Report 7 TEL TEL TEL


「あーーーーーーっ!!」
 明日香のいきなりの叫び。
 何事かと思いそこにいる全員明日香の方を見る。
 当の明日香は何かを指差してわなないている。
 全員の視線が、今度は明日香の指差している方向に向く。
 そこには、章子のカメラがあった。
 そしてそのカメラから……なんと煙が噴き出ていた!!
「な、な、な??」
 パニックを起こす章子。
 じきにカメラから炎が吹き出す!!
「きゃあっ!!」
 悲鳴を上げてカメラから手を放す章子。
 美奈が慌てて手近にある消化器を掴んで、ノズルを燃えるカメラに向けてから、安全ピンを引き抜きレバー
を握る。
 勢いよく、消化液が噴出されて火が消える。しかし……。
「あ、あ、あたしのカメラ……。」
 章子の哀れを誘う呟きが痛々しく響く。
「天罰よ。おかしな記事書こうとするからでしょ。」
 明日香のどこかほっとしたような、せいせいしたとでも言うような声が章子の背中に届く。
 恋美は、どこかすまなそうなそんなあまりにも重く、痛々しい表情をしている。
「また、失敗しちゃったぁ……。ごめんね。章子ちゃん。」
 だが、そんな恋美のお詫びの台詞も章子にはショックのあまり聞こえていないようだ。
 美奈は大仰にため息をついている。
 そこには『だからやめとこうって言ったのに』と、ありありと出ていた。
 重々しい空気の中で、耐えられなくなったか、明日香は章子に叫ぶ。
「まったくもう!!何いつまでショボーンとしてんのよ!!」
 章子は、そんな明日香をキッと睨んで叫ぶ。
「なによ!!元はと言えばあなたが……。」
 そこまで言って、章子の叫びがしぼむ。
 明日香の雰囲気に、ただならぬ物を感じたからだ。
 明日香は少し目を細めると静かに思いっきり息を吸い、章子を指差して叫ぶ。
「いいかげんにしなさいよ!!黙ってそこに、座んなさい!!!!!!!!!正座よ!正座ぁっ!!!!!!!!!!!!」
 それは、まるで晴天の中の雷のように周囲に響き渡った。
 章子だけでなく美奈も、恋美までその場に正座する。
「大体、あんたたちねぇっ!!何考えてんのよ!新聞部ってものの誇りは、どれだけの真実をきちんと伝えられ
 るかでしょう!!それを、誇張して誤報するような某大手新聞みたいに成り下がってどーすんのよ!!」
 ……けっこうヤバイ発言であるがそれはひとまず置いといて。
 まだまだ続く明日香の説教。
「そういや、最近事件も無くて退屈だとか言ってたわねっ!!例の大火事も伝えきったしって??ふざけんじゃな
 いわよ!!まだまだ例の火事も何もかも終わってないんだからっ!!噂好き+新聞部なら、もうちょっとまとも
 にまじめに噂話しなさいよっ!!」
 ……明日香の口調に脂が乗り、ヒートアップしだした時。
 いきなりPHSの発信音が鳴り出す。
「……あ、あたしのだ。」
 恋美は立ち上がると自分の制服のポケットからPHSを取り出す。
 明日香は、説教をやめてぶすっとした顔で章子に小声で言う。
「カメラなら、安く手に入るつてもあるから捜しといてあげるわよ。」
 その言葉に、人知れず感激する章子。
 しかし、恋美はそれに関せずにPHSに出る。
「もしもし。羽丘です。」
『妹さんね?アスカ3rdの。』
 妙に高い声。ボイスチェンジャーとヘリウムガスを重ねあわせたような声だ。
 嫌な予感がして、恋美は注意深く尋ねる。
「誰ですか?」
『あたし?そうね。星詠み----フォーチュンテラーとでも呼んでちょうだい。』
「未来詠者(フォーチュンテラー)?」
『あたしは、あなたに時と転機を授けに来た。』
「占いは、きちんとした場所でと決めてるんですけど?それにお金も無いし。」
『あら、無料奉仕よ。もっとも、私の元にも利益は返ってくるわ。いわゆる「風桶」方式って奴。』
「風桶?」
『「風がふけば、桶屋が儲かる」有名な故事も知らないのね。』
「何が言いたいんですか?」
『明後日、裏取り引きがあるのよ。浅井駿英の絵画のね。夜3時。聖華第8埠頭。』
「え……?」
『あなたの「お兄ちゃん」のPHSにかけると逆探されてしまうからね。あなたから伝えなさい。』
「ちょ、ちょっと待って!!あなたは一体……!!!」
『言ったでしょう。私は星詠み。開けてはならぬ禁断の箱に潜む、フォーチュンテラーよ。』
「開けてはならぬ……禁断の箱……。」
 そこで、電話は途切れた。
 恋美の呆然とした、されど不思議な表情をたたえた顔を見た明日香は、彼女に言う。
「どうしたの?」
「解らないの。お兄ちゃんに伝えるようにって。」
「何を?」
「うん。明後日の午前3時に聖華第8埠頭で絵の取り引きがあるって。」
 その恋美の言葉に美奈が答える。
「おかしな所で取り引きするわねぇ。」
 しかし、明日香の顔は引きつっていた。
(この時期そんな時間……絵の取り引き……しかも埠頭……まさか!!)
 そこまで思い至った時、明日香は恋美の両肩をしっかりと手で掴んで言う。
「恋美ちゃん!!それは絶対に雅貴さんに言った方がいいわ!!犯罪がらみよ!!!」
「ええっ!!」
 そして、そんな2人の様子を見ながら章子と美奈の2人は顔を合わせて頷いていた。

 カリンは、自分の携帯をケースにしまう。
 強烈なジャミングをかけ、組織のコンピューターを何回も経由して恋美のPHSに回している。
 絶対にばれないだろう。
 カリンは、ため息をついて呟いた。
「たいした星詠みねぇ。あたしも。」
 そして立ち上がり、水洗便所のレバーを引く。
 水が流れる音の中で、しかしカリンはポツリと呟いた。
「でも……プロフェッサーは……タイム様はなにをお考えになっているのかしら……こんな、上の計画を壊し
 かねないような真似をして………。」
 しかし、そこで首を振る。
「何を考えているの!!私は、プロフェッサーを信じてついていくと誓った女よ!!そうよ。あの方のやっている
 事は、私の全て!!私は、プロフェッサーと共に歩む!」
 そして、顔を上げた時。
 カリンの顔に、迷いはなかった。そして、カリンは香鈴の顔に戻ってトイレの外へ出た。

 放課後。児童養護施設『あゆみの園』の玄関先。
「……情報、どうなったんだ?」
 尋ねる雅貴に彼の中学時代の後輩である大杉 晃は答える。
「先輩。やっぱ、無駄ですよ。どーにもなりません。」
「そ、か。佐々木さんでも駄目かぁ。」
 雅貴の呟き。
 佐々木さんとは、晃の2代近く前にこの施設の自治係の長だった人間、佐々木淳也の事である。
 旧姓は大川と言い、現在では聖華市繁華街の少しヤバ目のバーである「BER 裏切り者」と言う場所の若店主を
している。以前に裏の世界に入りかけた施設の兄弟たちを助ける為に単身乗り込んで行った時、先代の店主に
出会い、大川の優しくも厳しいしかし仲間の為ならどんな事でもする人柄に惚れ込んだ先代店主が養子にした
そうである。実は、このバーは聖華市の裏情報の中枢とも言える場所だ。
 先代店主は元刑事で、容疑者とのいざこざが元で志し半ばにして中途退職。しかし、それでも悪を見過ごせ
ない先代店主は、警官時代に培った情報屋たちのコネや応援やノウハウでこのバーを作り上げた。
 それは、表には絶対に流れない情報を扱い、警察や興信書士に提供する為。
 だから店の名は「裏切り者」なのだ。裏街道に居ながら、表街道の人々の為に動くから。
 裏の世界の裏切り者。それが「BER 裏切り者」である。
 ついでに言えば、この先代店主。雅貴の祖父の刑事時代の先輩である。かつては共に怪盗ルシファーとも共
に渡り合った刑事だったそうだ。
 そして、それが縁でこの「BER 裏切り者」は飛鳥家御用達の情報源の一つとなっている。
 今回、雅貴はここに寄る暇が無かったので、現マスターの知り会いである晃に情報のつなぎをとってもらっ
たのだ。
 実は雅貴は晃の事をかなり信用している。
「それじゃ、センセも無理だよなぁ。」
 雅貴は、岡山にいる中年の同人ウェブ作家の事を思い起こした。
 確かにそうかも知れない。
 彼の裏情報は、ここの情報を元にしたものが多いのだ。
 主に木山に裏情報を吹き込んでくれるのは、ここの常連である「余弦」と言う男や「きつね」と呼ばれる気ぐる
み男などである。もちろん他にも数多くいるが。
 雅貴は、深く深くため息をついた。
「例の美術館の火事、いまだ放火か自然発火か過失かわかんねぇし……。確たる証拠も出てこない。こりゃ、
 ひょっとすると……。」
 雅貴は、そこで言葉を飲み込む。
 こう思ったのだ。
(国際的な奴等が絡んできてるか?)
 と。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
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