Report 9 プロフェッサー・タイム
犯罪組織『ハーブ』の奥深く。
一人の白衣を着た、左目に眼帯をしている男が、ロッキングチェアに座っている。
彼の名はプロフェッサー。プロフェッサー・タイム。
その彼の前には、一人の少女。
カリン。
プロフェッサーはゆっくりと言う。
「そうか……あの小娘が、な……」
カリンは、彼女にしてはこれまた珍しい、厳しい表情でプロフェッサーに進言する。
「あの小娘は、あなたを惑わせます!!プロフェッサー、どうか……」
プロフェッサーはその顔に微笑を浮かべて言う。
「解っている……」
そして、顔を背ける。その表情は、どこかものがなしそうで。
口から、漏れるように言葉が紡がれた。
「もはや、下らん絆など、断ち切られているのだから……」
カリンは、プロフェッサーの手を取り、言う。
「お願いです、プロフェッサー……。しっかりして下さい……。私は……私は……」
「カリン。お前に会ったのは、もう、どれくらい前の事になるかな」
いきなりの言葉に、カリン。しばし呆然とするが、すぐに答える。
「もう、かれこれ7年近くになります……。あの頃の私は……貧困の村で、親によって人買いに売られ、裏町
は少女売春の宿で月のものも無いうちから無理矢理客を取らされていた、そんな娘でした……」
「私は、そこで、東南アジアのあの裏町でお前を見つけた。なぜだろうな、全ての情を捨てたはずの私が……
お前を放っておけなかったと思ったのは」
「あなたに拾われたあの日から、私はあなたに全てを捧げると、そう誓いました。プロフェッサー。あなたは
私の恩人----いえ、救世主です。無学な私に、組織ハーブで『知識』を与えて下さいました」
「ただ単に、組織内で上に上がるには組織の『スクール』でそれなりの学を詰むのがよいと踏んだだけだ」
「しかし、それが『売春娘』向けの教育施設ではなく『幹部養成』のための『スクール』なのだと知った時。
私は、幸せものなのだと感じました。だから、少しでもあなたの側にいたかった。そのために----」
「お前が『スクール』で主席を取り、私の元に来た時は嬉しかったぞ」
「身に余るお言葉です……。その上、役目とは言え聖ポーリアの中等部に通わせていただける……」
「更に上に行ってもらうぞ、カリン。あらゆる知識を吸収してみせろ」
「はい。」
「やがて、来るべき日のために」
そして、プロフェッサーは立ち上がる。
「行くぞ、カリン」
「はい」
プロフェッサーは歩き出し、カリンはそれについて歩く。
2人の目的は-----。
「じゃあ、ヘリは逃したって事ですね……?」
「ええ……申し訳ないです。アスカ3rd……」
雅貴の言葉に、松平慎太郎警部補はうな垂れて言う。
雅貴は、ゆっくりと首を振って言った。
「……しょうがないのかもしれませんね。あれが俺が思っている通りの人間が糸を引いているとしたら……」
雅貴は、ため息をついて立ち上がる。そして、応接間のサッシに手をつく。
「…………プロフェッサー……」
「雅貴さんっ!!」
呟く雅貴に、声がかかる。雅貴は振り返り、声の主ににっこりと笑い掛けて言う。
「あ、明日香ちゃん……」
だが、明日香は。そんな雅貴に少し怒っているように叫ぶ。
「何が『あ、明日香ちゃん』ですかっ!!雅貴さん、実は自分の体解っていないでしょ!?」
だが、そんな明日香に雅貴はガッツポーズさえしてみせて言う。
「え??そんな事は無いさ。ほら、元気、元気」
だが。明日香はずかずかと無遠慮に雅貴に近付いて、少し背伸びをしてこつんと自分の額を雅貴の額に当て
る。明日香が感じる雅貴の体温は、かなり高い。実際、雅貴は真っ赤な顔をしている。
「ほら、こんなに熱があるっ!!雨に数時間打たれて、風邪を引いてるんですっ!!」
「いや、それだけじゃないような……」
端で見ていた慎太郎がツッコむが、無視された。
「あ、明日香ちゃん……でも、その、37度程度だし……犯罪者がね……?」
「駄目ですっ!!」
熱のある頭でおろおろと言う雅貴に、きっぱりと言う明日香。
「とにかく、寝て下さい!!余計な事に頭を使わないでっ!!」
そこで、明日香はきっと慎太郎を見る。
「だいたい、雅貴さん、今、風邪ひいてるって言ったじゃないですか!それなのに……」
慎太郎はその剣幕に思わず身を引き、こくこくと頷いて。
「す、すいませぇんっっっ!!」
謝ってしまう。
「まったく……」
明日香は両手を腰にやると、ため息をついて雅貴を見た。すると、雅貴は気まずそうな顔をして頭を掻く。
「解ったよ、おとなしく寝てるよぉ」
その口調は、まるでちょっとしたイタズラを見咎められた子どものようであった。
一人の男が、地下にある部屋の中で円筒形の大きな機械の前に立っている。
その名はディル。プロフェッサーの計画を使い、見事に雅貴とルージュを罠にはめた男。
ディルは、ニヤリと笑い、言う。
「俺が、全ての知識をかけて創り上げた、恒久的エネルギー炉……。これに『フォーチュン・アクア』を入れ
れば、システムは完成する……」
円筒形の機械の中央には、ガラス張りの四角い二重窓。ここに『フォーチュン・アクア』を入れるのだ。
ディルはウットリとした顔でその窓に触れる。
その時。部屋の自動ドアが開いた。
振り返るディル。そこに立っていたのは----。
「プロフェッサー……」
プロフェッサーは、ディルにいつもの無邪気な笑みを見せて、言う。
「首尾はどうだ?ディル」
「上々ですよ。システムが完成すれば『あの計画』に十分なエネルギー量が得られます」
「そうか……」
プロフェッサーの無邪気な笑みが、より純粋なものとなる。
だが、その天使のような笑みは実は悪魔の笑み。彼がこの笑みを見せる時は、誰かが不幸のどん底に突き落
とされる事を意味している……。
「いよいよ、正念場だ。ディル。そしてカリン」
「はい」
プロフェッサーの言葉に、頷くカリン。その彼女を見ながら、プロフェッサーも頷く。
その様子に、ディルはワンテンポ遅れて頷く。だが、頷きながらもその表情はどこか2人を小馬鹿にしたよ
うな笑みがあった。
県立聖華南高校、放課後。雅貴は、ぼんやりと教室から空を眺めていた。
思い起こしているのは、あの時のルージュ。血だまりを残し、雅貴の前から消えた少女。
「…………」
拳銃の暴発と、閃光。もしも、ルージュが死んだなら……。
(俺のせいだ……。あの時、状況もよく考えずにボールを放った、俺の……)
大空を、一羽の白い鳩が飛ぶ。雅貴は、今、家にいるはずの紅い鳩----保護したルージュのしもべ----の事
を思った。
(恋美、そろそろ学校から帰ってる頃だよな。明日香ちゃんは、少し遅れるって言ってたっけ)
あの紅い鳩は、雅貴が飛鳥家に連れ帰り、傷を手当てした後に妹に預けている。
だが、鳩は妹の言う事を聞いてくれず、エサも食べないらしい。
雅貴は、じっと空を見上げ続ける。
あの、紅い鳩が空を飛ぶ事は、果たしてありえるのだろうか------?
飛鳥家のドアを開ける明日香。シャレではない。
まさしく、その通りの状況なのだから。
「ただいまぁ」
にこやかに帰宅の挨拶をする明日香。だが、帰って来たのは。
「こらっ!!おとなしくしなさいよっ!!」
なんだか、悪戦苦闘しているらしい恋美の声。
明日香は早足で恋美の部屋に行き、バタンとそのドアを開ける。
「どうしたの?恋美ちゃんっ!!」
叫ぶ明日香。だが、次の瞬間絶句する。
ばたばたと添え木をつけた羽根を羽ばたかせて暴れる紅い鳩を、恋美が押さえつけて、無理矢理エサを口に
運んでいたのだ。
「なにやってるの、恋美ちゃん!!」
「何って……!!この聞き訳の無い鳩を……っ!せっかく、エサを食べさせようとしてるのにっ!!」
どったんばったん格闘する、鳩と恋美。どうやら、この2人(1人と1羽)。かなり相性が悪いらしい。
明日香はため息をついて言った。
「だめよ、恋美ちゃん。それじゃ」
「え??」
明日香は恋美を横にやり、自分が鳩の前に出る。そして、軽く口笛を吹いた。
ぴゅうと言う、軽い音。
それから、ぴゅぴゅぴゅと、短く軽く涼やかな音が、明日香の口から漏れ出る。
すると、先程まで暴れていた紅い鳩が、急に穏やかになった。
明日香は、恋美に言う。
「この子は、人一倍警戒心が強いの。主人を失ったと思って、寂しがってたし……。鳩に限らず、鳥っていう
のは、利口でデリケートなのよ。だから、ちゃんと『看て』あげなくちゃ」
言いながら、明日香は恋美からエサと水を受け取って鳩に差し出す。
鳩は、ゆっくりと餌と水をついばみ始める。
その様子を、恋美は呆然と見ていた。だが、不意に瞳を輝かせて言う。
「すごい!!すごいじゃない、明日香ちゃんっ!!」
その様子に、明日香は少し戸惑いながら言う。
「や、やだ、恋美ちゃんったら……。全然すごくなんて……」
「でも、すごいよ、明日香ちゃん!やっぱりお兄ちゃんが選ぶわけだよね!」
「え!?」
告白の事は、まだ雅貴も明日香も恋美に話してはいないはず。それをなぜ……。
呆然とする明日香に、恋美はにこやかに言う。
「だって、この間の大雨の日から、お兄ちゃん明日香ちゃんの事を『明日香』って、下の名前で呼んでるし、
明日香ちゃんは明日香ちゃんでお兄ちゃんに対する態度がやわらかくなってるし……すぐに解るよ」
「あ……」
こういう所は、さすがに雅貴の妹だと感じる明日香。そんな彼女の感心にも関わらず、恋美。
「明日香ちゃん、頑張ってね。明日香ちゃんが『お姉ちゃん』になる日を『妹』として応援するから」
にっこりと笑って言う。明日香は顔を真っ赤にして顔を伏せ、もじもじとしながらやっと一言絞り出す。
「あ……ありがと、恋美ちゃん……」
明日香は顔を真っ赤にしながら、紅い鳩を見る。そして、その頭をそっと撫でる。
明日香は心の中で呟いた。
(……許して、くれるよね……?ねぇ、アリシア……)
明日香は自室に戻ると、パソコンの電源を入れた。
明日香の指が、キーボードを滑る。
画面に、聖華市の地図が映る。
海岸通りの古い、廃虚と化した修道院。それは、恐らく雅貴の両親にとっては度重なる因縁の場所。
だが、明日香はその事実を知らない。地図上のその場所を何度も指でコツコツと叩き、呟く。
「やっぱり、ここよね……ここしか、無いのよ……」
そして、明日香の指が再びキーボードを滑る。
明日香は、キーボードを叩きながら呟いていた。
「ケジメ、きちんとつけなくちゃ……」
雅貴は、ため息をついて部屋に戻った。時刻は午後7時。家に帰って、みんなと食事をした直後。
やはり、ルージュの事が気にかかる。
どったんと少し散らかった部屋のベッドに転がる雅貴。
「くっそ……!!」
明日香には悪いと思っている。告白をして、晴れて恋人同士となれても、ルージュの事を考えてる。
だけど、放っておけないのだ。あの、悲しみに満ちた紅い瞳を。
その時。ドアがノックされる。
「はい」
「雅貴さん。あたしです……」
ドアの向こうから響いて来たのは、明日香の声。
「あ、明日香ちゃん!!」
雅貴は、慌てて飛び起き、シーツやベッドの周りをそそくさと整理する。
そして、机の上に座って応えた。
「いいよ、どうぞ」
明日香が入ってくる。すこし心配そうな顔をして。
「何?」
尋ねる雅貴。明日香は、ゆっくりと言った。
「雅貴さん……心配事が、あるんですか?」
その言葉に、雅貴。心臓をどきりと跳ね上げる。
「あ、いや……その……!!」
「ルージュ・ピジョンの事ですか?」
その言葉に、雅貴は心臓が止まるような錯覚を覚えた。しばらく視線を泳がせて-----頷く。そして言う。
「ごめん、明日香ちゃん……。悪いとは思ってる。でも、あいつのあの悲しみに満ちた瞳だけは何とかしてや
りたいんだ。だから……」
明日香は、そっと自分の両手で雅貴の手を包む。明日香の顔が、雅貴の前に来る。
「あ、明日香ちゃん!?」
明日香は、ゆっくりと言った。
「いいんです。解ってます。雅貴さん……」
そして、明日香はゆっくりと雅貴の体に全身を預けるようにもたれかかる。
「雅貴さんは、何も悪くないんです……。だから、悩む事もないんです」
「あ、明日香ちゃん!?」
思わず慌てる雅貴。明日香は、ゆっくりと言った。
「だから、頑張って下さいね。雅貴さん……」
そして、明日香は雅貴の体を離れて、くるりと回る。
「雅貴さん、あたし、好きですか?」
尋ねる明日香。雅貴は、頷く。
「好きだよ。世界中の誰よりも……」
「ルージュは、好きですか?」
その言葉に、雅貴。びくりと震える。明日香は、まるでそんな雅貴を追いつめるか。もしくは正反対に勇気
を与えるかのようにやさしく尋ねる。
雅貴は、ごくりと唾を呑んだ。そして----。
「あぁ……好きかもしれないな……。君と同じくらいにあいつは俺にとって大きい存在だから……」
その言葉に。きっと、明日香は悲しむに違いない。雅貴はそう思った。
だが、表面を取り繕う嘘よりも、よっぽどましな答えだろう。そう考えたから、雅貴はそう答えた。
雅貴は明日香がショックを受けた顔を予測していた。だが。
明日香はにこりと笑った。そして、笑みを浮かべたままで言う。
「えへへ……一番だぁ……」
そして、明日香はぽりぽりと照れ隠しのように人差し指で頬を掻く。
その仕草が、妙に可愛い。
「雅貴さん……人の好き嫌いって、優劣をつけるべきものじゃないですよね?でも、あたし、望むべくなら、
ずっと雅貴さんの『好きな人』の中にいたいな。ずっと、雅貴さんの『一番好きな人』の中にいたい」
「明日香ちゃん……」
「何があっても……落ち込まないで、頑張って下さいね……。あたしは、あたしがあたしである限り、雅貴さ
んの側にいたいですから……」
そして、明日香は雅貴の部屋から出る。その時に、にこやかに笑い、言った。
「それじゃ、雅貴さん。おやすみなさい」
明日香の出ていった部屋で、雅貴は立ちあがる。
その時。どこかからはらりと床に何かが----よく見ると、カードだ----が落ちた。
雅貴は、カードを拾い上げる。カードに書かれていた言葉は。
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『予告状』
明日の夜、海岸沿いの修道院の廃虚、地下にある部屋の中。
この場所にて、エネルギー結晶宝玉『フォーチュン・アクア』を頂きに、
参上いたします。
怪盗 ルージュ・ピジョン -紅鳩-
〜Rouge Pigeon the Phantom Thife〜
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雅貴は、震える手でその内容を読んでいた。
ルージュが指定した場所は、雅貴にとっても、因縁の場所。
そして……なぜか、今回の予告状には、毎度の軽口追伸が無い。
生きていた。彼女は確かに生きていた。
最初に雅貴に訪れたのは、ライバルが生きていた喜び。
そして、再び敵対する事による緊張。
最後に------いつもと違う疑問。もしかしたら……。
(プロフェッサーの罠……)
だが。プロフェッサーなら、もっと巧みに雅貴を罠にはめるはず。
あのプロフェッサーが、ルージュの予告状の特徴の一つ、軽口追伸を忘れるはずが無い。
と、言う事はこの予告状はおそらく紛れも無い本物のはず。
「生きていた……生きていやがった……」
雅貴の声が、歓喜に打ち震える。そして、叫んでいた。
「来るなら来てみろっ!!今度こそとっつかまえてやるぜっ!!!」
その様子を、明日香はドアの隙間からうかがっていた。
(雅貴さん……)
そして、明日香は微笑して言う。
「頑張って……くださいね……」
明日香はそっと雅貴の部屋のドアから離れた。
© Kiyama Syuhei 木山秀平
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