Report 1 汝が求めるもの


「もういいよ。発表しても。もう、泣く人もいないだろ。」
 私、木山秀平は友人の飛鳥雅貴に、この話の発表をしたいのだがと何度も相談した。
 だが、彼は頑固として私の提案を聞き入れなかった。
 なぜなら、このFileは、その性質上、発表すれば間違いなく幾ばくかの波紋を広げてしまう
からである。
 それ故に、我が友はFile上の登場人物を(彼と彼の家族以外は)全て仮名にすると言う私の提案も
突っぱね、このFileの発表だけは許してくれなかった。
 それなら、発表せねばよいと思うだろう。
 だが、これはSEP飛鳥雅貴の最初の事件であり、また当時の羽丘雅貴を知る事のできる数少ない事
件のうちの一つなのである。故にこのFileは、私の中では絶対に発表せねばならないFileの一つに
数えられる。
 今回もまた、断られる事を前提に彼にこの話を持っていった。
 しかし、今回、彼はやっと私にこのFileに関する資料を渡してくれたのである。
 その時に言ったのが、冒頭の言葉。
 こうして、私は彼の最初の事件を諸君にお届けする事ができるわけだ。
 なお、前述の通りこの話は多方面に多くの波紋を投げかけるかもしれない。
 よって、我が友人とその家族、関係者以外の一般被害者の名前を仮名とする事をご了承頂きたい。
 もしかしたらご存知の方もいるかもしれない。
 あの、村上純一の事件である。誰も知らぬ所で社会を震撼させ、そして危機に陥れた男の事件。
 彼を捕まえ、そして正当なる裁きを受けさせたのが、誰あろう我らがアスカ3rdなのである。
 それでは、いつものように我が友人、羽丘雅貴の事件をお楽しみいただこう。
 私と出会う前の事件なのが残念なのだが……。


 聖ポーリア学院の礼拝堂は、学院関係者以外の者にも一般開放されている。
 で、そこに雅貴がいるのも当然と言えば当然の事なのである。
 雅貴の両親は、宗教にまったくこだわらない人間であるが一応この学院の卒業生。
 しかもここのシスターの一人は雅貴の母の親友だ。
 その上、現在ここでシスター見習いをやっている少女は雅貴の妹の先輩。
 もっとも身近な懺悔……と言うか、反省にここを利用するのも当然の事なのである。

 羽丘雅貴は、ずっと手を組みあわせて祈りを捧げていた。
 祈り……何に祈っているのだろう。
 自分は、人を追いつめて殺してしまったと言うのに。
 自分は、祈っているのではない。
 許しを請うているのだ。
 誰に?
 誰に許しを請うのだ?
 神に請うのか?
 それとも、殺してしまった相手に請うのか?
 誰に請うのだ?
 相手は犯罪者……。
 もしかしたら、その必要など無かった……いや、そうではない。
 そんなことは絶対にありえない。
 では、どうすればいいのだ。
 相手は死んでしまったのだ。
 いったい、どうやって自分は救われねばならない?
 それとも、神は、自分に永劫の闇を這いずり回れと言うのだろうか。
 答えは見つからない。
 答えは---------。

 ボムス・ボーイの一件(File1『爆弾魔の嘲笑』参照)の後、雅貴はずっと悩んでいた。
 自分の預かり知らぬ所とは言え、ボムス・ボーイを殺してしまった。
 彼が自害した事を雅貴が知ったのは、翌日の新聞によってである。
 ショックだった。はっきり言って。
 いけない事をしたが為に捕まえるのは当然の事である。
 だが、捕まえた人間が自害するとは考えなかった。
 自分が殺してしまった。
 雅貴はそう考えた。
 確かに彼がやった事は許されるべきではない。
 だが、それが彼自身に対しての憎しみには繋がらない。
 雅貴は、幼い頃から「罪を憎んで人を憎まず」と両親に教わっている。
 その教えが、今、雅貴を苛んでいた。
 結局、容疑者を追いつめて自殺させるような人間は、殺人者と変わらない。
 雅貴は、そう考えていた。
 その為に。
 雅貴は、求めているのだ。救いを。

「どうしました?雅貴君。」
 聖良は、礼拝堂でずっと祈りを捧げていた雅貴に声をかける。
「あぁ……聖良おば……いや、シスター。」
 少し疲れた声で雅貴。そして続ける。
「実は、この間の一件でちょっと。」
 その言葉を聞いて聖良。すぐにボムス・ボーイの一件と察しがつく。
「ボムス・ボーイですか。良くやってくれましたわね。みんな、喜んでますわ。」
「でも、俺はその事でみんなに心配かけて……。」
「でも、このように生きてるのですから、いいではありませんか。」
「妹も巻き込みました。」
「恋美ちゃんを救ったのも、あなたでしょう?」
「ボムス・ボーイを……追いつめて殺しました。」
「彼は、自ら生を絶ったのです。あなたが殺したわけではありません。」
「でも、殺したも同然です!」
 雅貴は、大声を張り上げて聖良の言葉を否定した。
「俺は……親父のように人を救えると思ったからこそ、探偵になりたいと思ってきたんです。でも……俺は
 奴を救えなかった……。」
 ぽつりと言う雅貴に向かって聖良。ため息を吐いて言う。
「雅貴君。人が他人を救おうなんていうのは、所詮傲慢に過ぎませんよ。」
「え?でも……。」
 聖良おばさんと母さんは、多くの人を救ったんじゃないか。と言おうとする雅貴。
 それが解るから、聖良は続ける。
「雅貴君『神は自ら助くる者を助く』と言う言葉を知っていますか?」
 無言で頷く雅貴。
「私たちがやったのは、自ら助かりたいと努力した者を助けただけ。私たちは神ではありません。」
 そこで一息つく聖良。
「いいですか、雅貴君。人は、今、自らができる事を考えて自助するものです。人はその手助けしかでき
 ないのですよ。」
 聖良の言葉はまだ続く。
「少なくとも、過ぎ去った事をくよくよ考えている事が人のなす事ではありませんわ。」
 しかし、雅貴はいまだに頭を抱えたまま迷いの表情を浮かんでいる。
 その雅貴の表情に、聖良は最後にこう投げかけた。
「雅貴君。なにも、あなたがあなたのお父様……アスカJr.になる必要性はどこにも無いのですよ。いや、
 逆にそうなっては絶対になりません。なぜなら、この聖華に同じ人間は2人といりませんからね。」
 その言葉に、雅貴の体がびくりと震える。
 心の中を見透かされたような気がした。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
禁・無断転載