Report 10 転章:少女怪盗のケジメ


 修道院の地下室。そこは倉庫になっている。そしてその倉庫には2通りの道がある。
 組織『ハーブ』の本部へ続く道。これは、実は既に塞がれてしまっている。
 かつてのコピーテール騒動の時に、警察に踏み込まれた事を察知したプロフェッサーが、駒を捨てるかのよ
うに、道を塞いだ。
 そして、廃虚の修道院へと続く道。
 だが、そこにもう一つ隠れた道がある。
 修道院の地下。更にその地下に続く道。
 かつて、修道院の地下で、コピーテールは創られた。
 だが、なぜそれほどの機材がそこに揃っていたのか。
 答えは、この地下2階にある。
 そこは、組織『ハーブ』の技術力の結集された、いわば『ハーブ』技術部の『本体』である。
 新しい『ハーブ』本体への道も、この地下2階に新設されている。
 その地下2階の中心が、例のエネルギー炉。
 そこでは、ディルがうっとりと自らの作品を眺めていた。

「……カリン」
「はい、プロフェッサー」
「ディルを除いた全ての技術者を避難させろ」
 プロフェッサーの指示に、カリンは目を丸くする。
「どうされたのですか、プロフェッサー!!」
 プロフェッサーはふっと笑い、言った。
「失敗した人間を、組織には置けん」
 そして、プロフェッサーは小さな5cm四方のモニター端末をカリンに示す。
 モニターに映っていたのは……。
「アスカ3rd!!」
 カリンの叫びに、プロフェッサーは映像を切り替える。
 そこには、聖華の町を走る、紅い瞳の少女怪盗の影!
「ルージュ・ピジョン!!」
 プロフェッサーは、頷いて言う。
「行くぞ、カリン」
 カリンの顔色が真っ白になる。これは、自分も失敗を犯したのだと言う事に……!!
 プロフェッサーは振り返る。
「どうした?」
 カリンは、小さな銃を取り出した。そして、それを頭につける。
「プロフェッサー……申し訳ありません……!!!」
 そして------銃声が響く。

 雅貴は、星明かり満ちる中で件の修道院の廃虚の前にたたずんでいた。
 おそらく、ルージュもここに向かっているのだろう。もしかしたら、もう、来ているのかもしれない。
 そして、ここは。この聖華市で今、唯一組織『ハーブ』に繋がる場所----。
 雅貴はそっと目を閉じた。
 そして、顔を伏せる。
 禍禍しい空気を感じる。
 雅貴は、ゆっくりと呟いた。
「プロフェッサー……」
 雅貴と何らかの深き因縁を持つとしか思えぬ男の名を呟く。
 雅貴が関わって来た事件の中で。その大半は、その男が糸を引いていた。
 そして、雅貴は明後日の方向の暗い空を見る。
「ルージュ……」
 プロフェッサーを敵と狙っているはずの少女。その彼女も、こちらに向かっているはず----。

 これが、ケジメ。
 聖華の闇の中を駆けながら、ルージュは心の中で呟く。
(この仕事が終れば……)
 予告状を出した時から、決心はついていた。
 だから……ルージュは行く。ルージュは、走る。
 今、全てを終らせるために-----いや、全ての悲しみを断ち切り、現在(いま)を生きるために。
 それは-----終らせるために行くのではない。始めさせるために、行くのだ。
 これから、全てを始めさせるために。
 ルージュは、ポツリと呟く。
「ここから、始まる……」

 雅貴も、ポツリと呟いていた。
「全ては、ここから始まっていたのかもしれない……」

 銃声が止み-----。カリンは生きていた。
 プロフェッサーの手が、カリンの銃をつかんでいた。
 銃口は、あさっての方を向き。銃弾はカリンが狙った自分のこめかみとは全く別の所の石壁に突き刺さる。
 プロフェッサーは、疲れた声で言った。
「バカが……。無能な者は、我ら『ハーブ』には、必要無い……」
 呆然とするカリン。だが、プロフェッサーはなおも言う。
「お前も、私を絶望させるのか?カリン……?」
 その言葉は、悲しみに満ちていた。あの、プロフェッサーが……。
 呆然と、そのプロフェッサーの顔を見るカリン。そんな彼女に、プロフェッサーが怒鳴る。
「お前は、無能なのか!!私を補佐するに足る人間ではないのか!!答えろ、カリン!!」
 その言葉に……カリンは負けじと叫んだ。その言葉は、まさしくカリンの『感情』だった。
 親に『捨てられて』後、自らの中に封殺して来たモノだった。
「そんな事は、ありません!!私は、あなたを補佐するために生まれてきました!!プロフェッサー!あなたを補
 佐できるのは、このカリンしかおりません!!」
 そこまで叫んだカリンを。プロフェッサーはゆっくりと抱き締めた。
 プロフェッサーに、体を預けるカリン。
「カリン……私を、補佐してみせろ……。最後まで……。そのための動作ならば……たとえ失敗をしても、私
 はそれを見ない……。あの小娘が生きていたのは、お前が失敗したからではない。ただ単に……あの小娘が
 それに足る存在であっただけの事なのだから……」
 運命論。プロフェッサーにあるまじき言葉。だが、カリンはそれを受け入れていた。
 プロフェッサーの言葉こそ、プロフェッサーの存在こそ。
 カリンにとって、絶対のもの-----。
「行くぞ。カリン」
 カリンを片手に抱き、プロフェッサーは言う。
 2人は、この修道院廃虚を後にした。

 雅貴は、修道院の廃虚のドアを開ける。
 以前の一件以来、がらんとした廃虚。だが……。
「綺麗すぎる……」
 呟く雅貴。その後ろから、声がする。
「そりゃ、そうよ。この場所をずっと管理して来たのだから。あの、組織『ハーブ』がね」
 振り向く雅貴。そこにいたのは、怪盗 ルージュ・ピジョン。紅い瞳の少女。

「もはや、歴史はあの場所を必要としない。私の母上が聖華にいた時に隠れた場所」
 プロフェッサーはゆっくりと言う。
「歴史は、再び動き出す。止まっていた我らの因縁が。そして、飛鳥家を取り巻く因縁が。その前に、ディル
 よ」
 そして。プロフェッサーはいつもの無邪気な天使のごとき悪魔の笑みを浮かべて言う。
「例のエネルギー結晶……果たして、扱い方を間違えればどうなるかを、とくと見せてもらおうか」

 ルージュは雅貴の上を飛び超え、走り続ける。
 それを追う雅貴。ルージュの背に向かって叫ぶ。
「プロフェッサーがここを管理!?どういうことだ!!」
「知らないわ!!でも、ここはそれほど組織にとって大事な拠点と言う事なんでしょうね!」
 やがて、地下室にたどり着く2人。
 だが、地下室は空だ。呆然と呟くルージュ。
「そ、そんな……!!確かに、地下にあったのよ、高エネルギー反応がっ!!」
 雅貴は、ゆっくりと周囲を見回す。
 やがて、雅貴の視点は右側の一ヶ所に集中する。一方、ルージュも同じ場所に目をむけていた。
『そこだっ!!』
 2人は同時に叫ぶ。雅貴はトランプを。ルージュは釣竿の重りを繰り出す。
 雅貴のトランプが、石壁の中に巧妙に紛れ込んだパネルを砕く。それからワンテンポ遅れ、ルージュの重り
が、雅貴が砕いたパネルの奥にある空洞の中のスイッチを押す。
 次の瞬間-----ゴゴゴ……と言う音が響き、地下室の中央、ルージュの真ん前に現れる。
 瞬間、ルージュの動きが止まる。緊張しているようにも見える。
 雅貴は、ルージュの背中を押すように言った。
「行こう、ルージュ……」
 すると、ルージュ。雅貴に背を向けたまま、言う。
「馴れ合いは、しないんじゃなかったの?」
 雅貴は、肩を竦めて言った。
「お前よりも、放っておいたら厄介な奴が、目の前にいるんだぜ?監獄にぶち込む優先順位から言えば、ヤツ
 の方が先だ。それに……」
「それに?」
「お前も、プロフェッサーには苦しめられてるんだろ?なら、結末を見る権利くらいあるさ。もしかしたら、
 プロフェッサーさえ捕まえれば、お前も救われて、おとなしく捕まってくれるかもしれないしな」
 その言葉に、ルージュの肩が少し揺れた。呟くルージュ。
「そうね……考えてあげてもいいわ」
 雅貴がその言葉の真意を問いただすよりも、早く。
 ルージュは地下室への入り口に消える。
 雅貴は、慌ててそれを追った。

「プロフェッサー。ディルを除く全ての研究員の避難、器材の移動終りました」
 報告に来るカリン。プロフェッサーは、あいもかわらず自らに与えられた部屋のロッキングチェアーに座り
解ったと言うように頷く。

 機械の前に座るディル。ふいに、この部屋に近付く足音が聞こえた。
 足音は、この部屋の前で止まる。2人分。プロフェッサーだろうか?

「だめね……この電子ロックは……」
 地下2階の中央部のドアの前。最新型のカード式電子ロックを前に、ルージュは苦戦していた。
 そんなルージュの肩に、雅貴は手をかける。
「どけよ、ルージュ」
 雅貴はSEPカードを取り出すと、毎度の如くロックのカードリーダーにSEPカードを通す。
 電子ロックは、あっさりと解除された。
 ルージュは、感心したように言う。
「アスカ3rd……あんた、怪盗としてもやっていけるんじゃないの?」
 すると、雅貴。怒ったように叫ぶ。
「ルージュ!!それは笑えねぇ冗談だぞ!!」
 扉が開く。ルージュは、顔を見せないように少し手を上げて、雅貴の左側を通りながら言った。
「ムキにならない。そんなんじゃ、ホントにあたしを捕まえるなんて、夢のまた夢よ」

 扉が開く。ディルはその方向を見た。
 ディルの顔が驚愕に歪む!!
 入って来たのは、ルージュ・ピジョンとアスカ3rdだったのだ。
 ディルが震えた声で叫ぶ。
「な……お前ら……なぜ、ここに!!」
 すると、ルージュ。不適に笑い、言う。
「あら、招待してくれたのは、あなたとプロフェッサーじゃなかったの??」
「バカな!!ここに来るまでには、数多くの研究員やガードマンが……」
 ディルの言葉に。
「誰もいなかったぜ?てっきり罠を用意してのご招待かと思ったんだけどな……」
 雅貴は不思議そうな顔をして言った。その言葉はディルを更なる混乱に陥れる。
 だが。
 次の瞬間、あからさまに録音と解る言葉が部屋に響いた。
『ようこそ、アスカ3rd……そして、ルージュ・ピジョン。私が、組織ハーブ首魁プロフェッサーだ』
 雅貴は、周囲を見回して叫ぶ。
「プロフェッサー!!どこだ!!」
『私は、ひとまずこの場より撤退させてもらう。その前に……ディル!!』
 ディルの体がびくりと震える。
『例の宝玉によるシステムが、これだけのエネルギーを放出するとはな。ルージュたちに居場所が分かるほど
 に凄まじい放出量だったよ。誤魔化しきれない以上、貴様の研究は失敗だ』
「な……!!」
『我が組織は、失敗を許さぬ。それを埋めたくば、そこにいる2人を、貴様の自慢のシステムで見事に葬って
 みせろ。さもなくば、貴様には組織から死の祝いが待っている。』
 ディルの顔が引きつる。
『健闘を期待しているよ』
 そこで、録音は途切れた。呆然とする3人。だが、ふいにディルが怪しい含み笑いに喉をならす。
「ククククク……そう言う事か……タイム!!」
 そして。ディルは白衣の懐に手を入れて銀色に光る、先端の尖った銃を取り出す。照準は、ルージュに。
「まだ試作段階で使うつもりはなかったが……今度こそ、死ね!!」
 その銃の引き金を引くディル。だが、雅貴がそれを察知し、ディルが引き金を引く前にルージュをあさって
の方向に突き飛ばす。
 よく見ると、ディルの銃はその後ろの装置----フォーチュン・アクアを触媒としたエネルギー炉----に繋が
れている。
 雅貴の左腕に、ディルによって放たれたエネルギー収束波の光が突き立つ。
「雅貴さん!!」
 悲鳴を上げる、ルージュ。突き立った光が消えた、その代わり。血の出る腕を押さえて言う雅貴。
「やめるんだ……ディル!!こんな事をして何になる!!どっちみち、プロフェッサーはお前を……」
 すると、ディル。ニヤリと笑って言う。
「当然、タイムのお馬鹿も只で済ませるつもりはないさ。だがな、ここでお前たちを殺しておけば、俺はあの
 『アスカ3rd』と『怪盗 ルージュ・ピジョン』を葬った男として、裏にその名を響かせる事が出来る!!」
「な……」
 絶句する雅貴。苦虫を噛み潰したような顔でディルを睨むルージュ。下手に動けない。
 ディルは哄笑を上げ、叫んだ。
「さぁ、死ね、アス……!!」
 その瞬間。ディルの後ろのエネルギー炉がバチバチと激しい火花を放つ。
「何!?」
 雅貴たちがいることを忘れ、エネルギー炉のモニターを見るディル。
「バ……バカな……。エネルギーが暴走している……???」
 ディルの言葉が示すように。炉の火花は増殖。激しいスパーク。
「プ、プログラムがおかしい!?」
 叫ぶディル。はっとした顔になって叫んだ。
「タ、タイム!!プロフェッサーかぁっ!!!おのれ、おのれ、おのれぇ!!!あの野郎、私の芸術にイタズラを!!」
 その瞬間。エネルギー炉が小規模の暴発を起こす。巻き込まれ、ディルは----。
「プゥゥゥゥぅぅぅぅロオォォぉぉフェェェぇぇぇッサアアァァぁぁぁぁぁ!!!!!」
 恨みがましい叫びと共に、膨大なエネルギーにその身をさらされる。
 その叫びが、ディルの断末魔の叫びとなった。エネルギーの暴発で、ディルの体が蒸発したのだ。
 あっけない----あまりにもあっけないディルの最期。呆然と、その様子を見つめる雅貴。
「何を呆然としてるの!!雅貴さん、逃げましょう!!」
 叫ぶルージュ。その言葉を、どこか呆然と聞きながら。雅貴は呟いた。
「まただ……また……」
 もはや、心はここに無い。雅貴の体を引きずるルージュ。
 ルージュに引きずられながら、雅貴は呟いていた。
「プロフェッサー……お前は……どこまで……!!」
 プロフェッサーの理不尽に対する、憤怒の呟き。
 やがて、腕からの失血が限界を超えて----。雅貴の意識は途切れた-----。

 優しい風が吹く。覚えのある風だった。
 幼い頃から、ずっと感じていた風。
 雅貴は、目を覚ました。空に星が見える。寝転がっていたらしい。
 起き上がる。左腕に痛みが走る。
 雅貴は、左腕を見た。包帯が巻いてある。
 ゆっくりと周囲を見た。そこは、雅貴のよく知る場所。
 あの、聖ポーリアの丘の頂上展望台-----。
 ふと。雅貴の視線が止まった。雅貴から、少し離れたその場所に、ルージュがいたからだ。
「ルージュ……」
 呟く雅貴。
「これ、お前が……??」
 月明かりが冴え渡る。だが、例によって例の如く。ルージュの顔は逆光になっていてよく見えない。
 解るのは、暗がりの中でもなお冴える、紅き瞳の光----。
「アスカ3rd……ありがとう……」
 呟くルージュ。
 いつもと違う、ルージュの口調。雅貴は、呆然とルージュを見る。
 ルージュは、そっとある方向を指差す。
 その方向を見る雅貴。
 青い光が、天にも昇らん勢いで空に突き立っていた。
 その中には、例の修道院の廃屋--------。
 廃屋は、青い光が強くなる中で徐々にシルエットとなり。
 そして、瓦は剥がれ、鐘は落ち……。
 一挙に数千年の時間がその上に降りかかったかの如くに崩壊していく。
「あれで、フォーチュン・アクアも……エネルギーの全てを解放させ、消滅するわ……」
 ルージュの声が、妙に寂しく聞こえる。
「全ては、移ろい行くのね……」
 その声に、雅貴は再びルージュの方を向く。
「ルージュ……?」
 ルージュは、ほうっと息をついた----ように、雅貴には見えた。
 そして、ルージュから言葉が紡がれる。
「アスカ3rd……もう一度、お礼を言わせて。ありがとう。あなたのおかげで……あたしは、救われた」
「え……??」
 不思議そうな顔をする雅貴。
「あなたが、あたしを追い続けてくれたから……あたしは……」
 その時。雅貴はある事に気付いた。ルージュに、無いのだ。もはや、あの悲しい光が。
 過去に取り付かれ、プロフェッサーを追おうとし続けた光が。
 代わりにあるのは、優しい光----。雅貴の側にいる、誰かが(それが誰かは思い出せないが)持つ、優しい瞳
の光-----。
「アスカ3rd、もう、あなたに会う事も無いでしょうね」
「な!?それは、どういう……!!」
 叫ぶ雅貴に、ルージュ。
「ルージュは、消えるわ。もう、ルージュが存在する意味はないの……」
「それは……!?」
 どういう意味だ。そう言おうとする雅貴に、ルージュは更に言葉を紡ぐ。
「あなたのおかげよ、アスカ3rd。あなたが、あたしの中から、ルージュを……。あなたが、あたしを救って
 くれた……」
「ルージュ……??」
「ありがとう、アスカ3rd。もはや、ルージュがあなたと会う事は無いでしょう……。あたしが、あたしであ
 る限り……」
 そう言うと、ルージュは雅貴の前から姿を消す。
「待て、ルージュ!!」
 ルージュに追いすがろうと、右手を前に出し、前に走る雅貴。
 だが、雅貴の言葉はルージュには届くはずも無い。
 呆然と立ち尽くす雅貴。そんな彼の前の前に、何かがふわりと落ちてくる。
 それは、鳩の羽根。紅い-----。
「雅貴さん!!」
 誰かが雅貴の後ろから駆けてくる。振り向く雅貴。そこには、明日香がいた。
「明日香……ちゃん……」
「どうしたんで……やだ、怪我してる!!大丈夫?」
 心配そうに尋ねてくる明日香。そんな明日香を、雅貴はぎゅっと抱き締める。
「雅貴さん??」
 雅貴は泣いていた。泣きながら呟いていた。
「救われたんだ……たぶん、あいつは……俺の知らない所で、なぜか俺に救われてたんだ……」
「雅貴さん……」
 心配そうに言う明日香。雅貴はそんな明日香を抱き締めながらただ呟いていた。
「解らないよ……アイツは消えたんだ……もう、俺の前に現れないって……。なのに……どうして……」
「悲しいんですか?」
 明日香の質問に雅貴は横に首を振る。
「つらいんですか?」
 なおも首を振る。
「それじゃ……嬉しいんですか?」
 やっぱり、首を振る。そして、涙声で呟いていた。
「解らない……何も、解らないんだよぉ……」
 あらゆる感情が入り交じった声。それが解るからこそ、明日香は。
 雅貴の背中を優しくぽんぽんと叩くように撫でて言った。
「泣いて下さい、雅貴さん。遠慮する事なんてないでしょ?ね?」
 その優しさが------雅貴の心に暖かく染み渡る。
 雅貴の涙が----徐々に溢れて----。
「あ……あ……うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ--------!!!」
 雅貴は泣いた。これでもかと言うほどに。明日香の胸に埋もれて。
 明日香は、雅貴より年下とは思えないほどに優しく、彼の背中をよしよし、とでも言うように撫でてやる。
 月下の優しい時が、ただ、一人の少年の涙に過ぎていった-----。

FILE 15 THE END


© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
禁・無断転載