Report 9 二人の『理由』


 雅貴が藤山邸宅の門から出てくる。
「どうでした!?アスカ3rd!」
 警官がかけより尋ねてくる。
 雅貴はポツリと呟いた。
「………解散だ……。」
「え?」
 尋ねる警官に雅貴は続ける。
「代議士先生は俺たちの警備は要らないそうだ。俺たちは無能だ何だとこき下ろされたよ。」
「そんな……!」
 警官の言葉に、雅貴はにこりとして、
「ま、こーゆーこともあるさ。皆さん、ご苦労様でした。それじゃ。」
 そう言って、雅貴は率先して家のほうに歩いていく。
 その雅貴の様子を見て警官たちも気落ちして帰っていった。

 雅貴はしばらく歩いて、その歩みを止める。
 そして、走って藤山邸の門を見通せる場所の電信柱の陰に隠れる。
 そして、藤山邸を見上げて呟いた。
「………あきらめるもんかっ!ルージュは俺が捕まえるんだっ!」

 藤山は、外の通りを見下ろして呟く。
「どうやら行ったようだな。下手に警備されてもしも脱税がばれたらかなわん。」
 そして再び鷲の置物を倒す。
 本棚が回転し、通路が出てくる。
「………ルージュがわしの金を狙うか……身のほど知らずが。ここには幾重ものハイテクトラップ
 がある。絶対に通り抜けられんぞ!」

 その書斎の今までの様子を、ルージュはもらさず盗聴していた。
「なるほど。ハイテクねぇ。でも………。」
 音も無く庭に、しかも邸宅の外部配電盤の前に下り立つルージュ。
「不用心なことに、このお宅は予備電源システムへの切り替わりがむちゃくちゃ遅いのよねー。シ
 ステム買い替えなさいよ。」
 ルージュは誰にとも無く呟くと配電盤を開ける。そして、ポケットから工具を出すと中身をいじ
り始める。
 庭に放たれていたドーベルマンは、既にルージュの犬笛(犬をショック症状に陥れる超音波発信
笛)によって気絶している。
 そして、ルージュは電気の回線を切断した。

 さて、それより少し前。
 やはり書斎を盗聴していた人間がいる。
「おーおー。雅貴、悔しいだろうなぁ。こんな事言われて。俺も経験あるよ。」
「はい。あなた。コーヒー。」
 彼は、妻の差し出した水筒のカップを受け取り中に汲まれているコーヒーをすする。
「芽美。悪いなぁ。いつも。」
 ポツリと呟く彼---大貴。さすがに彼もこの歳になれば妻をいたわる気持ちと言うものが少しは
出てきているようである。
「何言ってるの?セイント・テールの出ない聖華市を支えるのがあなたの仕事でしょう?お礼を言う
 のはあたしのほうなのに。」
 妻-----芽美の言葉を聞いて、大貴。笑って、
「そのためにも、頑張らなきゃな。」
 と言う。そして、
「ここの先生が脱税している証拠を何とかつかまないと。それから、いろんな人を騙して手に入
 れている財産とその証拠もな。」

 時間を元に戻そう。
 邸宅の全ての電源が切れた。
 それを視認した雅貴は、ポケットから小さく折りたたまれたビニール製のお椀型酸素ボンベ一
体型マスクを出す。
 もちろん、恭一の作品だ。
 そのマスクをして、雅貴は邸宅の中に入る。だが、もちろん正面きって入れるわけはない。
 近くにあるポリバケツに足を乗せて、そのままジャンプ。そして塀を乗り越える。
 もちろん、既に完全に集中力が引き出されているのであった。

「まぁ。邸内の自然空調を利用して流したガスがすっかり効いてるわね。」
 書斎の中でルージュはぐっすり眠っている藤山を転がす。
「さて……行きますか。タイムリミットは20分よね。電源システムが切り替わり、ガスが切れる
 までの時間だから。」
 そして、ルージュは数歩前に進む。その時、足元に光るものを見つける。
 ジュラルミンケース。開けてみる。
 中にはまばゆいばかりの金塊が!
 それを見て、ルージュはため息をつく。
「さすがに金塊はまずいわ。通しナンバーと換金で足がつくから。しょうがない。これ、金庫ま
 で運んであげよっか。」
 そして、ルージュはジュラルミンケースを持って奥へと進んでいく。

 その頃雅貴は廊下でボディーガードの眠りこけた体を必死でどけて書斎へと向かっていた。
 もうマスクはしていない。マスクに付随されている各種ガス報知装置が無反応だったからだ。
 最後のボディーガードをどけて書斎にはいる。
 そこで雅貴が目にしたのは、横にどけている本棚とその奥にある空間だった。
「なるほど。こんな所に脱税の金を入れてある金庫への通路があったわけか。ま、そんな事だろ
 うとは思ってたよ。考えが単純なんだ。」
 そして前に進む。が、机の後ろ、地下への入り口の所でいきなり何かに蹴つまづいた。
 慌てて近くにあった椅子の出っ張りにつかまる。
 ベリッと言う音がした。出っ張りが取れて雅貴はそのまま倒れる。
 すぐに起き上がって、顔を押さえながら雅貴は自分がつまづいた物を見る。
 それは、ルージュに眠らされた藤山だった。
 先ほどまでのことを思い出し、雅貴はその恨みとばかりに藤山を思いっきり蹴る。
 そして、手の中に残った出っ張りをポケットに入れてそのまま地下室へと進む。
 それが、彼の父がこの邸内の調査のために仕掛けた盗聴機とも知らずに。

 目の前にそびえたつダイヤル式金庫。
 ルージュは既に地下室に入っていた。
「さーて、はじめましょ。この金庫は電気さえ通っていれば簡単に開くから……。」
 ルージュはそこまで呟くと、内ポケットから5センチ四方の超小型バッテリーを出す。
 そして先ほど使った工具で金庫のダイヤル部分をばらし始める。
 5分後-------。
 ダイヤルがあった場所には、電卓のような機械が。その機械はいろんなコードが伸びており、
それは周囲の別の各種機械に繋がり、最終的に小型バッテリーに収束していた。
「はい、いい子でちゅねー。おくちをあーん、ちまちょうねー。」
 そう言って電卓のスイッチを入れるルージュ。
 電卓の表示がすさまじい速さで点滅する。
 そして、一つの数字が表示される。
   『779834』
 そして、電卓の周囲にある各種機械が点滅して金庫はひとりでにその口を開ける。
 ルージュは満足そうな顔をして言う。
「はい!おりこうさんねっ!」
 ルージュは金庫に入る。そして用意して来た袋に、目的の金額とファイルを詰めて金庫の外に
出る。
 後はこのまま去るだけである。
 しかし、さすがにそうは問屋が卸さない。
 金庫を出たルージュの前に、一人の少年が立ちはだかっていた。
 そう。アスカ3rd.が。
「まったく、脱税金を狙うとは。えらい目にあったぜ。」
 そう言って、チャイナリングを構える雅貴。
 ルージュは少しあとずさる。
 そして、二人はたっぷり数分間見詰め合う。
 先に沈黙を破ったのは、ルージュだった。
「あらら。追い返されちゃったからそこで終わりと思ってたけど?」
 その台詞を、雅貴は鼻で笑い、そして答える。
「そんなわけねぇだろ。絶対捕まえてやるっ!」
 雅貴のチャイナリングが宙を舞う。しかし、ルージュはその全てをことごとく避ける。
 そのとき、ルージュの腕時計のアラームが鳴った。
「しまった!20分……!!!」
 大きな音がする。それは、二人のいる金庫室の扉が閉まり、鍵がかかった音だ。
 そして、いきなり部屋にまばゆい明かりがともる。
 ルージュは慌てて雅貴に背を向けた。
「な・なんだ!?」
 驚く雅貴。それにルージュ、説明する。
「ここのセキュリティーシステム、しかも進入者感知・捕獲システムが予備電源に切り替わって
 動き出したのよっ!これで、あたし達、もう外に出れないわっ!しかも、もうあたしのガスも
 切れてるでしょうね。」
 ルージュの言葉を証明するように、時を置かずして部屋の中に藤山の声が響く。
『ルージュ・ピジョン!さても愚かなやつよ!ここまで簡単に捕まるとは!』
「うっさい!アスカ3rd.が邪魔しなかったら、とっくに帰ってたわっ!」
『それに、アスカ3rd.君も困ったやつだ。おとなしく帰っておけば良いものを!』
「ふざけるな!ルージュは俺が捕まえるんだ!他の誰にも渡すものかっ!」
 その雅貴の言葉を聞いて、場違いにルージュの胸の鼓動が一瞬ドキリと高くなる。
 しかし、スピーカーからは更に二人に対して言葉が浴びせ掛けられた。しかも、もっともポ
ピュラー悪党の常套台詞。
『残念ながら、この部屋を見た君たちを生きて帰すわけにはいかん。』
 その藤山の言葉に、雅貴は威勢良く言う。
「はっ!小悪党の常套台詞だな!」
 その言葉に対する答えはすぐに返って来た。
『何とでも言い給え。殺す方法を思い付けばすぐに二人してあの世に送ってあげよう。死体の
 処分方法はいくらでも心当たりがあるのでね。では、しばし世の中と最期の別れを惜しみ
 給え。』
 そして、声は途切れた。
『くそっ!』
 近くの壁を殴る雅貴。
 両腕で扉を叩くルージュ。
 二人とも、同じ事を叫んで同じ行動をしていた。
 そして何回も何回も扉を叩くルージュ。
 雅貴はそれをじっと見つめる。
 だが、不意にルージュは扉を叩くのを止める。
 急に力が抜けて崩れるようにルージュはその場にうずくまる。
 ルージュの頬に涙が伝う。
 結局----自分のわがままとミスでこんな事になってしまった。
 そのやりきれない思いがルージュの涙となっていた。
「ご………めんな……さい………。」
 そのかすれた声は、雅貴の耳にかろうじて届く。
「え?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。あたしのせいであなたまでこんな事に………。」
 どうやらこういう事態になってしまったことを言っている様だと気づいた雅貴は、こう
答える。
「おまえのせいじゃねーよ。俺がお前を捕まえようと首突っ込んでこうなったんだ。」
 しかし、ルージュの涙声は止まらない。
「もう……もう、親しい人は絶対に死なせないと決めたのに……そんなこと、もうごめん
 だったのに……。」
「え?」
「アスカ3rd……あたしはね……。」
 ルージュは話し始めた。
 自分がルージュであるわけを、正体を伏せたままで。
 どっちみちこのまま死ぬのなら、せめて雅貴には自分のことを知ってほしかったから。
 正体を伏せたのは、明日香としての自分を嫌ってほしくないからだ。
 しょせん自分は泥棒である。明日香は自分にそう言い聞かせていた。
 そしてその内容。
 母の言葉を話した。
 父の死を話した。
 プロフェッサーのことを話した。
 倒すべき敵のことを話した。
 さすがに自分の正体とそれにまつわること、雅貴に好意があるから聖華市にいること
までは言えなかった。
 ルージュの話が終わり、そして雅貴はため息をつく。そして言う。
「でも……君のやっていることは所詮盗み……許されることではない……。」
 ルージュは、雅貴に背中を向けたまま頷いた。予想していた答えだった。
「ルージュ。俺ははじめはこの平和な聖華市に混乱を持ち込もうとしていた君を許せな
 かった。だから君を追っていたんだ。」
 雅貴が何を言おうとしているのかをはかりかねるルージュ。
 それにかまわず雅貴は言う。
 雅貴は、ルージュに自分がなぜ彼女を追うのか、その理由を告げようとしているのだ。
 どうせこのまま死ぬなら、自分もなぜ自分が彼女を追うのかをしっかりと告げておき
たい。誤解の無い様に。
 彼女が自分が怪盗であるわけを話したように。
 そう思ったのだ。
 そして、雅貴の話は続く。
「でも、今、俺は本当にそれで君を追っているのか分からなくなってる。」
 そこで一息つく。そして続ける。妙に息苦しい。
「そう。俺はだんだんと君を追いかけていることを------」
 その時だ。ポケットから警報音がなる。
 ポケットにしまったままだったガス報知装置の反応だ。
 雅貴は慌てて報知装置を出して、その表示を見る。
 その表示は、強い殺傷力を持つガスが既に雅貴がいる辺りに充満していることを示し
ていた。
 雅貴は慌ててルージュに近寄る。
 警報が弱まる。ルージュのすぐ側までくれば、警報は止まった。
 雅貴は事体を即座に理解した。
 どこかから毒ガスを流し込まれたのだ。そして、雅貴のいる辺りから徐々に空間を
冒している。
 おそらく雅貴は既に致死量分のガスを皮膚や呼吸器から吸っている。
 その証拠に、目が霞んで来た。
 そして雅貴は、ルージュの口にマスクを当てて固定する。

© Kiyama Syuhei 木山秀平
© 立川 恵/講談社/ABC/電通/TMS
(asuka name copyright from「怪盗 セイント・テール」)
禁・無断転載