Report 8 3人の捜査官 〜2つの異なる道〜
「お褒めの言葉、ありがとう。」
雅貴の皮肉を皮肉と気付かずに言うリズ。
そんな2人のぎすぎすした様子を、はらはらしながら見守るナンシー。
リズはそんなナンシーの事などお構い無しに話を続ける。
「実際ねぇ、あなたも心細かったでしょう?粋がったはいいけど引くに引けなくなっちゃったのよね。よくわ
かるわ。全く、この自治体も何を考えているのかしらね。こんな子どもにルージュの捜査権を渡すなんて。
あきれて物が言えないわ。」
力を抜いた状態で聞き流す雅貴。自分の事なら、何と思われても構わない。
リズの言葉はなおも続く。
「この街についてはいくらか調べさせてもらったわ。まったく、つくづく怪盗に甘い土地柄ね。」
そうではない……と言いたいが、言い切れない所もある。雅貴は一言、
「ですね。全く。自治体や警察としてはそうでもないですがね。」
と言う。リズはその雅貴の言葉を馬鹿にするように言う。
「それで専任捜査官?あなたのような?ふざけてるわね。」
「ふざけてますか?」
語気を強くして言う雅貴に、リズ。
「当たり前よ。彼女を捕まえる気が無いとしか言いようが無いわ。」
「そんなはずは………!」
「あら。『ない』とでも言いたいの?大体ふざけてるのよ。『調べた』って言ったでしょう?」
そう言うと、リズは軽蔑の色を更に深めて言う。
「ルシファーにローズマリー……20世紀末期から結構怪盗が跋扈する街よね。ここは。」
雅貴はじっと、心の中で『忍』の一文字を噛み締めている。
「あたしに言わせればね、社会の秩序を壊すだけで『悪』なのよ。何?『法で裁けない悪もある』ですって?
ふざけるんじゃないわよ。レ・ミゼラブルの世界ならともかく、今は現代法治国家なのよ?騙される奴は、
騙される方が悪いのよ。現代は、賢くも要領よくなくては生きていけないじゃない。そうじゃない奴はね、
死んだ方がいいの。解るかしら?まぁ、そう言いきってしまうとそいつらひがむから『福祉』ってものもあ
るんだけどねぇ。ま、福祉受けるくらいならその前に国民の義務を果たして欲しいわよねぇ。そうすればわ
ざわざ福祉なんて受ける必要無くなるんだから。」
リズの物言いに絶句する雅貴。あきれるほどの「法制度至上主義者」である。
むこうでもこんなやつはめったにいないだろう。
(だから、リズは嫌なのよ……。ある意味真実かもしれないけど、偏りすぎているから………。)
側で様子を見ていて、心の中で呟く明日香。
色を失い立ち上がる雅貴に、リズは同じように立ち上がって言葉を紡ぐ。
「しゃれにならないわよ。そういう落伍者を助けて悦に入っている偽善者なんて、特に。胸がむかつくわ。そ
う言えば、以前にこの街にもいたんだっけ?そう言うのが。」
何か言いたいけど、怒りのあまり言葉が見つからずに無言を通す雅貴。
それを了解と受け取ったか。リズは得意になって饒舌に熱弁を振るう。
「ルージュもそうだけどね。そう……彼女の存在を知った時には、本当に胸がむかついたわよ。確か、セイン
ト・テールとか言ったかしら?実は彼女、依頼者から『挫折から這い上がる努力をする』と言う人として重
要なトレーニングの機会を奪ってるって、解ってるのかしらねぇ。」
「…………。」
険悪な表情をする雅貴。
にも関わらず、リズの饒舌は続く。
「ルージュも、金銭をとると言う事をしているけど、同じよね。まったくばかばかしいったら。それに、彼女
はなぜか普通の盗みもするのよね。でも、それって返しているでしょ?遊ばれてるのよね。結局。」
自嘲気味にリズは笑い、そして叫ぶ。
「ふざけんじゃないわよ!!返すんなら、盗まなきゃいいじゃない!!それにセイント・テールもルージュも、法
制度を利用して、きちんと取り戻せるはずのものまで盗んでもとの持ち主に返す必要性なんか無いわ!!持ち
主がそれをしないと言う無能さや『静かに生きたい』なんて、ばかばかしい考え、あたしは認めない!持ち
物を持つと言うメリットがあるなら、抱き合わせでデメリットもあるのよ!それを受け入れないなんて、愚
かさの証明以外の何者でもないんだから!!そのデメリットへの対策をせずに神に祈るなんて事、バカバカし
いのよ!!言うでしょ?『神は自ら助くるものを助く』ってね。」
雅貴の険悪な表情は更に強くなる。更に言えば、彼の無意識のうちに手が拳を作り、震えている。
あらゆる相手の事を考えない、リズのその傲慢さ。
自らの正義----法を絶対と考える心。
法----それは、人が互いの利害の境界線を越えないための約束事。
それを正義と考える。だが、それは決して正義ではない。
人が創ったものに、完全なものは存在しない。
正義そのものでも完全に定義する事は出来ない。完全な正義は無い。ゆえに完全な法も無い。
人は、それ故に自らの正義を信じる。そして失敗を繰り返して解るだけの正義を学ぶ。
不完全であるがゆえ、人は常に完璧へと努力する。
彼女はそれに気付いていない。常に完璧がそこにあると考えている。
なおも続くリズの言葉。
「大体ね、そんな連中の捜査に手心を加えて子どもを捜査官に据えるなんて事、よくやるわね。向こうが向こ
うなら、こっちもこっちってな感じ。」
(俺の事は、どう思われてもいい。だけど……)
雅貴はあえて心の中で呟く。
(こいつは……!!)
人には、誰にでも譲れないものがある。冒してはいけない領域が。否定してはならない思いが。
あまりの言いように、明日香が何か言おうとした時。
「ま、ルージュの事はあたしに任せて……。」
パシッ!!バシィッ………!!!!!
リズの言葉は、最後まで続かなかった。
小気味良い、肌を打つ音が辺りを支配したからだ。
リズの両頬が、赤く染まっている。
雅貴は、何か不思議なものでも見るように自分の右手のひらをじっと見つめる。
「……………。」
一方、リズは頬を押さえて雅貴をキッと睨んで叫ぶ。
「や、やったわねっ!!DadyやMomにさえ、ぶたれた事無いのにっ!!」
ナンシーの方は、あまりの出来事に呆然としたままだ。
一方雅貴は、気楽に言う。
「え〜と。もう一回、殴ろうかなぁ……?」
明日香も意外な状況を見たと言うような表情を見せ、その上で小気味良い笑みを浮かべて雅貴の耳に囁く。
「すごい……雅貴さん。やったね!!」
しかし、雅貴は真剣な顔をしたままでリズに向かって言い放つ。
「最低だよ。君は。」
「何ですって!?」
叫ぶリズに雅貴。
「人には、それぞれに『正義』がある。正義ではない正義は他の人々に淘汰されて真の正義に近付くはずだ。
人は失敗を繰り返しながら、学習してそれを学んでいくんだ。君がやっている事は、法に照らしあわせて他
人を否定する事でしかないじゃないか。それは……許されない事だ!」
雅貴の言葉にリズは言う。
「感情論に流されるよりましよ!感情に流される人間は捜査官として最低だわ!」
「いや、違う!感情に率直である事は職業云々よりも人間(ひと)として大事な事だ!!」
リズは雅貴を睨んだまま。雅貴は更に続ける。
「他人を否定する事は人には許されない。絶対に。たとえそれが誰であっても。君は否定するだけじゃない。
セイント・テールやルージュをも侮辱した!!俺がどう思われても、どう言われても構いはしないさ。あんた
の前に実績さえ積み上げれば、それで済む事だからな。だがな、彼女たちを否定する事は……彼女たちを侮
辱する事だけは、許さない!!それが誰であってもだ!!!」
決然と言い放つ雅貴。その彼の瞳には、強い意志の光がらんらんと灯っている。
リズは、その光にひるみながらも呟く。
「理解に苦しむわ。相手は、あなたが捕まえるべき『犯罪者』なのに。」
その彼女の言葉に、雅貴は言う。
「彼女たちは、方法を認めてもらえなかっただけだ。いや、認めてはもらえたがそれが完全ではなかっただけ
と言った方がいいかな。まぁ、ルージュの場合はその照れ隠しがあって余分な事もしてるけど?」
(雅貴さん………!!)
雅貴の言葉を聞きながら、明日香は心の中で感動していた。
理由は彼女には解らない。だが、うれしさがあった。
自分の事を解ってもらえていると言う嬉しさが。
© Kiyama Syuhei 木山秀平
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