Report 1 遺体は、雨の中で濡れていた


 深い森の中で。
 深い森の中でその中の木の一本にある枝がきしむ音を響かせていた。
 枝から、ロープが垂れている。
 そのロープの先にあるのは、体。
 首に紐が括られた人間の体。
 深い森の中で。
 人の体が一方の端に括り付けてある紐を引っ張る、一人の青年。
 青年の頬に、汗が滴る。
 そして、青年はその木に紐の端を留めた。
 深い森の中央で。
 体が揺れる。
 すでに、生命の力を感じさせない物体が。
 虚ろな瞳。
 よだれの垂れた口。
 だらしない、力の抜けた物体。
 青年は、それを見上げてゆっくりと心の中で呟いた。

 まずは、一人。
 まずは、一人。
 許すものか。許せるものか。
 自分から光を奪ったものを。
 あの、許さざるものたちに、裁きを------。
 絶対の、裁きを-------。

 森の中に携帯のベルが鳴る。
 青年は、自らの懐から自分の携帯を取り出す。
 通話ボタンを押して、自らの耳に携帯を当てる。
「はい。あ………。」

 プロフェッサーは、SOUND ONLYの電話の受話器を耳に当てたままで、こう言った。
「ええ。ええ。その通りです。判っているではないですか。そう。私は、計画を立てて差し上げるだけです。
 それで、あなたの願いは全てかなう。」
 電話の向こうで、何らかの答えがあったらしい。
「そうですね。あなたの最後の標的……。判りましたよ。……焦らないで下さい。」
 そして、またプロフェッサーは沈黙する。
 次に口を開いた時。彼はこう言った。
「聖華市……。聖ポーリア学院。」

 -------それから、2ヶ月の時が経った------。

 岡山、一宮。
 吉備路と呼ばれる自然遊歩自転車道から、少し離れた森の中。
 近くには『雨月物語・吉備津の釜』で知られる吉備津神社などがある。
 森、と言うよりかは山の中だろうか。
 秋には珍しい、霧雨の中の風に吹かれて、その遺体はしずくを滴らせて揺れていた。
 中学1年程度のブレザー服を着た少年が、その遺体を見上げて呟いていた。
「これが、被害者か……。」
 周囲は、いまだ警察の鑑識が実況検分と分析を行っている。
 少年は、ゆっくりと呟いた。
「まだ、学生犯罪と決まったわけじゃない……しばらくは、待機だな。」
 少年のいる森の外では、一人の刑事と年配の、彼よりかは少し年上であろう上司とが言い合いをしていた。
「警部!どうして、あんながきがこんな所に入ってるんですか!?部外者ですよ??あいつ!!!」
 その部下の言葉に、警部と呼ばれた彼はゆっくりとその頭を横に振る。
「ちがう。違うんだ。彼は、部外者なんかじゃない。」
「何を言うんですか。警部。ガイシャの身内でもない、ただの近所の中坊でしょうが!!一体……。」
 部下の更なる追求に、警部はゆっくりとため息をついて言う。
「こいつは、警察(サツ)庁からの極秘通達だ……。教える事は出来ない。だが、彼は部外者ではない。彼の行
 動を、我々がサポートせねばならない……。」
「どうしてです??」
「……勘弁してくれ。さっきも言ったように、警部階級以下の人間には、通達されない極秘事項なんだよ。」
 部下は、不機嫌な顔をしてそれ以上の追求をやめる。
 だが、その顔にはどうしても解せないと言う表情が、ありありと浮かんでいた。

 事件現場の状況を聞き、木山は感嘆の声を上げた。
「へぇ……君もかなり腕を上げたじゃないか。」
 木山がそう評価した相手。それは、先程まで事件現場にいた少年だった。
 それを聞いて、少年ははにかみながら言う。
「それほどじゃありませんよ。」
「いやいや。たいしたもんだよ。さすがは、高木警視正と高宮警視の間にできた一粒種だ。」
「先輩が、いつも話をしている飛鳥さんほどじゃないでしょ?」
「ん…まあな。だがな、理(おさむ)。実際、君もたいしたもんだよ。」
 木山は、そこまで言うと一息ついて理に尋ねる。
「で?どうするんだい、理。」
「学生犯罪じゃないですけどね。でも、気になります。しばらくは被害者の周辺、洗ってみますよ。」
「それが妥当な線か。何か面白いものが上がればいいがな。」
「アスカ3rdの雅兄ちゃんには、まだまだかな。」
 そう言ってため息をつく理に向かって、木山。
「いやいや、飛鳥ちゃんが君くらいの頃はまだアスカ3rdをおおっぴらに名乗ってなかった訳だし。そんなに
 意識はしちゃ駄目だよ。小丸中学2年で同校担当SEPの高宮理君。」
 木山の忠告に、理は少し解せないような顔をしながら頷いた。

 それから1ヶ月後。聖華市。

「聖ポーリア中等部学院祭入場チケット??」
 県立聖華南高校。時は秋。
 聖華市内の各学校では、一種の盛り上がりを見せる時期。
 そう。文化祭ラッシュである。
 聖ポーリア学院、慶正学園、聖華南学院に代表される各市内私立高校や聖華南高校、聖華第一高校などの県
立高校は、毎年自分の学校の学園祭にてんてこまいの時期だ。
 更に、各私立学院・学園の大学部の文化祭も入れると膨大な数になる。
 そして先程、廊下で素っ頓狂な声を上げたのは、県立聖華南高校普通科1年S(スペシャリスト)クラス在籍の
我らがアスカ3rdこと飛鳥雅貴君である。
 そして雅貴の周りには、2人の少年。
 一人はジャニーズ系の美男子。もう一人は、気持ち面長の顔で電動車椅子に乗っている。
 この2人。雅貴の幼い頃からの友人なのだ。ジャニ系は田原光一。車椅子は遠藤透。
 2人とも雅貴と同じようにこの高校の普通科に在籍しているがクラスが違う。
 2人は1年G-1(ジェネラリック1)クラスに在籍しているのだ。
 そんな3人の前には他のクラスの面々。
 何をしているかと言えば、聖ポーリア学院の中等部学院祭入場チケットを手に入れてもらえるように頼んで
いるのだ。実はこの時代では、聖ポーリアの学院祭は基本的に部外者立ち入り禁止となっている。
 ただ、学院生徒やその父兄、OBや学祭関連業者はその例外である。
 学院内や先程あげた例外に知り会いがいれば学院祭の部外者でも入場に必要なチケットが手に入るかもしれ
ない。そう思ったからこそ透たちは雅貴にチケットを手に入れてもらえるように頼んでいるのだ。
 そして、雅貴はそんな彼らに言う。
「無茶言うなよ。俺だって行くんだからな。」
 その雅貴の言葉を聞いてその場にいる全員がため息をつく。それと同時に膨れ上がる殺気。
 聖ポーリア学院は名目上は共学だが、この時代においては近年の少子化の影響と世間の親の意識の2つがあ
いまって、女子校に近いものとなっている。
 彼らのため息も、一般高校生の思考から言えばある意味当然と言えばそうなのかもしれない。
「ま、心当たりは当たってみるが、期待は絶対にするなよ。」
 雅貴は、そう周囲に言い置くと、そのまま踵を返して逃げてしまった。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
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