Report 9 3rd ルージュ エリザベス


 無言でにらみ合う雅貴とリズ。
 ナンシーの注意も2人に向いている。
(今ね……。)
 明日香はポケットに自らの手を突っ込むと、その中にある小さなスイッチを握る。
 明日香は2人の気付かないほんの一瞬だけ、ルージュの顔をしてスイッチのボタンを押す。
 瞬間、テーブルの上の花瓶が割れる。
 その方向を見る雅貴とリズ。
 割れた花瓶から、花が散らばり水が流れる。
 その中から現れる1枚のカード。
 雅貴はそのカードを見て拾い上げる。
 更にカードをまじまじと見て、その上で顔に満面の笑みを浮かべる。
「噂をすれば、やってきたか……。」
 そして、リズに向かって言う。
「ほら。あんたのお待ちかねのもの……ルージュからの予告状だ。」
 カードをリズに投げてよこす雅貴。
 それを受け取ったリズは、カードをじっと見る。
 そのカードに書かれている内容は。

    『 予告状 』

      今夜9時 水野邸にて「夢見の聖杯」
      いただきに参上いたします。

              怪盗 紅鳩 〜ルージュ・ピジョン〜
                 -Rouge Pigeon-

      P.S. 今日もあたしの遊びに、つきあってくれるかな?

「ったく、やってくれるぜ……。俺が警備しますから、ご安心を。監査官殿。俺の監査が目的でしょう?だか
 ら、一緒には来てもらいますがね。」
 雅貴がそう言うと、リズ。
「冗談じゃないわ。あんたなんかに、任せてられない!!あたしが、警護します!」
 その言葉に雅貴は叫ぶ。
「なっ!何言ってんだ!!この聖華市では俺がルージュの捜査官なんだ!!俺は……。」
「『県知事にその一切を委任されたルージュ・ピジョンの専任捜査官だ』とでも言いたいんでしょう?でも、
 あたしはICPOから直接にルージュ捜査を任された特殊監査官……。たかだか一地方公共団体の首長ごときに
 任命されたような捜査官にあれこれ指図されるいわれはないわ!!」
「ぐっ!!」
「その気になれば、あたしはICPOから直接にあなたのルージュに関する捜査権を剥奪する事が出来るのよ!い
 ままで散々に好き勝手言ってたけど、きちんと自分の立場と言うものを把握する事ね!!」
 自分を睨み付ける雅貴にリズは更に傲慢に言う。
「今回、あなたは出る必要はないわ!!あたしがルージュに立ち向かいます!!あなたには任せてられないわっ!
 いい?あなたは出る必要はない!いずれICPOより聖華市に対して、正式にあなたの解任を要請します!!」
 そう言い放つと、リズは体を翻して今から玄関へと去っていく。
 ナンシーは、そんなリズに慌ててついていく。その際に、雅貴に頭を下げて。
 その意味を、雅貴も解っていた。彼女は声を出さずに「ごめんなさい」と口パクしていたから。
 リズが去った後、妹の恋美が走ってくる。
「お兄ちゃん……!」
 おろおろしながら兄と玄関の方面を見る妹に、雅貴はポツリと呟いた。
「恋美……玄関に、塩まいとけよ。」
 キッチンに塩を取りに行った恋美を見た後に、雅貴はいきなり糸が切れたようにソファにその身を沈めた。
 顔は色を失い、瞳から光が消えている。
「…………。」
 無言で手を組み、その拳を自らの額に押し付けて雅貴は呟く。
「ったく、なんてこった……。解任……か。」
 その2文字が、雅貴の心に重くのしかかる。
 今まで意識しなかった2文字。
「雅貴さん……!!」
 心配そうに雅貴を見る明日香。
「明日香ちゃん……。」
 雅貴は、明日香を見る。そして、明日香に言う。
「ごめん……こんな所に鉢合わせさせてしまって……。」
 明日香は、横に首を振る。自分にも、無関係なことではない。
「悪いんだけど、もう少し……俺のつまらない繰り言に付き合ってくれる??」
 雅貴の言葉に、明日香は不思議そうな顔をする。
「初めてだよ。こんなに心が寒くなったのって……。」
 明日香は無言で雅貴の側に座って彼の組まれた手を横から包むように握る。
 雅貴は顔を上げて、明日香の手に包まれている両手を下ろして彼女を見る。
 明日香は雅貴の両手を包んだまま、静かに頷く。
「ごめん……。」
 雅貴は呟くと、更に言葉を紡ぐ。
「俺が辞めさせられる……。そうなったら、誰が彼女を、ルージュを捕まえるんだ……。あいつが、あのリズ
 とか言うやつがルージュを……?俺じゃない。あいつが……。」
 雅貴の顔が、苦悩に歪む。
「嫌だ……そんなの、嫌だっ!!ルージュは、俺が捕まえるんだ……俺が………。」
 そのまま、雅貴はうな垂れる。
 ああは言っても、もう自分の力ではどうにもならない。
 未練がましい。そうだ。自分でもよく解っている。でも……止まらない。
 止まれないのだ。狂おしいこの思い。以前に彼女とともに閉じ込められた時(File 10参照)に聞いた、悲し
い少女の物語。母が消え、父も殺され、そして肉親に出会うには、怪盗として生きるしかない少女の物語。
「あいつは……。」
 救いたい。あいつを救いたい。それには、まずあいつを捕まえねばならない。
 捕まえたい。狂おしい想い。どうしようもなく。止まらない。止められない。どうしても。
 明日香は、そんな雅貴に言う。
「雅貴さん……大丈夫………。」
 明日香は雅貴の手を放し、そして横から彼の首に手を回して抱きつく。
 雅貴の全てを包み込もうとするように。
 そして、雅貴に囁く。
「あなたには、あなたにしか出来ない事がある。それがあれば、きっと、ルージュを捕まえられる。だから、
 大丈夫。雅貴さん。あなたなら、きっとルージュを捕まえる事が出来るから……。」
 断言。そう。明日香の断言。
「俺にしか……出来ない事……。」
 呟く雅貴。雅貴にしか、できない事。それは-----。
 雅貴の瞳に意志の光が再び蘇る!
「なにやってんだ!!俺は!あいつを……あいつを捕まえるのは、俺じゃないかっ!!」
 明日香は、雅貴から静かに離れる。そして、心の中で呟く。
(そうよ、雅貴さん。アスカ3rdとして、この場であなたにしか出来ない事。それは、決して諦めない事。)
「誰が何を言おうと……捜査官を解任されようと……あいつを捕まえるのは、俺なんだ!!」
(そう。あたしを捕まえる事が出来るのはあなた。あなただけ。)
 雅貴はすっくと立ちあがると、明日香に言う。
「ありがとう!明日香ちゃん!!ごめんね、かまう事も出来なくて!!」
 明日香はそんな雅貴ににっこりと言う。
「いいんです。」
 玄関に出ていく雅貴。そんな彼の背を見て、明日香はポツリと周囲に聞こえない様に呟いた。
「アスカ3rd……追いかけてくるのは、あなたの方が楽しいから……。だから、頑張ってね……。あなたなら
 きっとあたしを捕まえられるから………。」

 当日。P.M. 8:45。水野邸。
「だ、大丈夫なんですか?」
 おろおろする、屋敷の亭主。水野勇一氏。
 ここは金と銀と数個のダイヤでデコレーションされた杯である、夢見の聖杯の置かれている部屋の前。
 部屋の奥には、大きな窓が1つ。庭には訓練された犬を7時頃に放してある。
 そんな彼にリズは笑いながら言う。
「大丈夫です。私は、Asuka 3rdのように甘くはありません。ご覧なさい。」
 そう言うと、リズは部屋のドアを開け、床に敷き詰められた白いマットを指差す。
「少し触れただけで、相手失神させる特殊電流マット!」
 そして、夢見の聖杯の置かれている周囲に浮かぶボールを指差して叫ぶ。
「ルージュは、釣竿を使って獲物を捕る事が得意です。そこで……。」
 リズはそう言うと、コインを投げる。するとボールからスパークが走り、コインは粉々になる。
「飛翔物に対しては、このスパーク・ボールで対応します。」
 スパーク・ボールとは、警護対象の周囲をイオン浮遊し、セットした条件に合う物質にプラズマ攻撃を加え
る警備用アイテムである。値段(開発費)がバカ高(一個の代金で都市3つ買える)なので、どこででも手に入る
装備ではない。
「あのスパーク・ボールは、ルージュの赤い瞳にも反応しますから、ルージュがこの部屋に飛び込めば……」
 そこでリズは言葉を切った。後は言わなくても解るからだ。
 そう。ルージュがこの部屋に飛び込んだ瞬間にスパークが彼女を撃ち、ルージュは絶命する。
(あいつは、もう逃さない。他のやつの手に落ちるなら、あたしが……!!)
 リズは心の中で呟く。そう。彼女は自分が捕まえる。他のやつには渡さない。
 それは、自分の捜査官としてのプライドと正義をかけた戦い------。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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