Report 2 そして、災いの火の手は上がる


 江上はしつこくあやに詰め寄る。
「なによっ!!あいつっ!!」
 じっと明日香の側で状況を見守っていた恋美が、ここにいたってとうとうキレた。
 そう叫ぶと恋美は美術館のドアを開けて、あやの側に大股で寄り江上に向かって叫んだ。
「ちょっと、あなた何様のつもり!?」
 いきなりの闖入者に、状況がつかめずに弱る男たち。それにかまわず恋美はまくしたてる。
「ここにある絵は、ただの絵じゃないのよ?このあやおばさまと涼太さんの大事な大事な思い出なのよ?それ
 を……それをとって行こうだなんて……信じられないっ!!あたし、絶対にここの絵が好きなんだから!!」
「そうよっ!!」
 そろそろ頃合いかと思い、口を挟む明日香。
「あたしたちがいる限り、ここの絵を売らせはしないんだから!!」
 いきなり現れた2人の少女の迫力に、たじたじになる男たち。
 それに江上は叫ぶ。
「ええい!!お嬢さん!!私は、この角井あやさんとお話をしているんだ。部外者は外に出たまえ。」
 その江上の言葉に、あやはぴしゃりと叫ぶ。
「外に出るのは、あなたたちです!!」
 そのいきなりの言葉に、呆然とする江上。
「この子達はこの美術館のファンです。あなた以上にこの絵たちを愛してくれています。その2人がこう言っ
 ているんです。あなたこそ部外者です。話す事などありません!!出て行きなさい!!!!」
 その毅然とした、今までの激昂とは遥かに次元の違うあやの言葉に、江上は顔を歪めて捨て台詞を叫ぶ。
「ちっ!!だが、いつか後悔する時が来るぞ!!」
 そう言って、江上と男たちは美術館から出て行く。
「べーだ!!工夫も何も無い捨て台詞なんかすんじゃないわよっ!!」
 江上たちに舌を出す恋美。
 そんな2人に、あやは心からこう言った。
「恋美ちゃん、明日香ちゃん。ありがとう。」

「……そりゃまた、典型的なパターンだなぁ。親父。」
 飛鳥家の夕食風景。本日の食事当番は雅貴。主な献立は、マリネサラダ、クリームコロッケ、ハンバーグと
いった所である。そして、実は今日の夕食には明日香もお呼ばれしているのだ。
 最初は一人暮らしの明日香を「一人じゃ寂しいでしょ?」と半ば強引に恋美が誘っていたのだが、現在ではほ
とんど何も言わなくても明日香がいる事がどういう訳か当たり前になってしまっている。
 ……その理由の一つに、実は明日香が壊滅的に料理が駄目だと言うのがある。
 その腕前は……やめておこう。ものすごく恐くなる。一人暮らしなのだから、料理は得意と思うだろう。
 否。彼女の料理はほとんど失敗して、その夕食はたいていスーパーの雑菜か冷凍食品である。
 料理好きなのだが、なぜか料理が駄目なのだ。もちろん、そんな事は雅貴たちは知らないが。
 その席上で恋美がぶつぶつと今日の美術館での出来事をこぼしていた。
 それに対する雅貴の反応が、冒頭の台詞である。
 その言葉に、父の大貴も頷く。
「そうだな。確かによくあるパターンだ。絵画道楽の金持ちが金や権力にあかせて絵を片っ端から欲しがる
 のは。」
 そして、大貴は恋美たちに言う。
「今日はそれで収まったんだろうが……それで済むとは思えないな。」
「そうそう。それはひょっとしたら、前触れに過ぎねぇのかもしれない。」
 父の言葉に、同調する雅貴。
「そんな……。不安にさせないでよ。お兄ちゃん。」
 恋美の言葉に、雅貴。
「別に、そんなつもりは無いよ。そうだな……俺も行ってみるか。その美術館。」
「え?」
 雅貴の言葉に対して、恋美は少し拍子抜けした声を上げる。
「何かその人の力になれるかもしれない。いいだろ?親父。」
 そう尋ねる雅貴に大貴は、
「うん。そうだな。俺も行ってやりたいが、仕事があるからなぁ。」
 そんな話をしている大貴と雅貴の横から、雅貴と恋美の母である芽美が口を出す。
「あなた……大丈夫でしょうね。2人とも、危ない事をしないでよ。」
 そんな母に向かって、雅貴はあまりにも白々しく言う。
「うん。判ったよ。」
 一方で、そんな家族の会話を聞いていた明日香は思った。
(雅貴さん、鋭すぎ。はっきり言って……。)
 後は、口に出して呟いていた。
「確かに、これで終わるとは思えないものね……。何も無い方がいいんだけど。」
 それを恋美。耳ざとく聞きつけて明日香に言う。
「そうよねぇ。ねぇ、明日香ちゃん。あたしたちで、あの美術館守ってみせようね。」
 明日香は、その恋美の言葉に無言でにこやかに大きく頷いた。

 なんだかんだ話しているうちに、夜もふけていく。
「そろそろ、あたし帰るわね。」
 そう明日香が切り出した時であった。
「えーーーーーーー!!!!明日香ちゃん、帰っちゃうの??もう夜も遅いよ?」
 恋美の残念そうな声。
 時計を見る明日香。そのデジタル表示は、22時30分を示している。
「最近物騒だから、泊まっていった方がいいわ。女の子の一人歩きは危ないわよ。」
 芽美の言葉。しかし、明日香はこう言う。
「大丈夫。あたしの事なら。ね、おばさま。」
「それはそうかもしれないけど……。」
 確かに、明日香の正体を知る芽美(FILE 10 参照)にはその言葉はものすごく納得できる。
 しかし、万が一という事もあるのだ。
「それじゃ、雅貴に送らせようか。」
 何気なく大貴が言った一言に、明日香の頬がほんのりと紅く染まる。
「な、な、な………何を言うんです!!」
 雅貴は、現在トイレに行っていてこの場にいない。
 しかし、明日香はうろたえて慌て出す。
「そんな、雅貴さんと一緒だなんて……もう…やだぁ!!」
 その様子をいかにも面白いというような表情で見つめる恋美。
「やっぱり明日香ちゃん、お兄ちゃんの事……。」
 そう突っ込もうとした恋美の言葉を遮り、明日香はぶんぶか首を上下左右に振りながら叫ぶ。
「やだやだやだやだ!!!恋美ちゃんったら!!そんなんじゃないのよぉ!!だからね……そのね……。だから、た
 とえ良く知ってるお兄ちゃんでもね、2人っきりってのはどうかなーなんてね……だから……。」
「何やってんだ?ゆうきちゃん。」
 いきなりのその言葉に、明日香の心臓はこれ以上はないほどに跳ね上がる。
「まっ!!雅貴さん!!」
 そう。先程、言葉をかけたのは雅貴なのである。
 たとえルージュとしてとてつもないピンチに陥ったとしてもこれほどの動悸は起こらないだろう。
「お兄ちゃん……今の、聞いてた?」
 恋美の言葉に、雅貴はきょとんとした顔をして言う。
「何をだ?今戻って来たばっかなんだぜ、俺は。」
 その雅貴の言葉を聞き、その表情を見て明日香。ほっと息をなで下ろした。
 そんな彼らの後ろで、芽美と大貴はにこやかにその様子を見守っていた。
 結局のところ、明日香はとうとう成り行きで飛鳥家に泊まり込む事となったのである。
 そして、深夜……。
 明日香は遠くからサイレンの音が聞こえたような気がしてむくりと起き上がる。
 横には、恋美が眠っている。
 明日香は、恋美を起こさないようにベッドから降りると、窓の外を見る。
 サイレンがだんだんと近づいてくるしかし、ある程度の音量になってから再び遠ざかっていく。
 そこから推察するに、家事の場所は少し離れているがけっこう近いようだ。
 もしかしたら、学校の周辺かもしれない。
 そして、明日香は窓を開けて体を乗り出し、右に左にと首を動かす。
 火の明かりを見つけた。
 火事が赤々とその禍禍しい炎を夜の闇に顕している。
 その方向。距離。
 明日香の頬につうぃっと一筋の汗が浮かぶ。
「まさか……。」
 思わず呟いていた。
「そんな、まさか……こんなに速く動くわけが………ないわ……。」
 その方向、そして距離。
 明日香は、目の前で起きている事に対して自分が下した判断が、自分で信じられなかった。
 そう。
 明日香は、いや、怪盗ルージュ・ピジョンとしての力を有する少女は、火事の場所をこう判断していた。
『火事の場所は、浅井駿英美術館だ』と。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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