Report 5 炎から紅の鳩への希望


 角井家の門から、一人の少年が2人の女性を背負って出て来る。
 炎にあぶられながら。それでもなお、少年は2人を離さなかった。
 そんな彼に、言葉がかかる。
「お兄ちゃん!!」
 少年-----雅貴の妹、恋美の声である。
 雅貴に駆け寄る恋美。雅貴の側によると、その背にあやと明日香が背負われているのを見て、ほっと胸をな
で下ろす。
「よかったぁ……。」
 そして恋美はその場にくたりと崩れ落ちる。雅貴はにっこりと笑って、恋美に言った。
「だから言っただろ。俺に任せとけってな。」
 そんな彼に、今度は恋美の後ろにいる両親から言葉がかかる。
「よくやったぞ。雅貴。」
「また危ない事してぇ。」
 雅貴はその言葉に少し気まずく笑う。が、次の瞬間。
 ほっとして緊張の糸が切れたか、雅貴はそのままぶっ倒れた。
「お兄ちゃん!!」
「雅貴!!」
 妹と母が血相を変えて雅貴に駆け寄る。
 しかし、父の大貴だけが冷静な顔で言った。
「大丈夫だ。よく見ろよ。」
 その言葉に、雅貴の顔を覗き込む恋美と芽美の2人。
 すると、雅貴。
 幸せそうにいびきをかいて眠っていた。
『なぁんだ。』
 2人とも同じ言葉を呟いて、ほっと胸をなで下ろす。しかし。
「こっちの2人は、雅貴のように安心するわけにもいかねーぞ。」
 その大貴の台詞に、我に返る芽美と恋美。
 だが、それも少々要らぬ心配かもしれない。
 都合よく、その場に救急車が停まり、救急隊員がやって来たからである。

 翌日。
 雅貴が目が覚めた場所は、家----ではなく、病院の病室だった。
「んな??」
 間抜けな声を上げる雅貴。頭を掻いて、昨日の状況を思い起こす。
 脳裏に瀕死の明日香の姿が浮かんだ。
「ゆうきちゃん!!」
 慌てて飛び起きる雅貴。だが、慌ててバランスを崩してしまい、ベッドから床へ頭から落ちてしまう。

 ごん

 鈍い音が病室内に響いた。
「痛っ…てぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
 床にへたばって頭を押さえる雅貴の瞳に少しだけ涙が浮かぶ。
 しかし、雅貴は慌てて両手両足を動かし、這った状態のままでドアの前に進む。
 だが、その時。病室のドアが開く。
「お兄ちゃん、目が覚めた?」
 そこには、恋美がいた。
 恋美は、四つん這いの雅貴を見ると目を点にして呟く。
「……お兄ちゃん、なにやってんの。」
 雅貴は顔を上げて妹の姿を認めると、立ち上がり彼女の肩をつかんでゆする。
「れ…恋美!!ゆうきちゃんは……ゆうきちゃんはどうした!!」
 揺すられながら恋美は、必死で答える。
「あー、あ……明日香ちゃんなら……明日香ちゃんなら、お兄ちゃんの隣に……。」
「何!?」
 雅貴は慌てて振り向き、自分のベッドのまだ向こうを見る。
 そこには、安らかに寝息を立てている明日香の姿。
 雅貴は、ほっとして恋美を離して明日香の横に椅子を引き出し、座る。
「よかった……。」
 その兄の様子を見て、恋美。
「お兄ちゃんったらぁ。もう!!」
 と、怒ったように呟くのだった。

 角井家の火事から、数日が過ぎた。
 今、明日香は聖華市中央病院のあやのベッドの側にいる。
 その左腕と右足首には、包帯が巻かれている。火事場でやけどしたらしい。
 あやの状態は、明日香よりも悪い。やけどもひどく、あちこちに包帯が巻かれている。明日香は昨日起きた
ばかりだが、あやはいまだ混沌とした意識の中にいるらしい。
「……………。」
 無言であやを見つめつづける明日香。
 そして、その場から離れようとした時だ。
「返して……息子の……絵を……返して………。」
 明日香は、目を見開いて声をした方を向く。
 そこには、混沌とした意識の中で息子の絵を、絆の証を返して欲しいと訴える悲しいあやの姿があった。
「あやおばさん……。」
 あやは、無いはずの意識の中で明日香の手をつかむ。
「……………。」
 明日香は何も言わずにそのあやの手を両手で包んだ。
 明日香には、その場を離れる事は出来なかった。
 なぜかは、明日香本人にも解らなかった。

 数時間が過ぎた。
 あやは、ポツリと呟いていた。
「……願い求めるもの……昨日と明日の狭間の時にその願いを電脳の波漂うボトルに乗せよ……。どうか…。
 誰か……。私の口座の老後の蓄えを使っても……。」
 それは、明日香が流した都市伝説。
 ルージュ・ピジョンへの依頼の手順だった。
 その時のあやに意識があったのか、無かったのか。それは解らない。
 しかし、これだけは言える。
 彼女は救いを求めているのだ。
 明日香はじっとあやを見つめる。
 そして、呟いていた。
「解ったわ……あたしに任せて………。」
 明日香は、あやの手から自分の手を解くと、立ち上がって病室から出る。
 そして、少し目をつむると、また開ける。
 そこには、強い意志を秘めた少女怪盗の紅い瞳が、カラーコンタクト越しにも伺えた。
 だが、その明日香の姿は誰にも見られる事はなかった。

「わはははは!!」
 オフィスに、ばか笑いが響く。
「しかし、社長も悪ですなぁ。」
 秘書の声が社長----江上の耳にしっかりと聞こえてくる。
「人聞きが悪いな。私は、正当かつ確実な手段で盗んだだけだよ。」
「盗む、と言う行為自体が正当ではないのでは?」
「何を言うのだ。私の中では正当なのだよ。人が自らの欲に生きて何が悪い??それに……火をつけたのはお前
 だろう。」
 秘書は、微笑を絶やさずに呟く。
「そうですねぇ。ただの火付け泥棒に過ぎなかった私の腕をかって下さった事は、感謝してますよ。社長。」
「ふっ……。私も、お前を拾わねば今回の事は想いつかなかったろうな。」
「今回のブツはどこに流しますか?」
「うむ。新たな市場を開拓せねばならんからな。実はハーブ・コネクションの運営するブラック・マーケットか
 ら、誘いが来ているのだよ。」
「なるほど。」
 秘書と社長は、それぞれに含み笑いを続けている。
 それは、無気味かつ陰湿に-------。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
禁・無断転載