Report 9 王子のまわりで
ホテル聖華ニューロイヤル。
そこに、覆面パトカーが横付けされる。出てくるのは清掃作業員の制服を着て帽子を目深にかぶった少年と
緑の線の入った白いTシャツと青いズボンを着て、山本総菓子本舗の紙袋を提げたアスカ3rd。
警官の1人がアスカ3rdに近付き、尋ねる。
「アスカ3rd!!一体どこにおいでになっていたのですか!?後もう1時間で歓待式典がホテル地下ホールで始まり
ますよっ!!」
言われたアスカ3rdは、頷き言う。
「うむ。すぐ行く。待っててくれ。」
「はっ!!解りました!!」
敬礼してその場を離れていく警官。そして、それを見送るアスカ3rd。
一方で、清掃作業員の制服を着た少年がアスカ3rdの肩を叩く。
アスカ3rdが彼の方を向く。彼は手をアスカ3rdに向けていた。
提げている紙袋を、アスカ3rdは少年に手渡す。
紙袋を受け取った少年はエレベーターに乗り、最上階のスイートルームへと向かう。
スイートルームのマスターキーを作業着のポケットから取り出し、ドアを開く。
少年は、リビングに紙袋を置くと、スイートルームの中に入ると寝室へと向かう。
膨らんでいるベッド。バッとベッドの布団を持ち上げる。
そこには、紐で縛って丸まっている毛布の束。そして、枕。
少年は目深にかぶった帽子を取る。そこには、当たり前の事だが雅貴と同じ顔があった。
少年は清掃員の制服をばばっと脱ぎすてる。そして毛布の束をとく。
開かれた毛布。その中には、アストリア王家の正装。
少年はその服を手際よく着込む。
全ての服を着終えた時、スイートルームのドアがノックされる。
「殿下。歓待式典のお時間です。」
聞こえて来たのはじいやの声。少年は返事をする。
「解った。すぐに行く。」
最後に頭からヴェールをかぶる。そして、少年はドアを開いた。
その時。リビングの紙袋が倒れる。
中から、いくつかの菓子の包みがこぼれおちていた。
目の前で、歓待式典が執り行われている。
ホテル地下ホールの演台にて、王子の長々とした演説が読み上げられている。
内容としては『アストリアと日本の国際的相互協力について』といったようなものである。
アスカ3rdは地下ホールの壁にもたれながら、感心したように言う。
「あれって、面倒なんだよなぁ。ああした舞台上の人間は、ここにある食事を食べられないんだよなぁ。毒を
警戒する故のアストリアの慣例なんだけどね。だから慣れた人間でもうざったいものなんだ。おなかは空く
し、その分長い文を疲労を感じさせずに読まなきゃならない。2倍疲れるのに、大したもんだ。」
そんなアスカ3rdの手には、この式典に出てくる料理(立食パーティーなのだ)が盛られた皿が乗っている。
そして松平は料理に手をつけず、アスカ3rdの側にいた。心なしか落ち着きがない。
その様子を見咎め、アスカ3rdは言う。
「松平さん、頼みますよ。この状況ではあなたしかいないのです。」
「はっ……。わ、わかっておりますが、しかし、アスカ3rd……!!」
「しっ!!」
何か言いかける松平。だが、アスカ3rdは口の前に右人差し指を立てるしぐさでそれを封じる。
そして、周囲を見回す。
「迂闊な事はおっしゃらないで頂きたい。松平さん。」
「す、すいません……。」
頭を下げる松平。
アスカ3rdは両手をポケットに突っ込み、ためいきをついた。
その時。ポケットに何かカードが入っている事に気付くアスカ3rd。
げげんな顔をして取り出す。
そのカードを見て、アスカ3rdの顔が引きつる。
同じようにカードを覗き込んだ松平の顔も引きつった。
そのカードは、ルージュからの予告状だったのだ。
------------------------------------------------------------------------
『予 告 状』
明日13時より始まるプロミネンス・クラウン返還式典。
その舞台上にて、アストリア王家の至宝プロミネンス・
クラウンをいただきに参ります。
ゆめゆめ、警備にぬかりなきよう、御忠告いたします。
怪盗 紅鳩 -Rouge Pigeon-
ルージュ・ピジョン
P.S.昨日のT.V.見たわよ。よくもあたしをバカにしたわね!!
きっちりお遊びの時間をアポしたげたわよ!!
しっかり後悔させたげる!!
------------------------------------------------------------------------
「ま、まずいですよっ!!ル……る……れ、れ……。」
あまりのショックにろれつが回らなくなりかけている松平。
アスカ3rdは脂汗を流して松平に言う。
「と、とにかく……私は彼の元に行きますから!!待っててくださいね!!」
そして、走り出すアスカ3rd。
向かう場所は目の前の舞台の裏。途中で渇いた喉を2人で潤すために自販機でジュースを買っておく。
とにかく『王子』と話をせねばならない。そうしないと……。
舞台裏に続く廊下に出る。すると、目の前にフローレスが。
チャリとサーベルの音を鳴らすフローレス。かまっていられない。とにかく廊下を走ろうとする。
だが、フローレスがサーベルを抜き放つ!!
そのサーベルはアスカ3rdの喉元に突きつけられた!!慌てて止まるアスカ3rd。
「そこをどけ!!」
右手を横に払い、キッとフローレスを睨み付けて叫ぶアスカ3rd。
だが、フローレスは上から威圧感を持ち、余裕の笑みを浮かべて言う。
「お〜〜っほっほっほっほっほっほっほっほっほ!!何を寝ボケたことをおっしゃっているのかしら!?この時間
この場所での陛下の警護は私たちアストリア王家親衛隊によってなされる事が既に決まっているはず!!分を
わきまえなさい!!」
ギリ……と、アスカ3rdはフローレスを睨み、歯をきしらせる。
何か言いたそうにしているが、それを必死に我慢しているような形相だ。
「フローレス……お前……!!」
「何かしら?アスカ3rd?きちんとした連携と統率!!それを乱す気かしら!?全く、理解に苦しむ!!こんなクソガ
キに警備の一翼を担わせるなんてね!!」
アスカ3rdはフローレスに怒鳴るように叫ぶ。
「そんなつもりではない!!貴様、私の……!!!!!」
「何がありましたか?」
その声にアスカ3rdの動きと声が止まる。その先には、アストリア王家のヴェールをかぶった王子が。
「あっ!!ア、ア、ア……!!」
何か言おうと思うが、言えない。そんな声の出し方をするアスカ3rd。だが、そんな彼にフローレスのサー
ベルがなおも突きつけられている。その様子を見て、王子。
「フローレス。通しなさい。」
その言葉に、驚愕するフローレス。だが、王子の命令は絶対。
しぶしぶサーベルを下げ、道を通す。王子に近付くアスカ3rd。
ヴェールの王子はこくりと頷き、近くにある控え室にアスカ3rdを通した。
その後を追う王子。フローレスにこう言い置く。
「フローレス。ここから私がよいと言うまで誰も通すな。たとえ、じいやでもだ。」
「は、はい。」
控え室の中はアスカ3rdと王子だけとなる。そして、地下の控え室には窓も何も無い。
フローレスはため息をつきながらも、ドアの前に立つ。部屋の中の声は、よほどの大声を出さない限り聞こ
える事はない。
雅貴は目の前のカードをじっと見つめる。
控え室の中は雅貴とカサミ王子。中央にテーブル。
ルージュのカードはテーブルに置かれていた。その横には、王子のヴェールも。
そして、カサミと雅貴はそれぞれに缶ジュースを持っていた。
雅貴は嬉しそうに言う。
「好都合……だね。このまま行こう。狙い通り。」
「ルージュ・ピジョン……紅い瞳の少女だと聞いたのだが?」
カサミの言葉に、雅貴は缶ジュースを開けて中身を飲みながら頷く。
「その通り。あの夜の闇の中に輝く紅い瞳は忘れようが無いね。」
「そうか……アストリアの言い伝えにあるのだが……。」
「え?」
げげんそうな顔をする雅貴。だが、カサミは慌てて言う。
「いや、なんでもない!その……だな……。アスカ3rd。お前、ルージュをどう思ってんだ?」
いきなり聞かれて、雅貴。鳩が豆鉄砲を食らったような、きょとんとした顔を見せる。
「ルージュを……どう思っているか……??」
雅貴の返事を待たずに、カサミ王子は言う。
「実はな……彼女を我が国の……つまり、私の妃に迎えたいと……。」
その言葉に。雅貴は思わず缶ジュースを取り落とした。思わず叫ぶ。
「な!な!?な???何を考えてんだ!!あいつは怪盗で……!!」
「アストリア王国では王家の権限は絶対だ。だから……。」
必死になって言うカサミ。雅貴は怒ったような感じの真っ赤な顔になる。
そして、ぷいっと顔を背けると叫ぶ。
「勝手にしろっ!!」
カサミはそんな雅貴を不思議そうに見つめていた。
一方で雅貴。カサミの一言で、心の中に妙なもやもやを抱える事になる。
(なんなんだ……。かまわないじゃないか……。俺は、あいつを助けたいだけなんだから……。どこのどいつ
がルージュの………。)
そして、翌日。
プロミネンス・クラウンのアストリア王家への返還式典-----。
「うぁっ!!」
トイレで催眠スプレーを小太りの男に吹きかけるルージュ。そして、男はぐったりと眠りこけてしまう。
男は、この美術館の館長。今回の式典で、王子の次にプロミネンス・クラウンに近付く人物。
ルージュは個室トイレに男を押し込むと、高下駄で高さを調節した足と綿を仕込んだ腹を叩く。
そして、にこりと微笑を浮かべて言った。
「では、館長。お姿とお顔……お借りいたしますよ。失礼!」
ルージュはポケットから変装用のマスクを取り出す。そして、それを自分の頭からかぶり、調節する。
トイレから出て行くルージュ。
その時。美術館の学芸員の学が館内放送で自分を呼ぶ。
「館長。そろそろお時間です。」
ルージュはニヤリと微笑を浮かべる。
「それじゃ、はじめるわよ……。」
雅貴は大きく息を吸った。自分の読みは、正しいはずだ。
そして、刺客に対しても同じ事が言えるはず。
全ての答えは、返還式典の舞台上で出る。
アスカ3rdは、返還式典の舞台上に出る事は出来ない。その横でじっと警備を続けるのみ。
だが……。
その時。昨日の王子の『ルージュを妃に』という言葉が雅貴を縛る。
慌てて雅貴は頭を振った。
雅貴は心を引き締める。もしも、下手を打てば、えらいことに……。
キャラウェイはビルの1室でバイオリンケースを開けた。
中には、組み立て式のライフルと台。それをゆっくりと組んでいく。
ビルから時計台が見える。その時計台は機械室の風通しのために覗き窓を開けてある。
ライフルを台に置き、スコープを除く。
時計台の覗き穴から向こうが見える。噴水の水が。
式典が始まるまで、後少し。その時間になれば……。
キャラウェイはライフルを固定し、今度は双眼鏡を覗く。
念のためであろう。時計台の入り口には警官が配備されている。
キャラウェイはニヤリと笑う。
「ご苦労な事だ。が、無駄だよ。」
このビルは時計台よりも高度がある。絶妙な角度を持つ、このビル。
警察も、このビルだけは死角だろう。
昨日と同じ無風状態。安定した空気。微笑を浮かべ続けるキャラウェイ。
スコープを除き……。ぽつりと言った。
「王子の命、貰い受ける。」
キャラウェイは懐からカプセルを取り出すと、それをごくりと飲み込む。
これは、一定時間心臓の動きを止める薬。
精密な狙撃では----心臓の鼓動によるわずかなからだの揺れでさえ、命取りになる。
プロなれば、失敗は絶対に許されないのだ------。
「ただいまより、プロミネンス・クラウンのアストリア王家への返還式典を開催いたします!!」
学の声が辺りに響いた。
プロミネンス・クラウンはケースに収まっており、横には演台が。その演台で王子の挨拶、首相の挨拶、聖
華市長の挨拶、美術館長の挨拶とプログラム通りに手順が踏まれていく。
そして、ついにプロミネンス・クラウンの返還。
王子が舞台に上がる。
館長----ルージュがプロミネンス・クラウンが置かれている台の前に立つ。
学が館長にプロミネンス・クラウンのケースの鍵を渡す。
館長はケースを開き、クラウンに手をかける。
(手順だけは踏んであげようじゃないの。王子に手渡すギリギリまでね……。)
ルージュはクラウンを持ち、王子の前に行く。
不意に----王子のヴェールが揺れた。王子の口元が見える。
その口元に、笑みが浮かんでいた。
ルージュの顔が凍る。思わずアスカ3rdの方に目が行く。
だが、アスカ3rdはそこにいた。じっと舞台を見続けている。
噴水の水が止まる。瞬間、王子はルージュに言い放った。
「そこまでだぜ!!」
だが、その瞬間-----。
激しい衝撃音が聞こえた。ヴェールが吹き飛ばされ、王子が横に倒れる。
ヴェールの下の、王子の顔が----雅貴と同じ顔が、いや、雅貴の顔があらわになった。
はじめ、ルージュには何が起こったか解らなかった。だが、その衝撃音が何か理解して----思わずなりふり
かまわず叫んでいた。自らのマスクをはがし、大声で。その言葉は------。
「アスカ3rd!!」
館長のマイクに、エコーがかかり。
その叫びには、あまりもの焦燥と悲壮が。
強調された。
マスクをはがし変装を解きながら、ルージュは目の前の王子の扮装をした少年に駆け寄っていく。
持っていた、プロミネンス・クラウンを放り投げて。
舞台上に-----。
プロミネンス・クラウンが------。
落ちた-------。
雅貴のように------。
© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
禁・無断転載