Report 1 虹のふもとの宝物
あの虹の向こうには、一体何があるのだろう。
あの虹のふもとには、一体何があるのだろう。
あの虹の架け橋を超えてみたい。あの虹の上を歩いてみたい。
海の上。2つの島を渡る、虹の架け橋を。
少年は、海の上にかかる虹を見るたびにそう思いました。
ある日、少年はついに虹の架け橋のかかる、一方の島に小さな舟を向かわせました。
島へ行くには、7つの渦を乗り越えねばなりません。
ごうごう、ごうごう。
少年は、必死で小舟の舵を取りました。
しかし、小舟はなすすべも無く渦に巻き込まれて行きます。
少年は、必死で渦から逃れようとします。
しかしその時、渦の音とともに声が聞こえてきました。
「お前は、どうしても島に行きたいのかぁ……。7色の渦を越え、虹の橋を渡りたいのかぁ……。」
それは、渦たちの声でした。
少年は、舵を取りながら必死で叫びます。
「当たり前だ!!僕は虹を越えるために、村を飛び出したんだ!!」
渦越えは、村のしきたりではやってはならない事でした。
村では、7つの渦は神様の化身なのです。
7つの渦が村を守って下さるのだから、絶対に越えてはいけない。
それが、村の教えでした。
でも、少年はずっと思っていたのです。
あの虹の向こうに、行ってみたいと。
少年が叫んだ瞬間、小舟のこもがむくりと盛り上がり、そしてその下から真っ白の体と服と髪と髪飾りを持
つ、赤い瞳をした少女が起き上がりました。
しかし、少年はそれに気づかずに必死で渦に逆らうように舵を取ります。
少女は、その少年の手に自分の白い手を添えます。
「な、なんだよ、お前!!」
少年はびっくりして少女に言いました。
村を出る時に、誰もいないかきちんと確かめたのです。当然、船の中も。
それなのに、女の子がいる。びっくりしないはずがありません。
少女は、にっこりと少年に笑いかけて言いました。
「渦は、逆らっちゃ駄目なのよ。渦を自分の物にするには、渦の懐に飛び込むの。」
少年は、その言葉に呆然として、少女を見つめました。
すると、舵の止まった小舟はそのまま渦に乗り、その中心---渦の懐に飛び込んでしまいます。
その事に気づいた少年は、もう駄目だと身を固めました。
しかし、どうでしょう。その渦の中心に来た瞬間、渦はぴたりと収まってしまいました。
少年は、びっくりしてあたりを見回します。
その様子を面白そうに見て、少女は言いました。
「ね?大丈夫だったでしょう?」
「君は一体……??」
少年の不思議そうな疑問の声を遮り、少女は笑いながら一方を指し示します。
いつのまにか、巻き込まれていた渦が止まり、舟は次の渦に巻き込まれ出していました。
「うわ!!」
少年は再び舵を握ります。少女は、笑いながらその様子を見ています。
少年は、先程のように舟を渦の中心に持っていきました。
同じように、船は渦の中心に来たとたん、その猛々しい力を振るうのをやめて、止まってしまいます。
すると、どうでしょう!!
少女の頬に、橙の赤みがさしてきたではありませんか!!
少女は、にこやかに言いました。
「今、あなたが制したのは『赤の渦』と『橙の渦』よ。次は……。」
言われなくても、少年にはすぐに解りました。次に来るのは『黄の渦』です。
そして『黄の渦』を制すれば、少女の肌に少年と同じ肌の色が。
さらに『緑の渦』を制すれば、少女の髪飾りが緑色に。
今度は『青の渦』を制して、少女の服の一部を青色に。
次に『藍の渦』を制してみれば、少女の髪が藍色に。
次々と変わって行きます。しかし、少年は舵を取るのに精一杯。
少女の変化に気付きはしても、詳しく見ているわけにも行きません。
今度に制するのは『紫の渦』です。
それは、この海で最大の『渦の主』でした。
その『紫の渦』を相手に、少年は必死に舵を取ります。
ゆっくりと、慎重に渦に乗るように。
しかし『渦の主』とて簡単に少年に好きにされるわけには行きません。
渦の激しい流れが、少年の小舟をこれでもかと言うほどに揺らし続けます。
「ぐ……さすがに、簡単には行かないな……。」
ここに来て、少女は初めて不安そうに少年を見つめました。
その視線を見て少年は笑います。
「大丈夫だよ。絶対に乗り越えてみせる!!」
その時です。今まででもっとも激しい渦の流れによる波が少年の小舟を叩きました。
「うあぁっ!!」
「きゃあっ!!」
少年の手が舵から離れ、その体が小舟の縁にぶつかります。
揺れる船。少年は急いでその身を起こします。
しかし、少年はそこに少女の姿が無いことに気付きます。
慌ててあたりを見回すと、あぁ!!なんと言う事でしょう!!
少女は小舟から放り出されて渦の中に呑まれかけているでは有りませんか!!
少年は、一瞬迷います。
自分には、夢がある。この渦を乗り越えて、虹の向こうに行くと言う。
しかし、それには目の前の少女を、見捨てねばなりません。
もしも、目の前の少女を助けようと自分も海に飛び込めば、少年は波に呑まれて死んでしまうかもしれませ
ん。
少年は、悔しそうに目をつむりました。
「ちくしょう!!お前の勝ちだ!!」
誰にともなくそう叫ぶと、少年は小舟を捨てて自ら海に飛び込みました。
そして、必死に少女の元へと泳いで行きます。
少女に追いつき、抱きしめる少年。
「どうして……。」
海水に濡れ、疲弊した顔で尋ねる少女に、少年はこう叫びました。
「バカ!!目の前で人一人溺れてんのに、見捨てられるわけが無いだろうが!!」
すると、少女の顔に笑みが浮かびました。
「よく、こんな状況で笑えるな。」
少年のあきれたような声に、少女は答えました。
「ずっと、待ってたの……。」
その言葉の本当の意味を問いただす暇も無いままに、2人は渦に巻き込まれて海の中へ……。
少年は、死を覚悟しました。
しかし、その時。
なんと『紫の渦』は全体から光を発してそのまま止まってしまいました。
海の中に引き摺り込まれたと思った体は、そのまま海の上に浮きあがります。
そう。なんと、少年は海の上に何も無しで立っていたのです。
少年には、自分の置かれている状況が分かりませんでした。
しかし、目の前に。少年の目の前に、先程の少女がいつのまにか立っていました。
少女は言います。
「あたしはこの海を守る女神『プロミネンス』です。あなたの勇気見させてもらいましたよ。」
そう言うと、少女はにこやかに笑う。
「この渦は、この海域に住むものの『心』を試すための物です。そして、その試練に挑戦して打ち勝った者だ
けに、あたしは『未来』を開く事ができるのです。」
「で、でも……渦は神だから越えてはならないと……。」
少年の言葉に、プロミネンスはにこりと頷く。
プロミネンスは、少年の住む島の『試練と守護』の女神である。
限りある太陽の光によって人々を『守護』し、人を惑わす7色の光で『試練』に誘う。
「そもそも、それこそが試練だったのです。」
プロミネンスは、そう言うと言葉を続ける。
「昨日と違う、されど進むには勇気の要る明日を選ぶか。それとも昨日と同じ安穏な明日を選ぶか。それが第
一の試練でした。そして、昨日と違う明日を選ぶ物に、それを成すに足るふさわしい『力』があるか。それ
が第二の、そして先程の『渦』の試練なのです。そして、あなたはその試練に打ち勝ちました。」
「しかし、俺は女の子を助けようとして、最期の渦を乗り越えられなかったのに……。」
そういう少年に、プロミネンスはかぶりを振る。
「いいえ。あの試練こそが最期の試練。あなたの『心』を試したのです。あそこでお前があたしを見捨てたな
らば……あの渦はお前の小舟を打ち砕き、お前自身を殺してしまったでしょう。そして、死体はお前の村に
打ち上げられます。渦を越えたものの見せしめとしてね。」
「そうか、それで……!!」
それで、渦を越えてはならない。それは、試練を越えきれぬ者を村から出さないための見えない鎖にして、
村の長老達の生き延びるための知恵だったのだ。
プロミネンスは、クスリと笑う。
「しかし、お前は試練を越えました。望み通りお前の前に道を開きましょう。未来への道を……。」
少年の足元から、虹の光が遥か彼方に延びる。
虹の架け橋だ。少年がずっと渡りたいとそう求めていた虹の架け橋。
「さぁ、行きなさい。あたしは、お前の後をつき、そして護りましょう。お前の子々孫々まで、ずっと護り続
けましょう。試練を越えた物を護るのが、この私なのですから。さぁ。未来へ。」
少年は、プロミネンスに頷き、そして言います。
「この虹の向こうに、この虹のふもとに眠っているんですね。未来と言う、宝物が……。」
そして、少年は真っ直ぐにその澄んだ瞳で虹の向こうを見据え、力強く足を前に踏み出しました。
それと同時に、プロミネンスの姿が消えます。
いつのまにか、少年の手には7色の宝石が握り締められていました。
ガーネット・トパーズ・エメラルド・サファイア……。
そして、ひときわ大きい白き星をその中央に湛えたルビー。
少年が立っている虹のふもとから、それはまるで零れ落ちたかのようなきれいな色をしていました。
それは、女神の加護を受けた者のみに与えられる『プロミネンスの護符』でした。
そして、少年は再びその足を踏み締めて、虹を渡ります。
まっすぐな瞳をただ、輝ける未来に向かって……。
そう。この虹の向こうに、宝物が待っています。
いつだって虹のふもとには、宝物が眠っているのです。
未来と言う名の、宝物が……。
(アストリア王家・秘蔵歴史書『王歴書・第1の序』より抜粋)
© Kiyama Syuhei 木山秀平
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