Report 10 転章:天使の見ていたKISS


 美術館から近くの喫茶店で昼食。
 商店街で少しウィンドウ・ショッピングを。
 雅貴と明日香の時は瞬く間に過ぎていく。
「次、どこに行きます?」
 午後1時30分。尋ねる明日香に、雅貴。
「今度できた新しいテーマパークに行って見ようかな、と思うんだけど……」
 と話題を振る。明日香も納得したように。
「あ、アロマランドですね?今日オープンってあっちこっちでチラシ配ってました」
 雅貴は少し拍子抜けした顔で。だけど笑みを浮かべて言う。
「あ、知ってたんだ」
「でも……今から入れますか?」
 不安そうに言う明日香。だが、雅貴はにっこりと笑い、言う。
「な〜に。行けば解るさ」

 海岸沿いの道を歩く2人。
 以前礼拝堂があった場所に、ゲートが見える。そして。
「うわ……すごいですよ?これ……」
 明日香の言葉。そう。案の定、オープン当日の大行列。多くの人が待っているようだった。
「……まさかここまでとは思わなかった」
 ジト汗の雅貴。明日香は不安そうに尋ねる。
「どうします……?」
 その言葉に考え込む。
 それを横で見ながら、明日香はアロマランドの方を見る。
 その瞬間。
 背筋に奇妙な寒気を感じた。
(……え??)
 もう一度よく見る。だが、なんだかよくない。気分が……悪い。
 その場にうずくまる明日香。
 恐い。なんだか、たまらなく恐ろしい。あそこに行きたくない!!
「明日香ちゃん?」
 明日香の顔を覗き込む雅貴。だが、彼女の顔色を見て驚く。
 真っ青なのだ。
「ど、どうしたんだ!?」
 雅貴は慌てて、しゃがみ、明日香と目線を同じにして尋ねる。
 明日香はやっとの事で言葉を絞り出す。
「雅貴……さん……気分、悪い……待てない。ここから……離れて……」
 その言葉に、雅貴は頷き、しゃがんだまま明日香に背中を向け、言う。
「解った。背中に負ぶさって。急いでここから離れよう」
 明日香は無言で雅貴におぶさる。
 2人は慌てて、その場を離れた。

「あれ?」
 順番待ちの列の中。恋美は近付いてくる雅貴たちを見つけた。
 前の方には章子と美奈。3人で新オープンのテーマパークに遊びに来ていたのだ。
「お兄ちゃんたちも来たんだ……」
 だが、2人はいきなりうずくまり、明日香は雅貴に負われてその場を離れていく。
「………?どうしたんだろ??」
 駆け寄ろうとする。が、その時列が動いた。
「ほら、恋美!!行くよっ!!」
 章子と美奈に腕を引っ張られる。
「ちょ、ちょっとぉっ!!」
 抵抗の暇も与えられず、恋美はそのまま友人2人にテーマパークの中へと引きずられて行った。

 公園のベンチで。
 明日香は雅貴に差し出されたジュースを飲んでいた。
「ごめんなさい……」
 しゅんとなってぽつりと呟く。雅貴はみずからもジュースのタブを開き、頷いて言う。
「しょうがないよ。人いきれに当たったんだろ?やっぱ、さすがに、あれはまずかったな」
 その言葉を聞きながら。明日香は先程の感覚を思い出す。
(人いきれ……?そうだったのかなぁ……)
 だが、思考は完結する前に中断する。雅貴が尋ねて来たからだ。
「もう、大丈夫かな?辛かったら帰るけど……」
「そんな!!もう、大丈夫です!!」
 叫ぶ明日香。雅貴は心配そうに明日香を覗き込む。
 じっと雅貴を見る明日香。大丈夫そうだ。雅貴はそれを確認すると、にっこりと笑って言う。
「それじゃ、行こうよ。アロマランドの方にあれだけ人がいるんなら、あっちはきっと空いてるさ」
「はい?」
 明日香は顔に疑問の表情を浮かべる。
 雅貴は笑みを浮かべたままで、明日香の手を取り、くいっと引っ張る。
 思わず立ち上がる明日香。もう、顔色は元に戻っている。
 それを見て満足そうに、雅貴は行き先を告げた。
「ワンダー・ガーデンにさ」

 今回の雅貴の読みは当たった。
 ワンダー・ガーデンの客の入りは、少なかった。やはりアロマランドの方に客を取られたらしい。
 その代わり、と言ってはなんだが、ゆっくりできる。
 各種アトラクションを回る、雅貴と明日香。
 やがて、テーマパークの中心、ワンダー・キャッスルの前に立つ。
 このキャッスルの時計には、時間が来ると天使の人形が飛び出す仕掛けがあり、それをカップルで見ると幸
せになれる、と言うジンクスが存在する。
 明日香は以前ワンダー・ガーデンに行った時、恋美からその話を聞かされていた。
 そっと雅貴を見上げる明日香。
 周囲には他にも数組のカップルや子ども連れの家族がいて、キャッスルの時計を見上げている。
 やがて、時間が。
 天使の人形が時計から飛び出す。
 それを2人で見つめる雅貴と明日香。
 そして、お互いの顔を見る。互いがきちんと天使の人形を見ているかを確認したかっただけで、それが偶然
重なっただけ。
 互いの視線が重なる。その時。
 走って来た子どもが雅貴の足にぶつかる。
「わ……!!」
 バランスを崩す雅貴。
「雅貴さん!!」
 慌てて前に出る明日香。
 それはある意味絶妙なタイミングで。
 カツン、と言う音が響く。
 と、同時に明日香も雅貴も。自分の歯に軽い痛み。
 明日香は雅貴を腕と、あともう一ヶ所で支え、雅貴もまた明日香に腕を伸ばし―――。
 歯から一瞬遅れて。
 互いの唇が。温かさと共に触れる。
 真っ白になる、思考。
 だが、2人は。我に返り、雅貴は離れようとするが。
 明日香の腕に力がこもる。離したくない。心から、そう思った。
 そのまま、やがて2人は抱き合って。
 キャッスルの天使が見守る中、互いのぬくもりを感じていた―――。

 組織『ハーブ』の中枢。
 プロフェッサーは、とある場所から聖華市を見下ろしていた。
 その後ろに控えるは、ファイルを抱えるカリン。
 プロフェッサーはカリンに尋ねる。
「カリン。例の『場所』はどうだ?」
 カリンはファイルを開き、その問いに答える。
「はい。既に聖華市の60%の人間が。もう数日で計画の80%が進行します」
 報告に、プロフェッサーは満足そうな笑みを浮かべた。だが、その顔から笑みが消える。
 彼の表情は、いつものものとは違う。何と言うか……余裕があまり伺えない。カリンは心配そうに尋ねる。
「プロフェッサー……。大丈夫ですか?どうぞ、ご自愛を……」
 その言葉に、プロフェッサー。いつもの不敵な笑みを浮かべて言う。
「何を心配している。カリン。私は大丈夫だ」
「しかし……本部からの至上命令は……」
 プロフェッサーは笑みを崩さずに言う。
「もとあったものを、もとあったように戻すだけだ。躊躇いは無い。そして、アスカ3rdを滅殺する。『ミン
 ト』を取り戻せ。それが『ハーブ・コネクション』の指令だ」
「……『プリンセス・ミント』ですか」
 プロフェッサーの笑みの質が変わる。カリンには良く解る。それは、自嘲の笑み。
「確かに決着を付ける潮時なのかもしれん。私は少々遊びすぎたようだ」
「プロフェッサー……」
 再び、プロフェッサーの微妙な表情の変化。それはもとの涼やかにして冷たい不敵な笑み。
「アスカ3rdには、いや、飛鳥一族にはと言い直そうか?とんでもない弱点がある。それは、セイント・テール
 にも共通したものやもしれん。何だと思う?」
 首を傾げるカリン。プロフェッサーは、ニヤリと笑う。
「それはな……『ここ』だよ」
 その笑いは冷たく。かつ、無慈悲に。断定する。
 組織『ハーブ』のプロフェッサー・タイム。
 他の存在の苦しみこそ自らの喜びと言い放つ男。その男が、ゆっくりと。言い放つ。
「聖華市だ」
 そこで、一息つく。そして、再び言葉を紡いだ。
「この聖華市がアスカ3rdのウィーク・ポイントなのだよ。かつて私が『高木伸一』を殺した時のように。
 そう、かつて私が『高木伸一』のせいで『アスカJr.』を殺し損ねた、あの時のように―――」

FILE 10 THE END


© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
禁・無断転載