えて言葉にならない。言いたい事はたくさんあるはずなのに。
 そんな雅貴に、明日香は何も答えない。ただ、自らの潤んだ紅い瞳で彼を見るだけ。
 そして、明日香は再び雅貴から視線を外し、身を翻してぽつりと言った。
「あたしたち……やっぱり、出会うべきじゃなかったのかもしれない……」
 そして明日香は背中を向け、あらゆるモノを拒絶するかのように走り出す。
 雅貴は。あまりのショックに、そんな彼女を引き止める事ができなかった。
 気がつけば温室の外側には、空から落ちて来た雨が、ぽつりぽつりと貼り付きだしていた。

 大貴と芽美は『双子の温室』の入り口で呆然と座り込む雅貴と、兄に抱きかかえられている眠ったままの恋
美を見つけた。
 すでに雨は土砂降りとなり、まるで天のバケツを全てひっくり返したかのような有り様。
 雅貴たちがいたのは、入り口とはいえ、温室の内側。
 芽美と大貴は雅貴たちに近寄り、言う。
「恋美!!大丈夫なの?」
 その問いに答えたのは、雅貴だった。呆然とした口調で言う。
「大丈夫……もう少ししたら、目が覚めるから」
 その息子の脱力の有り様に、大貴は雅貴の両肩をつかみ、尋ねる。
「おい、どうした?大丈夫か?何があった!?」
 その言葉に。雅貴は虚ろな目を父に向けるだけ。
 雅貴の手から母親に抱きかかえられる恋美。
 その時、恋美の目が覚める。
「あれぇ……ママ。おはよ……」
 その言葉に。芽美は瞳を潤ませて、恋美をぎゅっと抱き締める。
「え、ママ?どうしたの?」
 不思議そうに尋ねる恋美に、芽美はただ娘をぎゅうっと抱き締めるのみ。
 一方でそれを確認した雅貴は、雨の中、温室の外へと足を踏み出す。
「おい、雅貴!どうしたんだ」
 息子の肩に手を置き、呼び止める父。
 だが雅貴はその手を乱暴に振りほどく。
「一人にしてくれ!」
 そして、雨の中。さらに数歩進みながら、暗い空を見上げる雅貴。
 顔に落ちる雨に混じって、雅貴の目頭から熱くしょっぱい水滴が下へと流れ落ちる。
「サイテーだ……俺ってば、サイテーだ……」
 ぽつりと。呟き続ける。
「何が……誰がアスカ3rdだ……俺は……俺は、女の子一人も救えないじゃないか……」
 救いようの無い。弱々しく震えた、悲しすぎる声の呟きを、雅貴は繰り返す。
「なんで気付いてやれなかったんだよ。探偵だったら、気付いてやれたハズじゃないか!」
 その場に崩れるように伏せる雅貴。頭を大地に何度もぶつけながら叫ぶ。
「所詮、俺に探偵の資格なんて、始めから無かったってコトか?所詮俺は、身のほど知らずのバカヤローだっ
 てコトかよ?ちくしょう!ちくしょう!ちくしょうっ!!」
 何度もぶつけられる頭。やがて額からどくどくと血が滴ってくる。
 だが雅貴は、自らの頭を大地に打ちつけるのを止める事はなかった。
 それどころか、何度も何度も。自らに罰を科すかのように、何度も頭を更に激しく大地へと打ち据える。
「ちっきしょおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 その叫びは、どこにも届く事はなく。その疑問に答える者も無く。
 少年の慟哭は、ただ大きな雨音の中に消えていった。

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© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
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