Report 3 燃え盛る炎の中で


「起きてっ!!恋美ちゃん!!」
 明日香は慌てて恋美を叩き起こす。
 当然、その前に素早く眼鏡とカラコンはつけてしまっているが。
 恋美はベッドから起きると、その目をこすりながら呟く。
「……なぁによぉ。明日香ちゃん。」
 飛鳥は、その恋美の言葉に返事をせず、無理矢理彼女を窓際まで引っ張ると例の火事を見せる。
 それで恋美の目が一気に覚める。
「ちょっと!!明日香ちゃん!!大火事じゃない!!」
 そして、そんな恋美に明日香は叫ぶ。
「あの距離、あの方向!!美術館よ!!」
「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!そんなぁっ!!」
 明日香の言葉に、悲鳴を上げる恋美。

 一方、そんな素っ頓狂な恋美の悲鳴に雅貴は目を覚ましてガバリと跳ね起きた。
「な、なんだっ!!!」
 慌てて上着をハンガーから外して着込み、部屋の外に出る。
 そこにいたのは、慌てた様子で階段を玄関へと駆け下りる妹たちの姿だった。
「お、おいおい!!」
 慌てて、恋美と明日香を追いかけて玄関から外へ出る雅貴。
 それから少し遅れて大貴と芽美が何事かとこちらも上着を羽織り、玄関の鍵を閉めてから雅貴たちの後を
追う。
 結局、家族全員がその火事現場へと急いでいた。

 恋美と明日香が火事現場に到着した時、家も美術館もしっかりと炎に包まれていた。
 近くでは、町内の自警消防団が近くに予備設置されている消火栓とホースを出している。
 また一方では、バケツリレーも行われていた。
「そ……そんな……。」
 呆然となる恋美。だが、明日香は今までに無い鋭い目でその劫火を見つめている。
(まさか、こんなに早く動くなんて……。しくじった……!!!)
 内心、自分の読みの甘さにほぞを噛む明日香は素早く辺りを見回す。
 そして、気づいた。
 ここにいるはずの人間-------真っ先に避難しているはずの人間がいないのだ。
 明日香は慌てて近くにいる野次馬の胸座を掴んで尋ねる。
「あやさん……ここの家の女主人は!?」
 いきなり尋ねられた野次馬は、しどろもどろしながらも答える。
「さぁ……でも、そう言えば見ないなぁ……もしかしたら……。」
 最後の自分で言った言葉に、野次馬はその顔を青くする。
 そして、近くにいる人間に叫ぶ。
「お、おい!!角井さんが見えないぞ!!!逃げ遅れたんだっ!!!!」
「消防車は!!」
 野次馬を離した明日香の叫びに他の野次馬の答え。
「さっき通報したんだ!!そう簡単に来るものか!!」
 その明日香と野次馬のやり取りを聞いて、恋美の顔が炎にあぶられているにもかかわらず青くなっている。
「そ、それじゃあ、あやさんは……。」
 恋美の言葉が終わるよりも早く。明日香はバケツリレーの所まで行き、有無を言わさずにバケツをぶん取っ
てその中にある水を被り、炎に包まれた家の中に飛び込む。
「明日香ちゃん!!!」
 恋美の叫び。だが、明日香はそれに関わらずに炎の中を突き進んでいった。

「あやさん!!あやおばさん!!」
 明日香の叫びが炎の中に響く。
 だが、返事はない。
 全てのドアを開けていく。もちろん、ドアの温度は確かめる。室内への酸素流入によるバックドラフト現象
を避けるためだ。だが、母屋の全てのドアを開けてもあやの姿はない。

「明日香ちゃん!!明日香ちゃん!!!」
 明日香の後を追いかけようと半狂乱で手を伸ばす恋美。
 だが、その彼女の体を消防自警団の人たちが押しとどめていた。
 それでも、明日香の後を追おうと恋美は足を前に進めようとする。
「無理だ!!」
「残念だが……角井さんもあの女の子も助からないよ。」
 そんな野次馬の言葉に、恋美は更に焦って体を前にと進めようとする。
 が、その力は消防自警団の人たちによって空しく掻き消える。
「離して……明日香ちゃん……あやおばさん……!!!誰か、助けて!2人を助けて!!!!」
「恋美!!」
 恋美の必死の叫びに、聞き慣れた声が返ってくる。
「どうした!!恋美!!!」
 恋美は、その声の主に振り向き、そして叫んだ。
「お兄ちゃん!!」
 そう。声の主は恋美の兄、雅貴であった。
「お兄ちゃん!明日香ちゃんが……あやおばさんの……!!」
「落ち着け!!恋美!何があった。一体、何が起こってるんだ!!落ち着くんだ。落ち着いて話すんだ。」
 兄の力強い声に恋美の心に平静が戻っていく。そして恋美ははやる心を押さえて噛み締めるように、雅貴に
言う。
「あやおばさんがいなくて……。明日香ちゃんが助けに行って……でもでも、すごい火で……。」
「ゆうきちゃんが!!」
 雅貴の叫びに、こくりと頷く恋美。

 ものすごい熱だ。喉が焼け付く。
 明日香は、それを自覚しながらそれでも叫びつづけた。
「あやおばさん!!どこですかあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 はやる思いは、明日香も恋美と同じようなものだった。
 明日香は、心中で呟く。
(冗談じゃないわ!!目の前で人が死ぬ……二度とご免よ!!!!)
 それは、目の前で親友を殺された(File 9 参照)ショックにも起因する想いである。
 だが、あやは母屋のどこにもいない。
 あやがどこにいるのかをじっくり考える明日香。
 そして、明日香はあやがどこにいるのか思い当たった。
 そう。美術館であるアトリエだ。
 現在明日香がいるのは、母屋の2階。
 窓に駆け寄り、手をかける。だが----。
「熱っ……。」
 温度が高すぎる。このまま開ければ、間違いなくバックドラフトが起こる。
 低酸素で建材から膨大な燃火性ガスが燃えずに充満している所へ、更なる酸素が流れ込んだために炎の勢い
が増大して大爆発を起こす現象。それがバックドラフト。
 2階から、アトリエを見下ろす明日香。
 アトリエにも既に火は移っている。現在、火の勢いは母屋ほどではないにせよ、このままではアトリエ全
焼も時間の問題である。
 そこへ追い討ちをかけるように、明日香のいる部屋のドアから紅き炎の舌が侵入してくる。
 いくら紅の鳩を名乗る少女とはいえ、紅の炎に強いわけではない。
 明日香は覚悟を決めた。
 窓の桟に自分の足を乗せて、出来るだけ小さくその身を丸める。
 勝負は、一瞬。
 バックドラフトを、味方に出来るか--------。
 そして、明日香は勢いよく窓を開けた。

 雅貴は、じっと炎の向こうを見る。
 この奥に明日香が飛び込んでしまっている。
 ゆうきちゃんが。
 雅貴は奥歯をギリッと噛み締めると、妹の肩にその両の手を置いて言う。
「恋美、大丈夫だ。安心しろ。俺が何とかする。」
「お兄ちゃん?」
 恋美のきょとんとした顔に、雅貴は真剣な眼差しで言う。
「きっと、みんな無事に帰す。絶対みんなを助けてみせる。だから……心配するな。」
 雅貴は、明日香と同じようにバケツを受け取ると、その水を勢いよく被る。
 そして、炎の中へと突っ込もうとする。
「お兄ちゃん!!」
 妹の叫びに、雅貴は足を止めて振り向き、叫んだ。
「大丈夫だ!!心配するなよ!!」
 そして----雅貴は炎の中へと踊り出る。
 その兄の背中を、恋美はじっと見つめていた。

 それから、数秒と経たずに大爆発が起きる。
 明日香の起こしたバックドラフトだった---------。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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