Report 7 縄張り意識に火花散る
妙にピリピリした空気である。
そして、その空気はただ1人の捜査官によって作られている。
その様子を、空をイメージした虹のエプロンを着た恋美がキッチンから見て呟く。
「一体、なんなのよ。この空気は……。ねぇ、明日香ちゃん……。」
「何?」
恋美の横から更に様子をうかがっている明日香が尋ねる。
「なんだと思う?この空気。」
「あたしに聞かないでよ……。」
そう言いながらも、実は明日香にはその空気の原因は理解できている。
アスカ3rdとリズ。
ルージュとして張り合って来た捜査官としては、双方とも我の強い方である。
で、たちの悪い事に両方とも「ルージュは自分が捕まえる」と信じて疑っていないのだ。
だからして2人に芽生えるのは自然と------。
(ライバル意識……よね。表向きとして味方であっても、敵なんだもの……。)
心の中で呟く明日香。
そんな彼女の胸中にも関わらず、居間での時間は過ぎていく。
その時。
恋美が明日香の肩を叩く。
「何?」
尋ねる明日香に、恋美。
「明日香ちゃん……一緒に紅茶持って行って。あの空気の中に入っていくのって、恐くて……。」
「え!?でも……。」
「お願いっ!!」
すがるような恋美の目。
明日香はため息をついて力強く言う。
「解ったわ。一緒に紅茶出しに行きましょう。お茶請けも用意しようか。何かある?」
実は明日香。リズがそう言う事にうるさい事を知っている。
恋美は、冷蔵庫を覗いて言う。
「え……と。あ『Yamamoto』のクッキーがあるわ。」
「それなら、上等よ。」
明日香はそう言うと、陶器ポットに紅茶を煎れた。
ピリピリした空気が続いている。
それは、1人の捜査官から出されているもの。
そう。言わずと知れたリズからのものである。
先程から、ずっとこんな調子。
雅貴は、人知れずため息をついた。
何しろ、相手は何も言わない。こちらも、何を言っていいのか解らない。
そんな空気の中、恋美と明日香が入ってくる。
「あの……。お茶をどうぞ……。」
クッキーとカップを並べる恋美。
明日香は並べられたスプーンとカップの横に砂糖とミルクを置いていく。
雅貴はそんな2人を指して、
「あ、妹の恋美と……」
雅貴の言葉に合わせて、ペコリとお辞儀をする恋美。
「その友達の結城明日香ちゃんです。」
明日香も同じように頭を下げる。
それを見て、リズの表情が変わる。
「明日香ちゃんと言ったわね。」
リズのその言葉に、明日香の心臓がドキリとはねる。
だが、気取られてはならない。
必死に心を落ち着ける。
「あなた……どこかで会ったかしら?」
(やっぱり!)
明日香は心の中で呟く。だが、彼女はそれを表には出さずにあくまでも無頓着と鈍重を装う。
そして、すかさず相手に向かって。
「いいえ?どうしてそんな事を?」
とにべも無く逆に問い返す。その返事はリズの言葉から0.1秒もかかっていない。
その迷いも何も無い言葉にリズは少し訝るも見事に騙される。
「……なんでもないわ。ごめんね。知ってる奴になんか似てるかな……って、思ったの。でも、彼女とは似て
も似つかないもんね。ごめんなさい。」
リズの言葉に明日香はにこやかに答える。
「いいですよ。間違いは誰にでもあります。」
そんな受け答えに割り込むように、高宮警視は軽く咳払いをする。
リズはそれに我に返り、再び雅貴に視線を向ける。
「あなたが、ここでのルージュの専任捜査官……ねぇ………。」
まるで値踏みするように雅貴を見るリズ。
「まるっきりそうは見えないわねぇ。なんか、頼りないと言うか……。」
その言葉に、少しかちんと来る雅貴。それでも、なんとかぐっとこらえる。
無言の雅貴にリズ。
「まったく、何を考えてるのかしらね。ここは……。Junior Highにルージュ・ピジョンを任せるなんて。」
「俺はHigh Schoolですが。」
断ち切るように言う雅貴に、リズの表情が変わる。
「あら、ごめんなさい……。」
言いながらも、本当に悪いとは思っていないような顔。
ここまで来ると、雅貴もあきれて対応がばかばかしくなってくる。
とっとと話を終わらせようと、話題を振る。
「ルージュについての捜査の話をしに来たんでしょう?とっとと話をしましょうよ。」
その雅貴の態度に、リズ。すこしむっとした顔で言う。
「あなたに言われなくても解ってるわ。にしてもねぇ。Highだと言っても、ルージュを捕まえるのは、大変で
しょう?これからは、大船に乗ったつもりでいていいわよ。」
そのリズの言葉に雅貴。リナに向かって言う。
「なかなか頼もしい人ですねぇ。」
その言葉は、額面通りの意味ではない。自分よりもルージュにいいようにさせて来た彼女に対する皮肉だ。
そんな事はめったに言わない雅貴が皮肉を飛ばすという事は、それだけ彼がリズに対して腹に据えかねてい
る、と言う事を示す。なんとなく、嵐の予感を感じたリナは、
「あたし別の仕事があるから。車でそれをちょっと片付けるからね。待ってるわ。」
リズとナンシーの2人にそう言うと、外に出ていく。
玄関まで、リナを見送る恋美。
「まったく……横柄ねぇ。県警でもそうだったけどね。」
そのリナの言葉がリズの態度のことを言っているのは、恋美にも容易に想像できる。
「あたしにも心当たりはあるから彼女の事をどうこうは言えないけど……。」
リナは、そこまで言って苦笑する。
そんな彼女を、恋美は不思議そうな顔で見つめていた。
「悪いわね。恋美ちゃん。お茶まで用意してくれて。」
リナはそう恋美にねぎらいの言葉をかけて、玄関から出ていった。
© Kiyama Syuhei 木山秀平
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