Report 1 飛鳥雅貴


 横たわる雅貴。上目遣いの瞳に、自らの体を通される筒が見える。
 そして、その機械は不可視の光の線を雅貴に当てていく。
 その光の線は、あらゆる物質をつきとおす。少なくとも、人体に無害なものではない。
「…………」
 雅貴は無言で、甘んじてそれを受けるしかなかった。
 なぜなら、彼はゆっくりと頭から筒の方に向かっているベッドに縛り付けられていたからである。
 だが、雅貴は抵抗のそぶりも見せない。
 知っているのだ。抵抗をしても無駄だという事を。
 その腕には、小さな点滴が差し込まれている。
 雅貴は瞳をつむった。
 そして。
 雅貴の体は完全に筒を通過した。
 それと同時に、声がする。
『はい、飛鳥雅貴さん。CTスキャン、完了です。もうしばらくお待ちください。』

 CTスキャン室から出た雅貴は、ゆっくりと肩を上げ下げしながら体をほぐして言った。
「や〜れやれ。なんとか、これで全部の検査が終ったかぁ……」
 そう。飛鳥雅貴は聖華市市民病院にて、人間ドックの真っ最中---この日が最終日---であった。
 なぜ雅貴が人間ドックを受けているのか。
 それは以前、アストリア王家の王子の身代わりを務めた時に雅貴が頭に受けた銃弾に起因する。
 その後もいくつかの事件に関わっていた雅貴だったが、先日大沢令刑事局長にしばし事件の事を忘れて休養
するように言われてしまったのだ。
 雅貴は、待ち合いのロビーでその時の事を思い出していた。

「人間ドック!?何の冗談ですか!!」
 いきなりと言えば、いきなりの言葉に雅貴は大声で叫ぶ。
 だが、目の前の人物はすました笑みを浮かべ、動じた様子もない。
 いつもそうだ。この人物が動揺したようなそぶりを、雅貴は見た事が無い。
「冗談ではないよ、アスカ3rd。以前に君が受けた銃弾の事もある。ここは一度、精密検査を受けた方がいい
 だろう。以前行った君が銃弾を受けた後の検査は、あくまで簡易的なものでしかないのだからな」
「…………!!」
 わかる。解っている。
 目の前の刑事局長----雅貴が所属する極秘警察組織、SEPの上司----がこういう事を言うのは、単に自分の
体を気遣っているからという事が。
 そして、そうしないと雅貴自身がSEPの激務に耐え切れなくなるのではないかと考えているという事も。
 なぜなら、それは雅貴が最近ずっと考えていた事なのだから。
 だが。だが今、一時的にせよ雅貴がSEPの第一線から退くという事は……。
「ルージュは……!!ルージュはどうするんですか!あいつは、俺にしか……!!」
 叫んだ雅貴に、刑事局長は書類を見ながら言う。
「しばし、高宮くんと木下くんにまかせたまえ」
「いやです!!俺は……俺は……!!」
 間髪入れずに、叫ぶ雅貴。そんな彼に、刑事局長は断ずるように叫んだ。
「いいかげんにしたまえ!!君は、気負い過ぎだ!」
 その言葉に、雅貴の言葉が詰まる。
 畳み掛けるように、刑事局長の言葉が部屋に響く。
「君は、一体自分の事をどう思っているのだね!?君が全てを背負い、解決しているのなら、今この時点でなぜ
 ルージュの一件が解決していないのだ!!」
 そこまで叫んで、令はため息をつく。ルージュとは、ルージュ・ピジョン。雅貴の追う怪盗の事だ。
 それを言われると、雅貴は何も反論ができない。
「頭を冷やしたまえ、飛鳥雅貴捜査官。もう少し、自分をいたわる事をお勧めするよ。すでに手配は整えてあ
 る。次の学校の連休にでも行ってきたまえよ」

 雅貴はまた、ためいきをついた。
 良く解る。刑事局長の言う事ももっともなのだ。
 だが。
「くそっ……!!」
 雅貴は頭をかきむしる。いても立ってもいられないのだ。
 この人間ドックの間、もどかしい日々だった。

「人間ドック……ですか!?どこか調子が悪かったんですか、雅貴さんっ!?」
 雅貴が数日の間、通いの人間ドックに入るという話を聞いて、真っ先に驚いたのは明日香だった。
 その慌てぶりと、心配そうな眼差しに、かえって雅貴がうろたえてしまったほどだ。
 雅貴は、応接間のソファに座る。その前に、明日香は立っている。雅貴は、明日香を宥めるように言う。
「いや、違うんだ。最近無理をしたからさ、おせっかいな奴がかってに段取りを整えちまったんだよ」
「本当ですか?」
 なおも心配そうな眼差しを雅貴に向ける明日香。
 雅貴はにっこりと笑い、安心させるように言う。
「本当だよ」
 明日香は、その言葉を聞きながら心配そうな顔を崩さぬまま、それでも少し安堵したように言う。
「それならいいんですけれど……」
 そして、明日香は雅貴の横に座った。
 一方の雅貴は、少し表情を歪めて言う。
「でもな……俺がいなくなると、ルージュが……」
 その言葉に、明日香はますます目を見開いて言う。
「何を言うんですか!!せっかくの『お休み』なんでしょう?大丈夫ですよ、ルージュなら……」

 明日香の言葉を思い出しながら、雅貴はため息をつく。
「何が大丈夫なんだか……」
 保証はない。保証はないが、妙な説得力がある。
 いつもそうだ。ルージュに関して、明日香が何か言うと雅貴はなんとも言えない説得力を感じるのだ。
 まるで……。
(まるで、ルージュ本人に言われているような……)
 そう思った瞬間、雅貴は頭をぶんぶんと横に振る。
「何を考えてんだ、俺は!!」
 いくらなんでも、あるはずがない。雅貴は、そう思う。
 それでは、まるで子どもの頃の子守歌代わりに聞いて来た、自分の両親の若い頃の話ではないか。
(いくらなんでも、そんなできすぎた話があるわけないだろ!!)
 心の中で絶叫する雅貴。
(それに、ルージュとゆうきちゃんじゃ、性格が全く違うし……)
 ルージュは活発だが、明日香はおとなしい。
 一括りにそう言いきれないのだが、それでも極端な言い方をすればそうなる。
 全く正反対の性格だ。同居できるはずの無い-----。
「雅貴さん」
 ふと、横から声がかかるが雅貴は気付かない。
(行動理念も、ばらばらだしさぁ……)
「雅貴さん!!」
 声の主が雅貴の左横から肩をつかんで、揺さぶる!
「うわぁっ!!」
 いきなりの事に、雅貴は思わず大声を上げる。周囲の視線が、雅貴に集中した。
 そして、雅貴は自分の肩を揺さぶった人物に振り向く。
「ゆ、ゆうきちゃん……」
 そう。雅貴の肩をゆすぶったのは他ならぬ、雅貴の家に居候している雅貴の妹の友人でもある、結城明日香
その人だったのだ。
 明日香は、雅貴の顔を見ながら尋ねる。
「何か考え事でもしてたんですか?」
「え……あ、うん……。ルージュの事について、ちょっとね……」
 歯切れ悪く答える雅貴。そんな彼の横顔を見ながら、明日香は呟く。
「大変ですね……本当に……」
 その言葉には、どこか済まなそうな、謝るような響きがあった。
 明日香のその態度に、雅貴はげげんな顔をして尋ねる。
「どうしたんだよ、ゆうきちゃん。なんか、暗いよ?心配事でもあんのか?」
 その雅貴の言葉に、明日香ははっとした顔をして、思い直したようににこやかに笑う。
 そして、答えた。
「いいえ、特にそんなのはありません」
「でも……」
「本当に……無いんです」
 明日香のその言葉に、雅貴はこれ以上は無理と感じ、ため息をつく。
 時々、明日香はこうだ。
 いつもは普通のおとなしい女の子に見える。だが、その奥に……踏み込めない「何か」がある。
 明日香が居候になってから、その事を良く垣間見るようになった。そんな気がする。
 明日香の奥にある「何か」を。知りたいと思っている雅貴。だが……。
(それを知って……どうなるってんだ……。ただの興味本位じゃないか……)
 知りたい。だが、知りたくない。雅貴には、予感があった。
 それを知ってはならない。知る事が恐ろしい。
 そして雅貴は----明日香を……。
(だめだ!!)
 知ってはならない。知る事が恐ろしい。
 知れば、後戻りはできない。だから、気付いてはならない。
 雅貴は、明日香に視線を戻す。
 明日香の表情は、元に戻っていた。笑う前の、明日香に。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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