Report 9 ホワイトデーへのご招待


「うーん……。」
 雅貴は、じっと考える。
 光一の言葉が脳裏をよぎる。
『それなら、差別化って言うか「君だけに」っての作っといた方がいいぜ。』
「うーん……。」
 まだ考えている。
「差別化ったってよぉ……。俺の薄っぺら〜〜い財布の中身じゃ、どうしようもないぞ……。」
 雅貴は、一つため息をついた。
「どうすりゃいいんだろ………。」
 そして、再び光一の言葉が雅貴の脳裏をよぎる。
『ああ。何でも「好き」なら「クッキー」を「嫌い」なら「キャンデー」を「友達」なら「マシュマロ」を送
 るんだそうだ!!』
 そしてもう一つ。
『一方で「好き」なら「ホワイトチョコ」で「嫌い」なら「マシュマロ」を「友達」なら「キャンデー」を送
 ると言う説もある!!』
 雅貴は、上半身を持ち上げて言う。
「あまり参考にはならないよなぁ……。でも……。」
 そして、じっと考える。
「よし!!」
 雅貴は叫ぶとソファから立ち上がり玄関に出て、階段の上の自室にいるはずの妹に向かって言う。
「おーい!!恋美!!俺、ちょいと駅前のデパートまで出てくる!!」
 しばらく待って、妹の「わかった」と言う声が聞こえてくる。
 雅貴は玄関から外に出て、駅前方向にその歩を進める。
 心なしかその歩き方は、雅貴自身でも結構せわしないように思えた。

 駅前のデパート、婦人用品売り場の某ブランドコーナー。
「このご予算でなら、もうこれくらいしかございませんが……。」
 店員が指し示すものは、スカーフやハンカチのバーゲンセールコーナー。
 だが、バーゲンセールと言って、馬鹿にしてはいけない。最低でも一品1000円台を超えている。
 雅貴はジト汗を流しながら、半分諦めているような気の抜けた声で笑うように言う。
「あ……やっぱり。」
「申し訳ございません。もう少し早くに来て下されば、奉仕品を安くお譲りできたのですが。」
 店員の言葉も聞かずに、雅貴はコーナーに向かう。
 そして適当な、なんとなくセンスのよさそうに思えるスカーフ・ハンカチを選び出して店員に渡す。
「これでお願いします。できるだけ包装をよくして下さい。」
 少し間を置いて、雅貴はもう一つ言葉を付け加える。
「環境に影響が出ないくらいに。」
 結構無茶と思えるかもしれない注文だと思うかもしれないが、この時代において環境に影響がでないように
しかも見栄えよい包装を行う事はデパートの基本中の基本。そうしないと、客が来ないのだ。
 適当に包装すると、店員はそれを雅貴に渡す。
 一方で雅貴は、持って来た自分のミニナップザックにそれを入れる。
 この時代、自分の買い物袋を持つ事は、ある意味常識に近いと言える。学校でも指導するほどだ。
「やれやれ。」
 雅貴は呟き、ナップザックをアバウトに背負い直す。
 そして、デパートから外に出て今度は菓子屋に寄ろうと歩を進めた。

 駅前の『山本総菓子庵』の看板と並んで『洋菓子 Yamamoto Factory』の文字がある。
 で、その看板の上には『山本総菓子本舗』の鮮やかな文字が。
 その看板を見上げて、雅貴は一つため息をつく。
 なぜならここで買った品物の内容は、下手をすれば聖華市中に轟く事があるのだ。
 何しろここの女将はかつての噂話コンビ『Noiseな2人』の片割れ。
 一人娘は聖ポーリア学院新聞部の『NN(Noise News)コンビ』の片割れ。
 雅貴は思わずため息をつく。そして自動ドアをくぐり、中に入る。
 そして、ポツリと呟いた。
「どうしようかなぁ………。」
 それと同時に、
「いらっしゃいませーーーーーー!!!!」
 元気な声が店中に響く。
 ゆっくりと周囲を見回す。そして雅貴は近くにいる『バイト』の名札をしている女性を呼びつけて尋ねる。
「え〜と、洋菓子部門の店長は?」
 バイトの女性は、はきはきと答える。
「副支配人なら、田原流宗家様と明日の『春季聖華釜』における和菓子プログラムの調整を行っております。
 緊急のご用でしょうか?お客様のお名前は?」
 そう言いながら手もとのインターフォンを取ろうとするバイトの手を慌てて押さえて雅貴。
「あ、いや、いいんだ。いないにこした事はないんだから。っつーか、いない方がいいんだよ。」
「はい?」
 笑みを絶やさず、それでも疑問そうな表情を浮かべるバイトに、雅貴は慌てながら言う。
「気にしないで。ホワイトチョコの素材を買いに来ただけなんだよ。自宅で食べるんだ。」
「そうですか。それでは、説明させていただきます。」
 店員の説明を聞きながら、雅貴は心の中で呟く。
(なるほど……光一んとこの両親が来てるのか。よかった……。恭子おばさんや章子ちゃんにでもばれたら、
 どんな噂にされるかわかんないからなぁ………。)
 それに嘘は言っていない。自宅で作るわけだし、食べる人も雅貴の家にいるのだから。

「ただいまー。」
 不動産屋巡りを終えて、飛鳥家に戻る明日香。
「あ、明日香ちゃん。お帰りなさい。」
 明日香を迎える恋美。心配そうに明日香の顔を覗き込む。
「大丈夫?あまり顔色に生彩が無いみたいだけど。」
 明日香は笑いながら言う。
「大丈夫、大丈夫!!今日も見つからなかったから、少しまいってるけど、大丈夫!!」
 その笑いに力が無い。恋美は、たまらずに言う。
「明日香ちゃん……無理して部屋を捜そうとしなくても、このままうちに居候してればいいじゃない。」
 それに明日香はびっくりして言う。
「何を言うのよ、恋美ちゃん!そんなわけいかないじゃない!おばさまやおじさまにも迷惑がかかるし……。」
「娘のあたしの目から見ても、迷惑そうには見えてないんだけど……。」
 恋美の突っ込みに、更に明日香。
「食費とかの負担も……」
「明日香ちゃん、いつも食費を入れてくれてるそうじゃない。予想以上に入れてくれるから、家計もかなり助
 かってるってママ言ってたよ?」
「同居が……。」
「源一郎おじいちゃんと映美おばあちゃんは自分の経営管理してるマンションと駐車場があるし、友貴おじい
 ちゃんも『一人の方が気楽でいいぜ』とか言ってそのマンションで自炊してるから、部屋のスペースの事な
 ら心配しなくてもいいよ。」
「物置……。」
「明日香ちゃんが来てくれたおかげで、ただ物置にぶち込んでただけのものがかなり整理できたってパパも喜
 んでたんだけど………。」
 自分の用意していた言い訳を、全部恋美に駆逐されて頭を抱える明日香。
 もう2つ程飛鳥家への居候を拒む理由はあるが、1つはただ単に『負い目を感じている』と言うそれだけであ
り「そんなの気にしなくていい」と言われれば終わりだし、もう1つの理由は絶対に言えない。
 それを言えば、自分は聖華市にはいられなくなる。また、居場所を無くして全てを捨てねばならない。
 恐いわけではない。だが、寂しい。それだけだ……と、明日香は思い込んでいる。
 そう思う理由を、明日香はまだ気付いていない。
 そんな明日香の心中を察す事も無いままで、恋美は言う。
「それにね、お兄ちゃんの心を射止めようと思ったら、やっぱり同居の方がいいよ。あのお兄ちゃんったら、
 ホワイトデーもさっきまで忘れてたんだから!!」
 明日香は、恋美の言ったとんでもない前半の内容を聞かないまま、台詞の後半だけ聞いて目をぱちくりとし
て言う。
「ホワイトデーって……何?」
 尋ねられた恋美は、びっくりした顔で言う。
「明日香ちゃん、ホワイトデー知らないの?バレンタインのお返しの……。」
「え?バレンタインのお返しは、バレンタインの当日でしょ?そりゃああたしはバレンタインの終わる数時間前
 に雅貴さんにプレゼントしたから………。」
「あのね!!前に章子ちゃんも言ってたけど、日本のバレンタインデーとホワイトデーは……!!」
 懇切丁寧に明日香に説明する恋美。
 その説明を聞き終わった明日香は、ポツリと一言呟いた。
「……プレゼントって、お返しを期待するものなのかなぁ。絶対違うと思うけど………。」

「やーれやれ。やっと終わった。」
 雅貴は、パンパンになったナップザックを背負って家に帰りつく。
「ただいま〜〜〜。」
『お帰りなさ〜〜い!!』
 エプロンをした2人の声がキッチンに響く。
 2人-----恋美と明日香である。
(そーいや、今日の当番って恋美だったっけ……。)
 心の中で呟く雅貴。そして、1つある事に思い当たる。
(ゆうきちゃんって、いつも恋美と一緒に料理作ってるなぁ。なんでだろ……。ま、いっか………。)
 そう。雅貴は未だに明日香の料理の腕前については全く知らないのだ。
 そして、ナップザックを開ける。中には、ホワイトチョコや各種菓子材料、それからホワイトデーのプレゼ
ント。
「ま、明日だよな。」
 雅貴は、そう呟いてソファに寝転んだ。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
禁・無断転載