Report 8 ARTはゆっくりと動き出す


「はいはい。それはもう。お待ちしております。」
 商売人の笑みを浮かべて江上はTV電話に笑いかける。
 そして、電話はぷつりと切れた。
「よしよし。これで、ハーブ・コネクションの支持を得てマーケットを世界的に拡大できる。いやはや、いい
 事尽くめだなぁ。」
 彼は、自分の革椅子に座ると、ばか笑いを始める。
 現在が自らの天下であるかのように。

 現在時刻、午前2時13分。
 明日香は、現在江上のいる自社ビルのちょうど向かい側のビルの屋上から双眼鏡を覗いていた。
「はいはい。それはもう。お待ちしております……か。」
 そしてしばらくして。
「よしよし。これでハーブ・コネクションの支持を得て……って、プロフェッサーがらみだったの!?」
 驚く明日香。組織ハーブ。それこそが彼女の父の敵。
 そして、ハーブ・コネクション。無関係と思わない方がおかしい。
「こうなったら……なんとしても取り引きをつぶしてやる!!」
 決意を新たにする明日香であった。

「あ、飛鳥ちゃん?君に頼まれた事だけどねぇ……。」
 木山は、パソコンを使った(インター)ネットTV電話の向こうの雅貴に向かってそういうと、ため息をつく。
 そして、また言葉を続ける。
「やっぱり駄目だわ。君が期待しているほどの情報も無いよ。」
 その木山の言葉に、受話器とモニターの向こうに雅貴の落胆する様子がありありと示される。
 雅貴は落胆の表情のままで呟いた。
『そりゃ、センセなんぞに何か情報を期待する方が無理なのかもしんないけどさぁ。も少し、何か無い?』
「無い袖は振れないよ。飛鳥ちゃ〜ん。」
『……だから、そんな鼻にかかったような言葉で言うのやめてくれ。作家の内田康夫先生にあこがれているっ
 てのも解るけど……。』
「ま、ま、ま。お?」
 雅貴の文句を受け流しながら、木山はPCディスプレイの画面にメールが来ている事を示す表示を見る。
「あ、悪い。飛鳥ちゃん。メール入ったから。ちょっと待っててよ。」
『え?ちょっ……センセ!』
 雅貴との会話を保留にして、メールソフトを立ち上げる木山。
「え……と、差出人は………。」
 それをチェックしてから、木山はにやりと笑う。
「なるほど。佐々木さんか。」
 佐々木とは、木山の知り会いのネットワーカーである。別の知り会いであるところの『余弦』さんから紹介
してもらった人物だ。が、彼こそは実は聖華市の裏街道にあるBAR『裏切り者』の先代マスターなのである。
 店を2代目に任せている現在では『余弦』さんに教えてもらったネット技術を使って、世界中の裏情報をそ
の手に握り、殆ど道楽で大手情報屋紛いの事をしている。もっとも、それは『裏切り者』を設立した当初から
ではあったが。
 当時は、飛鳥刑事が主な情報のお得意様であったが、現在では政府・警察庁も佐々木の情報を頼りにしてい
る節があるらしい。もっとも、これはあくまで佐々木自身が行っていた事ではあるが。
(余弦さんに言わせると、彼はかなりのワルの上、食わせ物であると同時にふざけて話をでかくして大風呂敷
 を広げてしまうきらいがあるそうなのだ。はっきり言って、元刑事とも思えないほどに。その上、彼は結構
 束縛を嫌う。警察を辞めてからは、その傾向が特にあるそうだ。)
 ……その彼が、なぜ木山にメールを送るかと言えば、これが実は雅貴の為だったりする。
 彼にしてみれば、雅貴はかわいい後輩の孫である。
 そんな彼からしてみれば、雅貴が聖華の裏街道----ごろつきどもの潜む『裏切り者』のある場所へ立ち寄るの
は好ましい事ではない。確かに『裏切り者』がある地域はある時間までは普通のサラリーマンも立ち寄る繁華街
なのだが、深夜もかなりすぎると雅貴----と、言うよりも飛鳥一家に恨みを持つ人間も数多くたむろして来るの
だ。治安の悪い昨今、雅貴もそうおいそれとは『裏切り者』には顔を出せないわけである。
 その佐々木から来たメールに、ざっと木山は目を通す。
 そのメール内容に、木山は顔色を変えて慌てて雅貴への回線を開く。
「おいおいおい!!飛鳥ちゃん!!」
『どうしたんだよ。センセ。』
 木山の様子がいきなり変わった事に対し妙な感覚を受けた雅貴は、それを隠してぼけたように言う。
 そんな雅貴の状態にもかかわらず、木山は慌てふためいたような声で叫ぶ。
「来たんだよ!!来たっ!!!」
『だから何が。』
「君が求めてた、情報だよ!!その……絵!!妙な情報が裏を流れてる!!」
『妙な情報??』
「いいか。さっき来たメールの内容を簡潔に要約すると、だな。」
 そして木山はメールの内容を雅貴に話し出す。
 早い話が、メールには以下の二つが書かれてあったのだ。

   1.火事で燃えたと思われた絵が、絵画ブローカーの江上の元にある事。
   2.そして、その絵を『ハーブ・コネクション』と言う国際的組織が買い取るという事。

「これって、君が求めていた情報じゃないか?飛鳥ちゃん!!」
 木山の興奮の入り交じった言葉に、雅貴は無言で頷く。
「どうするよ。」
 木山の言葉に、雅貴。あいも変わらず、母親似のその瞳に彼の父親にも似た光を湛えて呟く。
『当然……取り戻す!!』
 その時------ネット電話の回線が途切れてしまい、雅貴側ワークステーションから送られるはずのデータが
途切れてしまう。
「ありゃ?どしたんだ??」
 木山は、画面をじっと見つめる。しばらくして、木山のパソコンのOSが以下の文面を示した。

   [先方のサーバーからのアクセスが途切れました。原因不明の切断。]

「あらら……またか。」
 木山は、諦めたようにため息をついた。
 いくら20世紀後半から、PCの進化が加速度的にジャンプアップしてシステムが良くなっているとは言え、
ネットを介している場合には、よくある事故なのである。

「え?」
 いきなり回線が途切れた事に対して、雅貴は異様な声を出した。
「サーバーがダウンした??んな馬鹿な!!このサーバーはそう簡単には……!!」
 雅貴は、慌ててキーボードを操作する。その時。
 雅貴のワークステーションかあらメール着信のシグナルが鳴って、ディスプレイにメッセージが流れる。
「な??」
 ディスプレイにそのくちばしに手紙を持っている赤い色をした鳩が映し出される。
 そして、その鳩がディスプレイ上で雅貴に向かってその手紙を投げる。
 手紙は、ディスプレイの上に大写しになる。
 それを見たとたん、雅貴の思考が止まった。
 それには、ディスプレイいっぱいの文字でこう書かれてあった。

         「予告状」

 と-----------。
 雅貴は、思わず口笛を吹いた。それは、意識して吹かれたものではない。
 つい、自然に出たものなのだ。そして、雅貴の顔に微笑が浮かぶ。
「もしかして……。」
 そう呟いている雅貴には、このメールの追跡をしても無駄である事が解っていた。
 このメールの差出人が、雅貴の考えている通りの人物ならば、そんなヘマはしない。
 ディスプレイいっぱいの「予告状」の文字が消え、また新たな文字が出る。

    「明後日 A.M. 3:00 o'clock 
         聖華第8埠頭、裏取り引き現場
         火事で消えたはずの浅井駿英氏の遺画
         引き取りにまいります。

         P.S. 今回、マジよ。出来れば
            見逃して欲しいんだけど……。

                   怪盗 紅鳩-ルージュピジョン-
                          =Rouge Pigeon=

「弱気だな。それだけ、失敗できないプレッシャーがあるって事だな。それでも、お前は挑戦してくるか。」
 にやりと笑う雅貴。
「それでこそ、お前だよ。」
 ポツリと呟く。
 その時、ドアがノックされる。
「はい。」
 雅貴の返事に、
「お兄ちゃん。あたし。ちょっといい?」
 ドアの向こうから、妹のかわいらしい声が返ってくる。
「ああ。いいぜ。」
 返事を再び返す雅貴。
 ドアが開き、部屋に恋美が入ってくる。
 雅貴は、パソコンから離れて側のベッドの上に座る。
 そしてその顔に笑みを浮かべて恋美に向き直り、言う。
「で?どうしたんだ??」

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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